えくすとら! その二十七 大人になったボク達は、きっとあの頃の気持ちを忘れている。
「……」
「……」
「……ひどい」
「……」
「……酷い……辱めにあった」
「……奇遇だな。俺もだよ」
開始早々、何とも言えない生温かい視線に晒され、既に俺と涼子は結構グロッキー状態。それでもまあ、辛うじて『主役』では無かったダメージの少ない俺はベンチに座る涼子にため息を吐きながら目の前の自販機でジュースを買うと、涼子に手渡す。
「……ほれ。これでも飲んで元気出せ」
「……オレンジ以外は要らない」
「知ってる。炭酸じゃない、百パーセントじゃないオレンジジュースだよ」
「流石」
「何年の付き合いだと思ってる」
「生まれた時から」
「じゃあ、わからいでか。良いからそれ飲んで、さっさと復活しろ」
コツンと軽くおでこにそれを押し当てると、涼子は幼子の様に両手でそれを掴み、プルタブを開ける。両手で持ったままぐびぐびと飲み、ほうっと息を吐いた。
「……ん、ありがと。ちょっと元気出た」
「そいつは良かったよ。ホレ、次行くぞ。今度は……一番近いのはジェットコースターか?」
「……なんか一気に戻った元気が抜けていくよ、浩之ちゃん」
「……お前、嫌いだもんな、絶叫系。どうする? 此処で休憩しておくか?」
有森と藤田は……まあ、流石のバカップル。既に精神的ダメージから回復して楽しそうに『次は何処に行く?』なんて話している。まあ、ダメージ受けたのは藤田だけ説もあるが。
「……ううん。折角遊園地に来たし、一通りは楽しんでおくことにする」
「いや、わざわざ嫌いな絶叫系を楽しむ事出来んの?」
「それは一緒に乗る人次第じゃないかな~、浩之ちゃん? 流石に、私の隣に乗ってくれるんだよね?」
「……まあ、藤田と有森のペアならそうなるな」
あまり過度な接触……というか、二人きりの行動は如何なものかと思うが、アトラクションに隣同士で乗るぐらいは問題なかろう。
「それじゃ、きっと楽しめるよ。なんたって浩之ちゃんと隣同士だしね! それに、此処のジェットコースターって子供でも乗れるやつでしょ? 今なら流石に怖く無いかも」
そう言って残ったジュースを一息で飲み干して元気に立ち上がる涼子。ゴミ箱に缶を捨てると、俺の隣に並んで立つ。
「お? 賀茂、復活したか? いや、復活したかって問いかけも変だけどさ?」
「ご心配おかけしました~。それじゃ行こうか、藤田君、雫ちゃん。次は近い順で言ったらジェットコースター?」
「そうだな~。有森、ジェットコースター好きらしいし」
「そうなの、雫ちゃん?」
「はい! やっぱりあのスリルが溜まりません! まあ、此処は子供向けなんでそんなに怖くないでしょうけど……やっぱり遊園地と言えば絶叫系に乗らないと! あ、涼子先輩は大丈夫ですか? 苦手なら、他のでも……」
「あはは。対して得意な方じゃないけど……雫ちゃんの言った通り、此処は子供向けだしね。いい思い出にもなるし、乗ろ?」
「その、良いんですか? 本当にアレなら、全然別のでも……」
「気を使い過ぎだよ、雫ちゃん。大丈夫、大丈夫! いこ?」
そう言って連れ立ってジェットコースターに向かう涼子と有森。そんな女子二人を眺めていると、ポンっと肩を叩かれた。藤田だ。
「なーに黄昏てんだよ? 行こうぜ?」
「別に黄昏れてる訳じゃねーけど……つうかお前、回復早いな? 恥ずかしく無かったのか、あれ? めっちゃ微笑ましい目で見られてたけど」
「……恥ずかしいに決まってんだろうが。でもまあ……有森が楽しそうだからな。もういっそ、開き直って楽しもうかと思って」
