えくすとら! その二十九 今、私を形作るモノをくれた貴方に。
GW最終日、如何お過ごしでしょうか。『まだ休みだよ~』という方もおられるでしょうが……私は明日から出勤です。
さて、GW特別企画の涼子編、今日で終了です。お付き合い頂きましてありがとうございました。
お化け屋敷を無難に終えた俺達――まあ、有森は余程怖かったのか、出て来た時は藤田の腕にしがみ付いていたが、ともかく無難に終えた俺たちはコーヒーカップ、ゴーカートなどで遊び、昼食を食べてまた遊び――と、一日、遊園地を堪能した。
「……そろそろ良い時間だな」
時刻は午後五時。まあ、藤田の言う通り、そろそろ良い時間だ。朝から遊んで疲れたしな。
「それじゃ最後は何乗る? まあ、定番っちゃ定番だが……観覧車かな?」
「そうですね! やっぱり最後は観覧車ですかね~。あ、でも!」
「分かってる、有森。四人で、だろ?」
「……です。その、涼子先輩、申し訳ないんですけど……」
「あー、良いよ良いよ。雫ちゃん、今日は私のお目付け役だもんね」
苦笑して手を振る涼子に有森が『すみません』と頭を下げる。そんな有森にもう一度苦笑を浮かべて、涼子は観覧車の方に向かって歩き出した。
「此処の観覧車って一周、十分くらいだっけ?」
「あー……どうだったかな? でもまあ、あの大きさ見りゃそれぐらいじゃね?」
観覧車の行列の中で上を見上げてそう呟く涼子に、前に並んだ藤田が振り返りながらそんな返答をする。今日は楽しかったね~、なんてさして身の無い会話をしていると、俺らの順番がやって来た。
「何名様ですか?」
「四人でお願いします」
受付のお姉さんの言葉にそう答える藤田。お姉さんは俺らを見て微笑ましそうに笑い、『それではお楽しみください』と観覧車のドアを開ける。藤田と有森がそれに乗り込み、続けて俺も乗り込もうとして。
「ストップ、浩之ちゃん」
「……は?」
「お姉さん、その二人照れ屋なんで。二人っきりは恥ずかしいって言ってるんですけど、さっさと扉、閉めちゃってください」
「お、おい! 賀茂!」
「りょ、涼子さん!?」
涼子の言葉にお姉さんは驚きながらも、しっかり扉を閉める。呆気にとられる俺に、涼子はにこやかに笑って次のゴンドラに手を引いて俺を乗り込ませた。
「……二人きりだね、浩之ちゃん」
「……いや、お前。これ、やり過ぎだろう? つうか事故になったらどうするつもりだよ?」
「此処のゴンドラ、ゆっくりだからね。問題ないよ」
そう言ってヘラヘラと笑って見せる涼子。いや、まあ確かにそうかも知れないけど。
「あ! ほら、見て見て、浩之ちゃん! 藤田君と雫ちゃん、凄く吃驚してるよ~」
こちらを見てなにやら騒いでいる二人に手を振って涼子は椅子に座る。
「十分間、ずっと立っておくつもり、浩之ちゃん?」
「……」
少しだけ涼子を睨みながら、それでも俺は涼子の対面に腰を降ろしてため息を吐く。
「……お前な?」
「ごめん、ごめん。でも大丈夫~。観覧車の中で変な事をするつもりは無いから」
「……変な事? なんだよ、それ?」
「二人きりの密閉空間で行ういやーんな感じの事」
「……お前な」
「だからしないってば。そんな事したら浩之ちゃんに嫌われるの分かってるし」
そう言ってにこやかに笑った後、涼子は観覧車から見える園内の風景に視線を飛ばす。
「……懐かしいね、浩之ちゃん。まだ智美ちゃんと出逢う前、よくこの遊園地に来てた時のラストは観覧車だったもんね」
「……まあな」
なんとなく、遊園地の『シメ』は観覧車のイメージが有ったしな。
「でも……良くって程でも無くねーか? 精々、二、三回のもんだろう?」
「智美ちゃんと出逢ったのは四歳だよ? 四年間で二、三回なら結構な頻度じゃない?」
「……まあ」
言われて見ればそうか?
