えくすとら! その三十二 らぶれたー・ぱにっく! その二
放課後。屋上に着いた俺は、フェンスから校庭を見下ろす一人の女子生徒の姿を見つけた。制服のスカートは短めで、覗く太ももは眩しいモノがある。髪は肩まで掛かるその女子生徒は屋上の扉が開いたのに気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り返った。棒付きの飴を口の中で転がしながら、少しだけ気怠そうに女子生徒は口を開く。
「ええっと……アンタが藤田?」
目鼻立ちのくっきりとした美少女がそこには立っていた。別に比較する訳じゃないが、有森よりは少しだけ低いその背丈は女性としては高めであり、出る所は出て引っ込んでる所は引っ込んでるその姿はまあ、十人中八人ぐらいは振り返る程に整っている。
「そう、ですけど……ええっと……」
まあ、十人中八人は振り返る程の美少女だ。なんかどこかで見た事がある気がするが……それでも思い出せない事に少しだけ首を捻りつつ、俺は口を開いた。
「ええっと……それで、なんの用でしょうか?」
「屋上で待ってるって書いて無かった?」
「書いてありましたよ。書いてありましたけど、それしか書いて無かったんで……」
「んじゃ、なんだろうね?」
「……はい?」
「ラブレターとかの線はない?」
「なんで疑問形なんですか……貴方が書いたんじゃないんですか?」
俺の言葉に女性生徒は肩を竦めてはぁと息を漏らす。
「違う」
「……はい?」
「違うよ。アレはアタシが書いたんじゃないの。アタシの妹が書いたんだ。藤田、アンタ宛にね」
「ええっと……」
……どういう意味? なんか全然、把握出来ないんだけど……?
「……まあ、ともかく自己紹介しておこうか。アタシの名前は西島。西島琴音。ウチの三年三組所属の……まあ、アンタの先輩だよ」
「西島琴音……先輩」
「記憶に無い?」
「ええっと……はい」
そもそも俺、帰宅部だし。同級生はともかく、先輩・後輩にはそんなに知り合い居ないはずなんだが……
「んじゃ、西島琴美は分かる? っていうか、分かるよね?」
「西島琴美って……え? 琴美ちゃん?」
「そ。その『琴美ちゃん』の姉なんだよ、アタシ」
口の中の飴をコロコロと転がしながらそういう西島先輩。ああ、なるほど! だからなんとなく見た事あるのか! 顔、似てるっちゃ似てるし!
「琴美ちゃんのお姉さんでしたか……って、あれ? んじゃあの手紙、琴美ちゃんが俺に出そうってしてたって事ですか? ええっと……なんで?」
琴美ちゃん、絶対俺にラブレターとか出すタイプじゃない気がするんだが。そんな俺の疑問に、西島先輩は心持肩を落としてため息を吐いた。
「……ウチの家、三姉妹なんだよね。もう一人、一個下に妹がいてその子はまあまあ人間出来てるんだけど……琴美は末っ子だから、親もアタシ達も甘やかし過ぎてね。まあ、我儘放題に育ってしまってるってワケ」
「……はあ」
「なんかさ? 聞いた所によると、アンタ、琴美に利用されていたらしいじゃん?」
「利用って云うか……」
まあ、見ようによっては利用されてたのかも知れんが……個人的には別に然程恨み神髄ってワケじゃ無いんだが……
「……なるほど。面白い子だって言ってただけある」
「……誰が?」
「結衣さん」
「結衣さん? 結衣さんって……エリタージュの?」
「そ。最近は精々月に一遍程度とご無沙汰だけど、二年の時はそこそこ通ってたんだ、あそこ。執事はちょっとウザいけど、黙ってたら誰も寄ってこないでしょ? だから、静かに過ごしたい時はあそこ、結構重宝してるってワケ」
「……ああ」
まあ、俺も最近バイトに入ったばかりだし、基本は裏方だからな。常連さんはともかく、流石に間が空いたお客さんの顔までは覚えていないが……それでも、見た事があるぐらいの気がしたのはそれもあるのか?
「ま、それは良いよ。それで、琴美がなんか悪巧みしてる顔になってたんだよね、ここ最近。あの子がああいう顔する時って碌でも無い事考えてる時だから、ちょっと問い詰めたんだよ。『お姉ちゃんには関係ない!』とか言ってたけど……少し脅したら素直にゲロッたよ」
「……脅すって」
「小学校一年から空手やってるんだ、アタシ。一応、黒帯。正拳で壁に穴開けたら素直に喋ってくれたよ」
……脅すって物理的って事?
