えくすとら! その二十六 遊園地入場と、有森雫の憧れと、巻き込まれる人々
電車に揺られる事しばし、遊園地の最寄り駅に着いた俺らは一路遊園地を目指す。この遊園地、俺らの地元ではそこそこ有名な遊園地の為、小さい頃から何度か行った事はある。まあ、小学校の高学年くらいからは一度も訪れていないが。
「……お! 浩之~」
「おはようございます、東九条先輩、涼子先輩!」
遊園地の入場ゲートの前では藤田と有森が待っていた。その声に応える様に軽く手を上げて俺らも二人の元に急ぐ。
「おはよう。悪いな、待たせたか?」
「俺らも今着いた所だ。つうか、開園前だし、別に構わねーよ」
「……まさかこの年になって朝一から遊園地で遊び倒す事になるとはな」
「ダメか?」
「ダメっつうか……なんか意外感が凄い」
そもそも此処、子供向けの遊園地だしな。あんまり俺らの年代でデートに使うチョイスは無い気がするんだが……
「まあ、値段設定も財布に優しいし、俺らの年代でも遊べない訳でも無いしな。そこそこ楽しめるんじゃねーか? それに定番ちゃ定番じゃね? デートに遊園地って」
「……まあな」
「有森もパレード見て綺麗って言うより、遊び倒したいタイプだし……賀茂は知らんが」
「涼子もそうかな。まあ、パレード見て綺麗って気持ちもあるだろうけど」
「女の子だしな。俺には分からん感情だが」
「心配するな、俺にもだ」
男二人で苦笑い。と、丁度開園を告げるアナウンスが聞こえて来た。
「浩之ちゃーん。いこ~」
「藤田先輩ー」
「んじゃ、行くか」
「おう」
四人でチケットを買って入園。よくある遊園地らしく、入り口の前には花壇が配置されているそれを見ながら、涼子が俺の袖をくいくい引っ張る。
「どうした?」
「記念撮影、しない?」
「此処で?」
「うん。浩之ちゃん、覚えてない? 初めてこの遊園地に来たときさ? 二人で写真撮ったじゃない」
「あー……あったな、そんな事も」
あんときは……確か、まだ智美と出逢って無かったのかな? 保育園に入る前だった気がするし。
「つうか良く覚えてんな、そんな事。相変わらず記憶力良いな?」
「流石に二歳とか三歳は断片的だけど……でも、多分初めての遊園地でワクワクしてたからかな? あの日、初めて撮った写真に関しては凄く覚えてるんだ」
そう言って少しだけ頬を膨らませて俺を睨む涼子。な、なんだよ?
「多分、春だったんじゃないかな? 花壇に凄く綺麗な花が咲き誇っていて、私、感動してさ? 浩之ちゃんに写真撮ろう! ってお願いしたのに」
「……なに?」
「『写真なんか後で良いじゃん。それより俺、ジェットコースターに乗りたい!』って走り出して」
「……」
「……その走り出した浩之ちゃんを追いかけたら私、こけて膝すりむくし」
「……」
「……」
「……その……なんだ。すまん」
……正直、そこらへんは覚えては居ないが……確かに、言われて見れば遊園地に入園早々、涼子がギャン泣きしてた記憶が甦って来る。
「本当に。でもまあ、私も我儘だったしね。それに、こけた私の元に直ぐに駆け寄って来てくれて、起こしてくれたし……写真も撮ってくれたしね」
そう言ってにっこり笑う涼子。そんな涼子に頭を掻き掻き、俺は親指で花壇を指差す。
「その……撮るか、写真?」
「あれ? ジェットコースターは良いの?」
「……勘弁しろよ」
「冗談だよ。それじゃ写真、撮ろう?」
肩を竦める俺に楽しそうに笑い、涼子は持ってたカメラを藤田に手渡した。
◆◇◆
「……さて。それじゃ何から回るよ?」
「んー……こういう時ってどれから回るのが正解なの、藤田君?」
「遊園地に正解とかあるのか? まあ、好きなヤツから回ったら良いんじゃね? それか一番近くにあるヤツ」
そう言って遊園地の案内マップを見る。此処から一番近いのって言うと……
「……メリーゴーランド、か」
「……」
「……」
「……流石にメリーゴーランドはちょっと……ない、かな?」
「……だな。流石にメリーゴーランドは無いよな?」
「うーん……まあ、ちょっと恥ずかしいかな? 流石にこの年だし」
俺、藤田、涼子の三人で目を合わせてうんうんと頷く。まあな? 流石に高二になってメリーゴーランドは恥ずかし――
「――え?」
――え? えって、何が、え?