「……あの時は浩之ちゃんの側には私しか居なかったのにね~」
「……明美は?」
「明美ちゃんと出逢ったのは保育園に行き出してからだもん、私。智美ちゃんとは保育園、瑞穂ちゃんとは小学校、彩音ちゃんに至ってはついこないだだもんね~」
「……」
「……ねえ、浩之ちゃん?」
「……なんだ」
「もし、ね? 何処かで私が勇気を出してたら」
――私たちの関係性は、変わっていたのかな、と。
「……わかんねぇ」
「……」
「……正直、お前に惹かれていた俺が居たのも……そりゃ、事実だ。だってお前は美少女だし、性格だって良いし、料理だって上手いし……その、一緒に居て楽だと、そう思う」
「楽、ね」
「悪い意味じゃねーぞ?」
「分かってる。長年連れ添った夫婦みたいって事でしょ?」
「言い方。でもまあ……そうだな」
「……」
「……」
「……それってさ? 今からでも、私が逆転出来るかな?」
「……」
「……浩之ちゃん」
少しだけ潤んだ涼子の瞳を、俺は真剣に見返して。
「――気持ちは嬉しいけど……ごめん。俺には桐生が……『彩音』が、居るから」
俺の言葉に、少しだけ吃驚した様に目を丸くして。
「――ふ、ふふふ。そっか。浩之ちゃんの隣にはもう、『彩音』ちゃんが居るんだね」
そう言って、楽しそうに笑う。
「そっか……そっか」
「……すまん」
「ううん、謝らないで。なんか、ちょっとだけスッキリした感じ」
そう言って涼子はうーんと背伸びして、少しだけ悪戯っ子の様な表情を浮かべて見せる。
「……ねえ、浩之ちゃん?」
「……なんだ?」
「なんで、私が観覧車に二人きりで乗ろうとしたと思う?」
「なんで?」
なんでって……
「……不意打ちがしたかった、とか?」
「そうじゃなくて。いや、まあそれもあるんだけど……ほら、私達、幼馴染じゃない? しかも何時も一緒に居た浩之ちゃんにとって一番古い、幼馴染」
「……だな」
「いつだって二人で遊んでたでしょ? 近所の公園も、保育園の最初の方も、この遊園地も。一緒にジェットコースターにも乗ったし、一緒にお化け屋敷にも入った」
「……」
「でもね?」
――この観覧車に、二人きりで乗ったのは初めて、と。
「……そうだったか?」
「本当に小さい頃は親が一緒だったし、ちょっと大きくなったら二人きりで遊園地に行く事なんて無かったでしょ? いつも智美ちゃんや瑞穂ちゃん、茜ちゃんとか明美ちゃんが居たじゃん」
「……確かに」
「だから……この遊園地で唯一、このアトラクションだけなんだ。浩之ちゃんと『二人きり』で経験したことが無かったの」
そう言って涼子はもう一度微笑み。
「……さっきさ? 私が勇気を出していたら、何か変わっていたか? って聞いたじゃない?」
「……ああ」
「それで……まあ、浩之ちゃんは可能性はあるって答えてくれた。でもね、浩之ちゃん? もし、今から過去に帰ってもう一度やり直せるとしても……私は、やり直したいとは思わないんだ」
「……」
「私……大学は京都の大学に行こうと思ってる」
「……マジで?」
「うん。私の将来の夢の為にね」
「将来の夢って……」
「言って無かったけど……私、将来、絵本作家になりたいんだ」
「……絵本作家、か。確かにお前、本をよく読むし、美術の成績も良いもんな」
「……はぁ」
「な、なんだよ?」
「あのね? 私が絵本作家になりたいのも、読書が趣味なのも、ぜーんぶ、浩之ちゃんの影響なんだよ?」
「お、俺?」
は? 俺、読書なんか殆どしてないんだが。
「前、ちょっと言ったの覚えてない? 『私三人の中でひらがなを最初に覚えたのは浩之ちゃんだった』って」
「……ああ」
「あの時、最初にひらがなを覚えた浩之ちゃんが、私達に絵本を読んでくれたじゃない? そのお話が凄く面白くて、自分でもこんな話を早く一人で読めるようになりたいって頑張ってひらがなを覚えて……その内に、自分でもこんなお話を書きたいって、そう思うようになって。そう思ったら、絵本以外にも面白い本が一杯あるんじゃないかって、そう思って沢山の本を読んで」
「……」
「……そうする内に、どんどん、絵本作家になりたいって思うようになったんだ。私が覚えた感動を、他の小さい子にも届けたいって、そう思うようになったんだ」
「……だから、京都の大学に行くのか?」
「京都の大学に専門的に教えてる学科がある所があるからね。そこでは有名な絵本作家さんが講師で来たりするから、ノウハウも学べるかなって。ヤラシイ話、コネも大事らしいしね、作家って」
「……」
「……」
「……寂しくなるな」
ポロっと。
俺の本音が漏れた。そんな俺に、涼子は良い笑顔を浮かべて。
「……振っておいてその言い草はどうよ、浩之ちゃん? なに? 体の良いキープなの、私?」
笑顔をジト目に変える。ち、ちが! そうじゃなくて!
