えくすとら! その二十四 デート前日の実家にて。
「……あれ? 浩之? なんで居るの?」
「……居ちゃ悪いかよ?」
リビングでテレビを見ていると、少しだけ驚いた様な声が背中から掛かる。後ろを振り向くと、そこにはスーツ姿の親父の姿があった。そう。此処は俺の実家だ。
「いや、別に悪くは無いけど……なんで? あれ? もしかして彩音ちゃんと喧嘩した? これって、あれ? 『実家に帰らせて貰います!!』ってヤツ?」
「……それ、逆じゃね?」
そう云うのって普通は奥さんの方が……ああ、待て。俺、婿養子に行くのか? だったら実家に帰らせて貰いますは俺の言うのが正しいのか?
「まあ、逆でもどっちでも良いけど……どうしたのさ、本当に? 実家に寄りつきもしなかった浩之が」
「……悪かったよ」
「別に僕は良いけどね。芽衣子さんが寂しがるからたまには顔出してあげて。芽衣子さん、彩音ちゃんにもまだ逢ってないし、逢いたいって言ってるから。そうだ! 今度、連休あるじゃん? あの時、明美ちゃんと茜もこっちに遊びに来るから皆で集まらない?」
「あー……どうだろう?」
流石に超絶アウェイの中じゃ桐生は緊張する気もするが……
「そこは浩之がフォローしてあげなよ。まあ、所在無さげにならない様に細かい気配りとかしてあげて。後は、内輪ネタで盛り上がらない様に僕も気を付けるから」
「……」
「ん? なに?」
「いや……意外に気遣い出来るなって」
「僕も芽衣子さんの実家に行ったときに苦労したからね。最初はアウェイ感凄かったし。芽衣子さんはああいう性格でしょ? 誰とでも仲良くなれるから然程苦労はしてなかったけど」
そう言って肩を竦める親父。そっか。飄々としている様で意外に苦労してんだな、親父も。
「……分かった。まあ、嫌な事……っていうとアレだけだけど、緊張する事は早めに済ましておいた方が良いもんな」
「そう言う事。芽衣子さんもだけど、茜とも仲良くなって貰いたいしね。なんたって義理の母娘と義理の姉妹になるわけだし、早いうちから逢っていた方が良いよ。明美ちゃんとも親戚付き合いは必要だしね」
「……確かにな。まあ、明美とは結構仲良く出来てる方だろうし……茜に関しても心配はしていないけどな」
「……」
「……どうしたんだ、親父? 真剣な顔して」
「んー……なんでもないよ。浩之の考えがちょっと甘いかな~ぐらいしか考えて無いから」
「結構な問題発言だったが……つうか、甘い?」
まさか、こないだみたいになんか仕組んでねーよな? そう思い、ジト目を向ける俺に親父は苦笑して手を左右に振って見せる。
「なんか企んでないか、って顔してるけど、今回は何にも仕込んでないよ? 本当に本当、信用してよ?」
「……前科あるしな」
「前科は酷いな~。でもさ? ぶっちゃけアレだって浩之と彩音ちゃんの為を思って仕組んだことだよ? 流石に今回は全員仲良くなって貰うのが目的だし、わざわざ仕組む必要はないかな~って」
「まあ……」
そう言われればそうかも知れんが……
「とにかく、僕は何にもしていないよ。そんな事より浩之、本当になんでいるの?」
「……ちょっと野暮用でな。明日、涼子と出かける事になったんだよ。家に迎えに来いって言うし……明日、朝早いからな。実家からの方が楽が出来るだろう? だからまあ、今日はこっちに泊めて貰おうかと」
「…………え?」
「……なんだよ?」
「……涼子ちゃんと二人っきりで出かけるの?」
「……違う。藤田っていう同級生と、有森っていう後輩の女の子と出かける」
「……」
「……」
「……それってさ? 男女二対二で出かけるって事だよね?」
「……まあ」
「……」
「……」
「……それって……世間的にはダブルデートって言うんじゃないの?」
「……まあ」
「……」
「……」
「……浩之、自殺志願者か何かなの? そんなに桐生のパパさんに樹海送りにされたいの? 前も言ったよね? 身内から行方不明者出すのイヤだって」
「……色々事情があるんだよ」
「いや、事情があっても……っていうかそれ、彩音ちゃんは了承してるの?」
「一応。本来は桐生の為……って言い方はアレか。二人の為にちょっと涼子に協力をお願いしたんだよ。んで、そのお礼って事で」
「ダブルデートに行く、と」
「……まあ」
「……」
「……」
「……いやまあ、二人で納得してるんなら僕から言う事は無いけど……ちょっとどうかと思うな~、個人的に」
「……それは充分理解している」
本当に。家出てくる前も桐生に『浮気はしないでね? しちゃダメだよ!』って涙目で懇願されたし。無論、する気は一切ないが。
「……彩音ちゃん、嫌だろうね」
「……それは俺も本気で思う」
逆の立場だったら死ぬほど嫌だし。
「……かといってお父さん的には涼子ちゃんの気持ちも分からないでも無いから……難しいね。涼子ちゃん、小さい頃から浩之にベッタリだったし……何処が良いんだろうね、このバカ息子の」
「……それは俺も思うが、流石に実の息子目の前にしてバカ息子は酷くないか?」
「酷くないよ。まあ、彩音ちゃんが納得してるって事はちゃんと理由があっての事だろうけど……浩之、涼子ちゃんも智美ちゃんも、それから瑞穂ちゃんの事もちゃんとしなくちゃダメだよ?」
「……分かってる」
……そうだよな。何時までもこのままって訳にはいかねーもんな。
「……ん。浩之がそれが分かってるならいいや。それじゃお父さん、ご飯食べよ~っと。芽衣子さ~ん。今日の晩御飯、なに~?」
そう言ってリビングを出て行く親父の背中に、憂鬱なものを吐き出すように俺はため息を吐いた。