第十三話 むしろ自分の気持ちこそ一番分からないと思うんだ!
2019/10/23 19:50時点でジャンル別日間二位……あーざっす!
茜と電話した翌日の朝の目覚めは端的に言って最悪だった。なんか、明美と明美のおじさんに物凄く叱り上げられる夢を見たからだ。
「……どんだけビビってたんだよ、俺」
まあ、両方怖いんだけどな、確かに。明美は言わずもがな、おじさんだっていつもは温厚だけど怒ったらガチで怖いし。
「……今日も何事も起きませんように」
朝食や歯磨き、着替えを済ましてまるで祈る様な気持ちで玄関のドアを開ける。そこには見慣れた道路と向かいの家と共に、見慣れない光景があった。
「……げ」
「げって何よ、げって!!」
「そうだよ、浩之ちゃん! なにさ、『げっ』って」
腕を組んで『イライラ、溜ってます』を体中で表現する智美と、顔をぷくぅーっと膨らまして『私、怒ってます』を顔中で表現する涼子の姿がそこにあった。
「……は、早いな、二人とも」
涼子はともかく、智美なんていっつも時間ギリギリにしか来ない癖に、なんで今日に限ってこんなに早いの? やめて! 浩之のライフはもうゼロよっ!
「……早いな、二人とも、じゃないでしょ?」
「そうだよ、浩之ちゃん?」
そんなしょうもない事を考えている俺に絶対零度の視線が突き刺さる。うぐぅ……
「その……茜に聞いた」
「……」
「……」
「お前らにとってアレは、大事な味だったんだな。悪い。正直、そこまで思い至らなくて」
「……」
「……」
「だから……すまん。許してくれ」
そう言って頭を下げる。そんな俺の頭上から、呆れた様な、それでいて少しばかり申し訳なそうなため息が下りて来た。
「……もう良いよ。ごめんね、ヒロ」
「……ごめんね、浩之ちゃん」
「……へ? な、なんでお前らが謝るんだよ!?」
悪いの、俺じゃないの? 昨日の茜のメール見る限り、まだ怒りは冷めて無いのかと思ったんだが……
「……茜に怒られちゃってさ? 『智美ちゃん、おにいにちゃんと言ったの?』って」
「……私も。『イヤなのは分かるけど、イヤならイヤって言わなきゃダメでしょ、涼子ちゃん』って」
「……茜」
……なんだよ、お前。良い奴じゃねーか。ちゃんとお兄ちゃんの事気遣ってフォローしてくれたんだな。
「……」
そう思い、俺はそっと茜が居るであろう西の空に向かって手を合わせ――
「なにより」
「「『そもそも、『あの』おにいにそんな気遣いを期待する方が悪い』」」
――合わせかけた手を止めて中指を突き立てる。なんだよ! ちょっと感動したのに!!
「ま、そんな訳で私たちも反省したんだよ。ね、涼子」
「智美ちゃんの言う通り! ごめんね、浩之ちゃん」
「……もう良いよ」
なんだろう、この遣る瀬無いカンジ。なんかもう、どうでも良くなって来た。
「やさぐれないでよ、ヒロ。ほら、涼子!」
「うん! ね、浩之ちゃん? 久しぶりにお弁当、一緒に食べよう? お詫び代わりに沢山作って来たから!」
そう言って涼子は持っていたトートバッグを軽く揺らして見せる。どれぐらいの重みか知らんが、バッグのあの揺れ方に見て結構な重量なのだろう。
「……はぁ。まあ、そういう事ならご相伴に預かる。正直、助かるしな」
「そう来なくっちゃ! まあ、期待しなさい!」
「なんでお前が偉そうなんだよ……って、まさか! お前、作ったんじゃないだろうな!」
「いやだな~、ヒロ。私が作ったらお礼にならないじゃん? 最近色々あったヒロをこの世という苦しみから解き放って上げようとする意図でも無いと、私が料理なんかするワケないでしょ?」
「……そこまであっけらかんと言われるとそれはそれで反応に困るが……まあ、うん。ありがとう」
流石にポイズンクッキングっという程酷いものではないにしろ……流石にこの疲れた体に智美の料理は酷だ。
「……んじゃお前のお詫びは?」
「料理は涼子、キャリーは私という事で」