「ち、ちがう!」
「ごめん、ちょっと冗談きつ過ぎた。確かに、寂しくなるよね。本当に生まれた時から一緒に居たし……そうだね。正直に言えば、私も離れ離れは凄く寂しいし、もっと言えば浩之ちゃんと彩音ちゃんが付き合って無かったら……きっと、浩之ちゃんの行く大学に進学して、絵本作家は独学で勉強しようと思ってたかも。『別に大学で学ぶのが全てじゃない。何処に居たって、絵本作家になる道はある』って……そう、自分に言い訳して」
「……」
「ああ、ちなみに浩之ちゃんを責めている訳じゃないよ? 勿論、彩音ちゃんの事も。むしろ、良いふんぎりが付いたってそう思ってる」
「……そっか」
「うん。だからね、浩之ちゃん。私は今日この遊園地に来るに当たって、絶対観覧車だけは二人で乗ろうって決めてたんだ。たぶん、もうこんな機会は無いだろうし……なら、この街に私はやり残しを残したくなかったから」
「……」
「……浩之ちゃん、私は貴方に感謝しています。私の将来の夢のきっかけを作ってくれたことも、その夢を中途半端に終わらせる事なく、ふんぎりを付けさせてくれた事も」
「……前半はともかく、後半ちょっと悪意籠ってね?」
「あったりまえじゃん」
「あったりまえなの?」
「そうだよ。だってそれ程、浩之ちゃんの事が好きだったんだもん」
「……」
「……浩之ちゃんに受けた影響は凄く大きかったからね。私が、今の私でいる……そうだね、半分ぐらいは浩之ちゃんの影響だから。私を私として形作っているものの半分くらいは」
貴方がくれたものだから、と。
「だから、過去に戻りたいとは思わないんだ。だってさ? 過去に戻ったら」
私が、私じゃなくなるから。
「……そっか」
「うん。今の私、結構気に入ってるしね」
そう言って涼子が今日一番の綺麗な笑顔を見せる。やがて、観覧車は一周回って乗降場が近付いて来た。
「……あー……あれ、怒ってるな~」
「……だな」
「……どう、浩之ちゃん? もう一周、乗っておかない?」
「……ヤダよ。しっかり怒られろ」
はぁーと息を吐く涼子。そんな涼子に苦笑を浮かべながら。
「……涼子」
「ん? どうしたの?」
「……その……なんだ。あー……」
「? なに? おかしな浩之ちゃん?」
くそ。顔が熱い。
「……お前の半分は俺が作ったものだとしたら……俺もだから」
「はい?」
「だ、だから! 俺だってお前には一杯影響を受けたし! その……こ、こう、なんて言うんだろう? そりゃ、女の子として大事にするのは……き、桐生だけど! でも」
お前は、大事な幼馴染だから、と。
「……」
「だから……その、なんだ。言うなよ」
「……なにを?」
「……『どっちにしろ私じゃ無かった』みたいな……そんな、自虐的な言葉を」
きっと――何も言わないのが正解なのだろう。
だって、そうだろう? 涼子の気持ちに応えられない以上、涼子に期待を持たすような、そんな言葉はいう必要はない。無いがしかし……それでも、俺はこれだけは言いたい。
「――恋人じゃなくても……それでも、お前が大事な幼馴染である事には変わりないからな!」
――藤田は、呪いと称した。もしかしたら、この言葉は今以上に涼子を縛り付けるものになるかもしれない。それでも。
「……お前が大事な『ヤツ』だって事実は……変わらないから」
それでも――俺は、これだけは、どうしても言いたかった。
「……」
「……」
沈黙が走るゴンドラ内。そんな中で、涼子は静かに口を開いて。
「……あらま」
……あらま?