「……話を聞いてアタシは情けなくなったよ。アンタの彼女……有森だっけ? その子とアンタがくっついているのが気に入らないって……それで、嘘のラブレターでアンタを呼び出して、告ろうとしたんだって。もう、呆れるやろ情けないやら……ちょっと顔面の造形が宜しいからって調子に乗って……いつも言ってるんだけどね? 男をジャグリングするような真似は止めろって」
「……」
「本当にアンタの事が好きでちょっかいかけるんなら、アンタには申し訳ないんだけど、アタシ個人としては別に良いと思ってるんだ。盗った盗られたの話になるけど、アンタの意思とその有森って子の魅力次第では琴美なんて話になんないだろうし。あいつ、精々オタサーの姫が精いっぱいだから」
ズケズケとそう言った後、西島先輩は飴玉を齧り咀嚼して飲み込むとそのまま俺に向かって。
「……申し訳ない、藤田。アタシの妹がアンタに迷惑掛けたわ。姉として、謝罪をさせて貰いたいです」
――頭を下げた。って、ちょ!!
「あ、頭上げてくださいよ、西島先輩!? 別に、先輩に謝って貰う事じゃないんで!!」
「我が家が育てた愚妹だよ。あの子の面倒を見て来たのはアタシだという自負もあるし。あの性格のねじ曲がったバカにはアタシからきついお灸を据えて置くから。今回の事と……前回の事も、本当にごめんなさい」
「いや、だ、だから!」
「無論、琴美にもきちんと謝罪に向かわせる。頭も丸めさせる。アンタが望むなら、アタシも一緒に頭を丸めても――」
「ストップ!!」
なんだよ、頭を丸めるって!? バイオレンス過ぎんだろ、おい!!
「……なに? それだけでは気が済まない?」
「いや、それはやり過ぎですよ! 髪は女の命じゃないんですか!?」
「髪なんて直ぐに生えて来るじゃん。そんなもんで一々、命だなんだと言ってられなくない?」
「いや、でも女の子で坊主は恥ずかしすぎるでしょ……」
「恥ずかしいよ。でも、だからこそ、誠意を見せるにはそれぐらいするべきだと思ったんだけど……」
そう言ってこちらを見やる西島先輩に、ため息をひとつ。
「……良いですよ、別にそこまでして貰わなくても」
「……でも」
「俺だって……まあ、昔は琴美ちゃんに惚れた訳ですし。利用したって西島先輩言いましたけど……俺的には別に利用されたって思ってませんし」
「……」
「袖すり合うも多少の縁って言うでしょ? 縁は無かったけど、それでもまあ、ホレた女ですし……幸せになってくれれば良いかなって、そう思っただけですよ」
「……今回の事は?」
「未然に西島先輩が防いでくれたし……んじゃ、別になんの問題も無いじゃないですか?」
というか……正直、今は安堵の気持ちが強い。もし、『ずっと前から好きでした!』なんて告白されたらどうしようってずっと思ってたし。
「……」
「ま、そう云う事で問題無いです。先輩がどうしても気に入らないというのなら、その謝罪も受け入れますよ」
「……そっか。なるほど、結衣さんの言った通りだね。変わった子だよ、アンタは」
「良く言われますけど……そんな事も無いと思ってるんですけどね、自分では」
「ふふふ。まあ、そう云う事にしておこっか。それじゃ、用事はこれだけだから。悪かったね、時間取らせて」
そう言って俺に手をひらひらさせながら屋上の入り口に向かう西島先輩。あ、そうだ。
「西島先輩!」
「ん? なに?」
「その……琴美ちゃんにお灸据えるって言ってたじゃないですか?」
「なんかあるの、リクエスト? 可能な限り応えるけど?」
「そうです? それじゃ」
一息。
「お灸、無しにしてあげて貰って良いですか?」
「……なし?」
「はい! 別に俺、恨んでも無いですし……それに多分、琴美ちゃんがそこまで恨むってウチの彼女の責任でもあると思うんですよ。だからまあ、『おあいこ』って事で」
コーラシャンプーしちゃったしな、有森。ありゃ、怒られても当然だよ。
「……」
「……ダメ、ですかね?」
「……」
「……」
「……」
「……西島先輩?」
「……ふうん。中々面白いね、アンタ」
背を向けていた西島先輩がこちらを振り向いて。
「気が変わった。アンタさ? 明日の放課後、ちょっと付き合ってくれない? 今回のお詫びに、私がなんか奢ってあげる」




