えくすとら! その三十三 らぶれたー・ぱにっく! その三
俺の親友――というと若干気恥しいモノがあるが、まあ良くつるんでいるこの『藤田』という男は一言で言えば『男気』的な所があるヤツである。勉強は然程出来る方ではないも、運動神経も悪くないし、顏だってまあ平均的だ。加えて、コイツは優しい奴であり……まあ、お調子者であることを除けば、優良物件ではあるのだ。
「……んで? 俺達にどうしろと」
「……一緒に付いて来て下さい。向こうの許可は取ってありますので」
学校から家に帰るとすぐに藤田から連絡があった。今から家にお邪魔していいか、という電話であり理由を聞くと『行ってから話す』との事だったので引き受けたものの……
「……はぁ。纏めると……先日の西島さんだかのお姉さんが貴方をデートに誘った、と。流石に二人っきりで行くのは出来ないので、私達について来て欲しい、向こうの許可は既に取ってある、と……」
「……そうです」
消え入りそうな藤田の言葉に桐生が呆れた様に『やれやれ』と首を左右に振って見せる。
「……つうか、そもそも断れば良くないか? 別に無理にデート……つうか、遊びに行くのに付き合う必要、なくね?」
俺の言葉に桐生も頷く。そんな俺達に、藤田は少しだけ渋い顔をして見せた。
「いや、そうなんだけど……ほれ。琴美ちゃんにしちゃったじゃん」
「なにを?」
「有森がコーラシャンプー」
「……ああ」
「……なに? その西島先輩はそれを盾に貴方を無理矢理連れ出そうとしているの? 謝罪に来たんじゃないの、その人?」
藤田の言葉に桐生が少しだけ眉根を寄せる。まあ、気持ちは分からんでもない。謝りに来て脅しにかかるってどんなだよ、って思うし。
「いや、そうじゃないんだが……まあ、個人的に少しだけ気になるのは気になってたんだよ、アレ。負い目、とまでは行かんが、悪いことしたとは思ってるし」
「……まあ、決して褒められた行為では無いのは事実ね」
「だろ? だからまあ……本人にでは無いけどそれで手打ちに出来るんだったらって気持ちもあるんだよ」
「……おかしな話ね。当事者同士じゃなくて、彼氏と姉で手打ちなんて」
「俺もそう思うけど……ああいう事があっただろ? その……有森と琴美ちゃん、仲はその……あんまり、よく無いらしくてさ」
「……むしろバチバチじゃね?」
「……言葉を選んだんだ。察しろ」
まあ、そうだろうな。片や彼氏を利用され、馬鹿にされ、片やコーラシャンプーだ。確かに仲良くなれる感じはしないが。
「桐生の前で言うのもなんだけど……女の子のあれやこれやって結構怖いだろ? イジメとか、嫉妬とか」
「……まあね」
渋い顔をする桐生。まあ、嫉妬やら悪意やらに晒されて来ただけあって、その顔にはある種の実感が籠って見えた。
「俺が学校に居る間は――まあ、卒業するまでは俺が有森も、それに琴美ちゃんも守ってやることは出来るだろう。でも、俺らは学年一個上だろ? 俺らが卒業した後には流石に学校の中まで守ってやることはできねーじゃん」
「……まあな」
藤田の言わんとしている事は分からんでもない。分からんでも無いが。
「……西島まで守るつもりか、お前?」
「より正確には有森を守るって感じだが」
「……どういう意味だ?」
「琴美ちゃん、学年の間ではそんなに評判良くないらしい。イケイケなグループに居るから表面化はしてないし、西島先輩が……その、武闘派だからな。表立っては何にもされて無いが、陰では……その、なんだ」
「悪評が立つ、ね。西島さんも西島さんだけど、陰でこそこそ喋っている人間も人間よ。文句があるなら堂々と言えば良いのに」
不満も露わにそう言って桐生は目の前のカップからコーヒーを啜る。まあまあ、桐生。怒るな。
「それで? それがなんで有森を守る事に繋がるんだ?」
「……人間、誰だって悪意を向けられりゃ腹も立つ。そんな悪意を向けて来た人間が……まあ、言い方は悪いが『下』の地位に落ちたら、仕返しの一つもしたくなるもんだろ? 西島先輩の話じゃ、琴美ちゃんの立場は結構危ういらしいし……落ちるのは一瞬だろう」
「……ああ」
なる程。いじめっ子がある日いじめられっ子になるヤツだな。しかも、今までイジメてた分、自分に返って来る時は何倍にもなっている奴か。
「……勿論、有森がそんな事をするヤツじゃないのは知っている。知っているが、魔が差すって言葉もある。俺はたぶん、そんな有森を見たら……きっと、許せないと思うんだよ」
「……」
「なら、そんな芽は摘めるんなら摘んでおいた方が良いってのもあるんだ。幸い、西島先輩の言葉は殆ど聞くらしいしな、琴美ちゃん。此処でちょっとでも西島先輩と仲良くなっておいたら、そんな心配もしないで良いかな~って」
そう言って頭を掻く藤田。そんな藤田を見ていると横から視線を感じる。桐生だ。
「……」
「……」
黙ってお互いに頷きあう。そう、心は一つ。
「「保護者か」」
うん。お父さんか、お前は。
「……つうか、流石に心配し過ぎじゃねーか?」
「イジメ問題は根深いけど……それにしても、流石に先を読み過ぎじゃないの? そこまで行くとは思えないだけど……っていうか、過保護過ぎじゃないかしら?」
「まあ、俺も心配しすぎだろうな、ってのは重々承知している。言い方は違うかも知れないが、甘やかしている自覚もある。あるけど……まあ、大事な彼女だ。俺に出来る事があるなら、しておきたいってのはあるんだよ」
「……なるほどな。西島先輩と遊びに行く理由については分かった。分かったが、でもなんでそれを俺らに頼む? 究極、有森と二人で行けば良いんじゃね?」
別に俺らじゃなくてもいいんじゃね? 有森は賢いし、それに優しい奴だ。今の説明を聞けば、一緒に行くことも是非も無いとは思うんだが。むしろ、藤田の懸案事項考えると、有森と西島先輩が仲良くなった方が一気に話が進むんじゃね?
「有森はダメって言われたのか?」
「いや。『二人きりは流石に彼女に申し訳ないか。んじゃ、彼女さんと一緒に行こうよ』って言ってはくれた。だからまあ、当然、最初に有森も誘ったしこの話もした」
「雫さんはなんて?」
「……ちょっと微妙な顔してた。今のお前らと一緒だ。『嬉しいですけど……私はお父さんじゃなくて彼氏が良いんです』って言ってた」
「……でしょうね」
「でもまあ、俺の意見自体は尊重してくれたんだが……その、明日はちょっと都合が悪いらしくて。どうしても外せない練習試合らしい」
「……ああ」
「日程変更もお願いしたんだが……西島先輩も忙しいらしくてな。さっきも言ったけど、琴美ちゃんと有森の仲の修復……とまでは行かんでも、いがみ合いはして欲しく無いんだよ。そういう意味ではチャンスはチャンスだし……どうだ? お願いできないか?」
頼む、と頭を下げる藤田。そんな藤田に、俺と桐生はため息を吐きながら……それでも二人で目を合わせて苦笑する。
「……今度ワクド、奢れ」
「私は駅前のケーキ屋さんのケーキが良いわ」
……まあ、コイツにも有森にも世話になったしな。これぐらいは恩返しをさせて貰おうか。