「……へ?」
「……そこまで私の事、大事にしてくれるんだ。あれあれ? これってもうちょっと頑張れば私、浩之ちゃん奪えるんじゃない?」
「………………は?」
「いや~、流石浩之ちゃん! 優しいね~。そっかそっか! 私、大事な幼馴染か! うん、なんだか凄く元気になって来たよ!」
「……え?」
「? ……あ! まさか浩之ちゃん、私が京都の大学に行くからって浩之ちゃんの事諦めたとそう思ったの?」
「……違うの? そういう流れじゃないの、今?」
……いや……思うやん、普通。え? 違うの?
「バッカだな~、浩之ちゃん。彩音ちゃんと付き合ったのは知ってる上で、それでもアプローチかける私がなんで浩之ちゃんの事諦めなくちゃいけないの? 前も言ったでしょ? 私、初恋ばっちり拗らせてますから!」
「い、いや! じゃあなんでだよ!? なんで京都の大学に行くんだよ!!」
「ん? だってさ? 浩之ちゃんの事だから浮気なんて絶対しないでしょ?」
「……そりゃ……しないけど」
それ、なんの関係があるんだよ?
「そもそもヘタレの浩之ちゃんと、奥手の彩音ちゃんで飛躍的に関係性が進むとは考えにくいし……それなら、彩音ちゃんに大学四年間、浩之ちゃんを監視して貰っていて、その間に私が良い女になって浩之ちゃんを奪っちゃえば良いかな~って」
「……」
「浩之ちゃんがフリーだったら、肉食系の智美ちゃんとか瑞穂ちゃん、明美ちゃんがガンガン攻めて来て、コロッと落とされそうだけど……義理堅い性格の浩之ちゃんなら、彩音ちゃんがいる間は三人から来られても全部跳ねのけそうだしね。なんで、私はその間に夢を叶えながら女を磨かこうかと。一石二鳥じゃない?」
「……」
……なんも言えねー。
「……なんだろう。盛大に恥ずかしい。つうかお前……もしかして俺からこの言葉引き出すために敢えてあんな言い回ししたんじゃねーだろうな?」
ジト目を向ける俺に、涼子は人差し指を顎に持って行ってうーんっと少しだけ上を向き。
「――ひ・み・つ」
そう言って不思議の国のチェシャ猫の様に笑って見せた。あー……こいつ、絶対狙ってやがったな。
「……はぁ。もう良い。それより下、着いたぞ。降りよう」
……そうだよな。こいつが本気になったら俺なんかじゃ敵う訳、無いよな。こういうヤツだよ、コイツは。何時だって俺や智美なんか掌の上だよな。そう思い、俺は観覧車から降りて、降りて来る涼子に視線を向けて。
「――優しい浩之ちゃんなら慰めてくれるって思ってた。でも……想像以上に、嬉しかったよ。『大事』って言ってくれて」
最初に聞こえたのは耳元で囁かれる言葉。
「観覧車の中ではしないって言ったでしょ? 観覧車降りれば、話は別だよ?」
次に分かったのは、頬に触れる温かい感触。
「――っ!! お前、何を!!」
顔を真っ赤にして睨む俺に、それ以上に頬を真っ赤に染めて。
「――これからもガンガン攻めて行くんで……よろしく、浩之ちゃん!!」
親指をぐっと上げてそう言う涼子に、やっぱりコイツには敵わねーと、心の底からそう思った。