えくすとら! その二十八 記憶力の良さが敗因
「……想像以上に怖かったね、浩之ちゃん」
「……誰のせいだと……」
二人して、今まで乗っていたジェットコースターに視線を向ける。うん、別に涼子のせいでもないんだが……なんだろう、あのセリフがあったからこそ、軋む車輪の音に必要以上に恐怖した。最後の方なんて、『でもこの高さから落ちたぐらいじゃ精々、骨折ぐらいで済むだろう』なんて、事故前提で考えてたからな。統計を取った訳では無いが、きっと正しいジェットコースターの楽しみ方ではない気がする。
「いや~、楽しかったですね、藤田先輩!」
「そうだな~。時間が有ったらもう一回乗ろうぜ? な、浩之、賀茂?」
「「もう、勘弁して下さい」」
割とガチで。そんな俺らにきょとんとした表情を見せた後、藤田は快活に笑って見せた。
「なんだよ? お前ら、そんなに怖かったのか?」
「……まあ、ある意味ではな。それよりも藤田? 次、何処に行くんだ?」
「んー……さっきは有森の希望を聞いてメリーゴーランド乗ったしな。賀茂は? なんか行きたいアトラクションあるか?」
藤田のその問いに、我が意を得たりと言わんばかりに笑顔を浮かべる涼子。ああ、この笑顔、無茶苦茶既視感あるわ~。
「良いの? それじゃ、私が行きたい所はね!」
にっこり微笑んで。
「「お化け屋敷」」
涼子の声にかぶせるよう、俺も声を発す。その言葉に先ほどの藤田同様、きょとんとした表情を浮かべた後、涼子は破顔して俺を観た。
「流石、浩之ちゃん! よく分かってるね~」
「……まあな」
俺がジェットコースターを好きなように、こいつがこの遊園地に来て譲らないものが一つある。それが、お化け屋敷だ。
「お化け屋敷か~。良いじゃん。有森もそれでいいか?」
「お、お化け屋敷ですか?」
「……あれ? 有森、お化け屋敷苦手?」
「え、ええっと……そう、ですね。決して得意な方じゃないです。そもそも私、怖いの苦手で……ホラー映画とかも見れないんです」
そう言って心持顔色悪くそう言って見せる有森。が、それも数瞬、慌てたようにわちゃわちゃと手を振って見せた。
「あ、え、えっと! だ、大丈夫です! 最近お化け屋敷に入っても居ないし、もしかしたら平気になっているかもです!」
明らかに無理矢理な笑顔を作って見せる有森。それはきっと、先輩ばかりの中で――じゃ、ねーか。此処で『お化け屋敷は無理』という事で雰囲気を悪くしない様にする、有森の優しさなんだろうな、きっと。
「ええっと……雫ちゃん? 無理なら良いよ? 他にも面白い所あるし、別にお化け屋敷に拘らなくても」
少しだけ困った様に笑う涼子。こいつもこいつで優しいヤツだ。そんな二人の譲り合いを見て、恐らくこの中で最も『優しい』であろう藤田がため息を吐いた。
「……浩之。桐生には申し訳ないんだけど」
「二対二で別れて、だろ?」
「……良いか?」
「このまま此処で譲り合いするより良いだろう。有森、藤田と一緒だったら怖く無い……事は無いだろうが、安心はできるだろう?」
「それは……でも……」
「……俺と涼子を二人きりにしない様に配慮してくれてるかも知れないけど……これぐらいじゃ別に桐生も怒らねーよ。むしろ俺が桐生に怒られるわ」
『貴方、お化け屋敷と言えばカップルの定番じゃない! なんで雫さんと藤田君を二人きりにしてあげなかったのよ!』ってな。ラブ警察的に。
「……い、良いんですか」
「良いさ。なんなら怖いのが出てきたら藤田にでも抱き着いておけ」
「だ、抱き着く!?」
「お化け屋敷の定番だろ。って言う事でほら、行くぞ」
ぷしゅーっと頭から煙を出している有森を藤田に任せ、俺はお化け屋敷に向けて歩き出す。と、そんな俺の腕をくいくいと引っ張る手があった。
「……なんだよ?」
「その……もし怖かったら、私も抱き着いても良いの?」
そこには、少しだけ期待に目を輝かせる涼子の姿があった。そんな涼子に、俺は少しだけ深いため息を吐いて。
「……好きにしろ」
◆◇◆
この遊園地のお化け屋敷のコンセプトは一言で言えば廃病院だ。なんでもこの遊園地、元々は戦時中に作られた病院の跡地に建てた場所らしく、このお化け屋敷は当時の病院を残している。
「……」
「……」
……という、設定である。無論、そんな事は無いし、仮に此処が廃病院だったとしたらどんだけ狭い病院だよ、此処、という話ではあるのだが……まあ、その辺は子供向けという事でご愛敬というヤツだ。
「……おい、涼子」
「……分かってる。あそこから出て来るんでしょ?」
「……分かってるなら良い」
「……ああ、そうだ。浩之ちゃん?」
「知ってる。この後は霊安室の前でお経が流れて、上から人形降って来るんだろ?」
「……そうだよ!!」
常夜灯の光のみでも分かる程、明確に頬をぷくーっと膨らませる涼子に俺は小さくため息を吐く。
「……お前さ? あのジェットコースター見て気付かなかったのか? アレが現役で稼働してんだぞ? お化け屋敷だけリニューアルしてる訳ねーだろうが」
そんな俺に、不満そうな視線を向けて。
「……ワンチャン、あるかなって」
「ねーよ」
そもそもこのお化け屋敷、然程怖くない。子供向けの遊園地だけあり、怖さ控えめになっているのだ。俺も最初に来たときこそ結構ビビったが……何度も来て、ヘビーユーザーの涼子に付き合ってお化け屋敷に来てりゃ、そりゃ慣れもするしどのタイミングで驚かせて来るかも大体分かる。百歩譲ってリニューアルされていたとしても、怖さの度合いはたかだか知れているだろう。
「……むぅ。折角、浩之ちゃんに抱き着けるチャンスだと思ったのに」
「……そうなったら全力で回避するぞ? してみるか?」
「……しない。回避されるのもムカつくし、そもそも驚いていないのに『きゃー! 浩之ちゃん! こわーい』って抱き着いたら、浩之ちゃん絶対馬鹿にするもん」
「……別に馬鹿にはせんぞ」
ただ……『なにやってんだ、コイツ。似合わねーことを』とは思うだろうが。そもそも涼子、ホラー映画とかガンガン一人で見れるタイプだしな。
「……ううう!」
「……唸るなよ」
「唸るよっ! 折角のお化け屋敷なのに! 抱き着くチャンスなのに! 不可抗力で!」
「……そこは体裁守るのね」
「当たり前じゃん! 流石に彩音ちゃんに悪いし……」
心持しょんぼりする涼子。そんな涼子の姿がなんだか少しだけ可哀想に思えて――
「……恥も外聞も捨てて、思いっきり抱き着いちゃおうかな。忘れたフリして驚いちゃえばよくない?」
「……聞こえてるからな、言っておくけど」
全然、可哀想じゃ無かった。