「の、乗らないんですか、メリーゴーランド?」
「……え? 有森、むしろ乗りたいの?」
「え、ええっと……は、はい」
「……」
「……」
「……」
「い、いや、ちょっと私、憧れでして! よ、よくドラマとかであるじゃないですか!? こう、恋人が見てる前でメリーゴーランドに乗って手を振るやつ! あ、あれをちょっとやってみたいと思ってまして……」
……高二では恥ずかしいけど、高一なら大丈夫なのか?
「……そんな訳ないじゃん。雫ちゃんだけだよ」
「心、読んだの?」
「『コイツ、マジか。高校生にもなって!?』みたいな顔してたから。何年の付き合いだと思ってんの? 浩之ちゃんの考えなんて大体わかるよ。それより……どうする?」
「どうするって……」
いや、別に有森が乗りたいんだったら乗ったら良いと思うぞ。時間に余裕はあるし、待っているのは苦でもねーし。
「……ちょっと待て、有森。それってアレだよな? 俺はこの柵のこっち側で回って来るお前に手を振るってヤツだよな?」
「そうです、そうです! 私が手を振ったら藤田先輩が優しい笑顔で手を振ってくれる、例のヤツです! 見た事ないですか?」
「いや、あるよ? ドラマとかCMとかで見た事あるけど……」
……うん、わかる。正直アレ、ドラマやCMで見るけど遊園地でガチでやってる人、見た事無いし。いや、子供とかなら分かるし、女友達同士とかは見た事あるけど、恋人同士でしてるのはマジで見た事無いんだが。
「……私、恋人が出来たら一度はやってみたいと思ってたんです! こう……なんか、憧れるって言うか」
照れ臭そうに、それでも嬉しそうに満面の笑顔を見せる有森に、藤田が『うぐぅ』って顔をしている。可愛い恋人の可愛い願いを叶えてやりたいという気持ちと……完全なバカップルを衆人環視の中でやる恥ずかしさとのせめぎ合いだな、ありゃ。
「……いいじゃないか、藤田。やってやれよ」
「……なに笑いをこらえた顔してんだよ、お前」
「いや、別に笑いをこらえてる訳じゃねーぞ? 可愛い彼女の願いだろ? 聞いてやれよ?」
「そうだよ、藤田君。雫ちゃん、凄い楽しみにしてるよ? やってあげなよ?」
「……肩を震わせながら言うなよ、賀茂まで。分かったよ! よし! それじゃ有森、乗って来い!」
「はい! それじゃ行きますね! ホラ!」
涼子先輩も、と。
「………………は?」
「涼子先輩も一緒に行きましょ! それじゃ藤田先輩、東九条先輩! 写真、宜しくお願いしますね!」
「ちょ、雫ちゃん!? わ、私は……って、力が強い! ちょ、ちょっと! 待って!!」
有森に引きずられるようにズルズルとメリーゴーランドに連れて行かれる涼子。そんな涼子を茫然と眺めていると、ポンと肩を叩かれた。
「……ざまぁ」
「……別に俺は恥ずかしく無いから良いけどな? 撮影係だし」
「……本当にそうかな?」
「……どういう意味だ?」
「……ま、メリーゴーランドが回りだしたら分かるんじゃね?」
そう言って含み笑いを見せる藤田に首を捻りつつ、俺は撮影をしやすい場所まで移動して――
――テンション振り切った有森が、『藤田先輩ー! あ、涼子先輩!! 東九条先輩ですよ! ほら、手を振って!!』『し、雫ちゃん!? 大きな声で名前呼ばないで!? 恥ずかしいから!』『恥ずかしがっちゃダメですよ! ほら、東九条先輩も! 笑顔、笑顔!!』と大声で喋るもんだから、周りから物凄く微笑ましいモノを見る目で見られた上に、小さい子に『ママ~。あれって『らぶらぶ』っていうやつ?』『そうね~。可愛いカップルね~』なんて会話をされて正直、死ぬほど恥ずかしくて今すぐ帰りたいのだが……何が凄いってこれ、まだ開園十分くらいなんだよね。
……前途が多難すぎるぞ、マジで。