涼子のトートバッグをひょいっと取り上げると、智美は自身の自転車の前かごに放り込んでサムズアップ。ああ、そういう事。
「……分かった。それじゃ有り難く運んでもらおうか」
「お任せあれ! それで、ヒロ? 一昨日はどうだったの?」
「一昨日?」
「昨日はあんなこともあったから聞けなかったけど、桐生さんとお出かけしたんでしょ? どうだったの、浩之ちゃん?」
「どうって……具体的に何がどう?」
「何したのかな~って」
「家を見に行ったな。二人で暮らす新居だ」
「……」
「……」
「な、なんだよ。なんで睨むんだよ!」
「……いや」
「……べつ~に。まあ、こんなもんだよね、ヒロなんて」
「まあ、そうだよね。浩之ちゃんだもん」
なんかすげー理不尽な怒られ方してる気がするんだが……
「ま、ヒロの事なんかどうでもいいや。それより、桐生さん! どうだったの? やっぱりキツイ性格してた?」
「どうでもいいやって。あー……そうだな。確かに口は多少悪いかも知れんが……なんだろう? 思ったより悪い奴ではないかも知れん」
「そうなの? なんか意外。もうちょっとこう、ヒロの心がズタズタに切り裂かれるかと思ったんだけど?」
「いや、確かに俺も朝はズタズタに切り裂かれていたんだが……」
「……え? それで悪い奴じゃないって……もしかして……ヒロ、ドMなの」
「なんでだよ! 女の子がドMとか言うな! そうじゃない! そうじゃなくて……」
なんだろうな?
「……嫌いじゃないって事?」
「……うーん……」
自分でもよく分からんが、少なくとも悪い奴には思えん。
「……そうだな。なんというか……あんまり、嫌いになれそうなタイプではない」
「……そうなの? 桐生さんだよね? 『悪役令嬢』だよね?」
「いや、そこまで『悪役令嬢』ではないな。むしろどっちかと言えば、良い奴と言うか……上手く言葉に出来ないが……」
……うーん。なんでだろう? やっぱり美人だから下駄履かせてるのか、評価に。
「……浩之ちゃん、悩んでる?」
「悩んでるっていうか……いや、きっと好きなタイプじゃないはずなんだが……なんというか、嫌いになれそうにないと言うか……」
「美人だからじゃないの?」
「なのか? いや、でも……流石に、そこまで軽薄ではないぞ、俺」
「そう?」
「当たり前だ。だってお前、俺が顔で女の子選んでみろ。お前ら二人に告白してるだろうが」
「っ! な、なに言ってるのよ!」
「そ、そうだよ! なに言ってるの、浩之ちゃん!」
「? ……っ!! あ、いや、これは……その!」
二人が顔を真っ赤にしてこちらを睨む。いや、悪い! 今のは俺が悪かったよ! 悪かったけど……
「……客観的に見てお前らが美人なのは間違いないだろうが」
「……主観的には?」
「……俺は一般人の感性だ」
「……それじゃわからないよ、浩之ちゃん」
「……二人とも美人だと思いまする」
……朝っぱらから何言ってんだろ、俺?
「……ま、まあともかく! ヒロもなんでか分からないけど、桐生さんの事は嫌いじゃないって事だよね?」
「そうだな」
「それじゃ、それ、確かめてみない?」
「確かめる?」
「そ。涼子、良い? 敵を知り、己を知ればそれ即ちさいきょーって偉い人も言ってるし」
「……そんな事は言ってないよ、智美ちゃん。でもまあ、量に余裕はあるし……良いよ?」
「……なんの話だ?」
「ヒロの言ってる事、私たちも一緒に考えよう~って意味」
「は? どういう意味だよ?」
「だから、こういう意味だって」
そう言って智美は手でメガホンを作り、視線を遠くに向ける。その視線を追うよう、俺もそちらに目をやって。
「おっはよー、桐生さーん! 今日のお昼、一緒に食べなーい?」
視線の先には、びっくりした顔で固まってる桐生の顔があった。
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