「……偉いよな、お前」
「普通だ普通。お前だって桐生がはしゃいでたら微笑ましく思うだろ?」
「……まあ」
「と、これは賀茂のいる所でする話じゃ無かったな」
「……」
「別に、賀茂と浮気しろなんて言うつもりはさらさら無いからな? でもまあ、幼馴染なんだし、無理に邪険にする事も無いんじゃないかって話だ。デートって単語はともかく、お前が賀茂や鈴木と一緒に出歩くなんて、今までは普通にあった事だろ? 彼女が出来たんで、今までみたいな関係性は無理、って言うのも分かるけど……流石にちょっと可哀想だろうが」
「邪険にしている訳じゃ……」
「分かってる。舌の根も乾かない間に言うのもなんだが、邪険……つうか、距離を取った方がいいんじゃねーかと思ってる俺も居るしな」
「……なんで?」
「じゃないとお前、賀茂が前に進めないだろうが。何時までもお前に縛り付けられるなんて呪いかなんかか?」
「……」
「ま、その辺りは二人で決める事だしな。それより行こうぜ。お嬢様方が不満そうにこっち見てるし」
『藤田せんぱーい! 早く!』という有森に片手を上げて歩き出す藤田に続く様に俺も二人の元に急ぐ。
「なんの話してたの、浩之ちゃん?」
「大した話じゃねーよ」
「そう? ま、それならそう言う事にしておく。それじゃジェットコースターにれっつごー!」
「テンション高くない?」
「折角だから私も楽しもうかなって。それに、よく考えれば此処のジェットコースターって一回転とかしないし、左右に揺れるぐらいなら楽しめるかな~って」
「まあ、子供向けだしな」
そう言って歩く涼子の隣を俺も歩く事しばし、目当てのジェットコースターが見えて来た。子供の頃、大好きだった乗り物のその変わらぬ姿になんだかノスタルジックなモノを覚えて少しだけ俺は足を止める。
「……懐かしいな」
遊園地に来たら必ず一番にこれに乗っていた。涼子と来たときは『怖い、怖い』とごねる涼子に大丈夫だからと二人で乗ったし、智美と知り合ってからは俺と智美で乗って下から涼子が手を振っていた。瑞穂と知り合って、秀明と遊んで、明美が来たときも、いつもこのジェットコースターに乗っていた、まさに俺の想い出の――
「……見た目が全然変わってないけど……整備とか、大丈夫かな?」
――……俺の想い出を返せ。
「……涼子?」
「い、いやでも浩之ちゃん!? あのジェットコースター、昔のまんまだよ? もう十年以上経つのに、塗装とか昔と変わらないじゃん!」
「いや、そうかも知れんが」
「それに、なんだかキーキー音がしてるし……明らかに車輪とか錆びてるし……だ、大丈夫なの、コレ?」
「……」
……まあ、所詮地元の遊園地だし、そこまで来客も多くは無いだろうしな。なかなか新しい機械を入れれるお金も無いだろう。それでもまあ、整備くらいはちゃんとしてると思うぞ?
「……そう言えば、遊園地の死亡事故ってジェットコースターが一番多いんだよね?」
「……怖い事言うな」
「……子供の頃とは違った恐怖体験出来そうだよ、今」
「……奇遇だな。俺もだよ」
昔は純粋に速度が怖かったのにな。今は整備がちゃんとしてあるかが怖いって。なんだか若干の物悲しさを覚える俺の顔を涼子はちらりと見つめて。
「……私達も大人になったんだね、浩之ちゃん。純粋な気持ち、忘れちゃったのかな……」
「いや、一応言っておくけど、十割お前のせいだからな?」
遠い目をしてそんな事を宣う涼子に突っ込みを入れつつ、俺は――多分、本当の楽しみ方と違う恐怖に顔を引きつらせていた。っていうか、俺の想い出、マジで返せ!
安定のタイトル詐欺回