えくすとら! その二十三 そう言えばそんな約束、してたかも。
「そう言えばさ?」
学校の昼休み。『たまには屋上で昼食会とか、どう?』という涼子の誘いに乗って、俺、桐生、智美、瑞穂の何時ものメンバーと、有森と藤原、それに藤田という大所帯で屋上を陣取っていた所、涼子が俺に声を掛けて来た。
「どうした?」
「いや、そろそろ良いかな~って」
「そろそろ? 何が?」
俺の言葉に卵焼きを頬張って咀嚼していた涼子がごくん、とそれを飲み込んで。
「――デート。いつ行く、浩之ちゃん? 約束したじゃん」
ボキっという音が聞こえた。慌てて音の方に視線を向けると、そこには割り箸を握り折ってこちらを睨みつける桐生の姿が。
「…………どういう事かしら、東九条君? デート? 涼子さんとデート? 約束をしていた? なんの話よ、それ?」
ひ、ひぃ! き、桐生!? その顔は美少女がしたらダメなヤツ!
「ご、誤解だ! 俺は涼子とデートの約束なんかしてないって!」
「あら? それじゃ涼子さんが『嘘』を付いていると……そう言うのかしら?」
そう言ってねめつける様な視線を涼子に向ける桐生。背筋が凍りそうなその視線を受けながらも、尚も涼子は平然と肩を竦めて見せた。
「いやだな~、彩音ちゃん。私がそんなすぐにバレるような嘘を吐くと思う?」
「……それもそうね」
考える事、しばし。直ぐにこちらに視線を戻すと、桐生は視線の険を増して俺を睨みつける。
「……それじゃ貴方、やっぱり貴方が嘘を吐いているんじゃないの?」
「い、いや、マジで! マジでそんな約束はしてないって!」
「それは酷いよ、浩之ちゃん。ちゃーんと約束したじゃん!」
俺の言葉に頬をぷくーっと膨らます涼子。い、いや、でもな? 俺、マジでそんな約束した覚えは――
「――ぜーんぶ問題解決してくれたら、デートしてくれるって言ったもん!!」
「………………あ」
……あ……そ、そう言えばそんな事もあった様な……
「……ああ、あの時ね。ヒロが此処で頭下げて勉強教えてって言った時でしょ?」
「そうそう! 智美ちゃん、思い出した?」
「……思い出したっていうか……でもあれ、ヒロは別にオッケーはしてなかったんじゃない? 言い淀んで有耶無耶になった気がするんだけど……」
「でも、ダメとは言ってないよね、浩之ちゃん。私は勉強を教える代わりにデートしてって言って、浩之ちゃんは断らなかった。それで、私に勉強を教えて貰ったんだよね? それってさ? 私の意見を呑んだ、って意味じゃない?」
「う、うぐぅ……」
た、確かにはっきり言葉に出して断っては無いし、勉強も教えて貰ったが……で、でもさ? あれ、断る前になんか話題が変わって断るタイミングを逸しただけと言いましょうか、なんと言いましょうか……
「……呆れた。貴方、そんな約束したの?」
「い、いや、約束した訳じゃなくて……」
「でも、断って無いんでしょ? その上で勉強を教えて貰ったんなら、それはもう約束したのと同じじゃない」
そう言って呆れた様にため息を吐くと、こちらをじとっと睨む桐生。う……なんだか、肩身が狭い……
「……流石にそんな約束したんならお前、それは守ってやらねーと賀茂が可哀想じゃ無いか?」
「……藤田」
「賀茂だって浩之の為に結構な時間を割いて勉強教えたんだろ? じゃないとお前、浩之の成績があんなに劇的に上がる訳ないだろうが」
「……それは……まあ」
涼子の作ってくれたテスト対策プリントには随分助けられたし、勉強も教えて貰って随分助かった。無論、お礼をするのはやぶさかではない。やぶさかではないが……
「……でもお前、デートって。なら他の事で御礼するよ」
「って言ってるが……賀茂、どうだ?」
「ノーサンキューです。デートが良い!」
「だって」
「だってって……」
「デートって言い方があれなら、アレだ。二人でお出かけだ。それぐらいは許容してやれよ、桐生」
視線を桐生に向けてそういう藤田。そんな藤田の視線に不満そうに桐生は藤田を見やる。
「……でも……東九条君は……私の、か、彼氏だし……二人っきりは……」
「気持ちは分かるけど……でもな? 元々、お前ら二人が晴れて恋人になれたのって賀茂の協力が大きかったからじゃねーのか? まあ、結果的には目標は達成出来なかったかもしれねーけど、プロセスとリザルトはまた別だろう?」
「そ、それは……そ、そうだけど……」
正論を吐く藤田に、桐生が言葉に窮す。そんな桐生に大きくため息を吐き、藤田は肩を竦めて見せた。
「……分かった。それじゃ、妥協案はどうだ?」
「……妥協」
「案……?」
藤田の言葉に、涼子と桐生が揃って首を捻る。そんな二人に対して藤田は言葉を発した。
「賀茂は浩之とデートに行きたい。桐生は浩之と賀茂を二人っきりにさせたくない。此処までは良いな?」
「うん」
「ええ」
「それじゃ、俺と有森でデートに行くときに、浩之と賀茂も一緒にデートすればいいじゃねーか。ダブルデートってやつだ」
「……」
「……」
「賀茂は浩之とデート出来るし、桐生は賀茂と浩之が二人っきりになる事を阻止できる。ついでに言えば俺と有森はデートも出来るし……一石三鳥じゃね?」
「……」
「……」
ちらっと、桐生と涼子が視線を合わせて……そして、どちらからともなくため息を吐く。
「……それがまあ、無難な妥協点かな~。私としては他の子が邪魔しに来なかったらそれで良いし」
「……そうね。ダブルデートなら……まあ、あまり好ましくは無いけど、賀茂さんにお世話になったのは事実だし……まあ、納得の行く範囲かしら? 嫌だけど」
「うし! それじゃ決まりだな。俺と有森、今度どっか遊びに行こうかって話してたんだけど……今度の土曜日とかどうだ? 賀茂はなんか予定有るか?」
「今度の土曜日? 大丈夫! なんの予定もないよ~」
「よし! それじゃ決まりだな!」
「うん! それじゃお弁当作っていくよ! 皆で食べよう?」
「おお、良いな、それ。有森? それでも良いか?」
「私は構いませんけど……良いんですか、彩音先輩?」
「……良い、とは言わないけど……でもまあ、お世話になったのは事実だし……今回はまあ、仕方ないかしら。その代わり有森さん、お願いね?」
「……まあ、浮気は許されませんからね。涼子先輩の事も好きですが……申し訳ないですけど、今回はしっかり監視させて貰います」
「え~。雫ちゃん、ちょっと見逃してくれない? お弁当、雫ちゃんの好きなおかず作って行ってあげるから~」
「うっ……涼子先輩お手製の……好きなおかず……?」
「雫さん! 食べ物に釣られないで!」
「……はっ! い、いやですね~、彩音先輩! わ、私が食べ物に釣られる訳ないじゃないですか!」
「……本当かしら?」
じとーっとした目を向ける桐生、わちゃわちゃ手を振る有森、クスクスと笑う涼子を見やりながら。
「……なあ、俺の意思は?」
「ある訳ねーだろ、んなもん。基本、簡単に約束したお前が悪いし」
肩を落とす俺の肩を藤田が軽やかに叩いた。