えくすとら! その二十 桐生彩音のダイエット大作戦 ~序章~
「……ねえ?」
何時もの様に――というか、既にもう恒例となったお茶会の席上にて智美さんが私の顔をじーっと見ながら言葉を放つ。
「……彩音って……ちょっと、太った?」
――衝撃的な言葉を。え?
「――っ! と、智美ちゃん!」
「――っ! と、智美さん!」
智美さんの言葉に慌てた様に涼子さんと明美様が声を上げ、人差し指を口元に持って行き『しー』のポーズ。
……え?
ちょ……え?
「……私……太った?」
「そ、そんな事無いよ、彩音ちゃん!」
「そ、そうです! ぜ、全然太って無いですよ!」
慌てた様にそうフォロー……そう、完全にフォローだ。フォローを入れる二人に私は自身の二の腕を摘まんでみる。
「――っ!!」
『ぷにっ』ってしてる! 過去最大に、『ぷにっ』ってしてる!!
「……そ、そんな……」
「あー、やっぱり? 自覚しちゃった?」
「ちょっと、智美ちゃん! だ、大丈夫! 桐生さん、元々細いんだから! ぜ、全然太ったウチに入らないよ!!」
「そ、そうですよ! 智美さん、デリカシーが無いですよ! もうちょっとオブラートに包んだ言い方があるでしょう!?」
「えー? でもさ? 私のは優しさだよ?」
「どこがですか! 彩音様、顏真っ青じゃないですか!」
「だから。その顔を土気色にしない為に言ってあげたんじゃない」
そう言ってちっちっちと指を振って見せて。
「――ヒロに言われたらショック大きいでしょ、彩音も。だから、そうならない為にも私が言ってあげたんじゃない」
――確かに。それは……確かに!! そんな事言われたら、きっと立ち直れない!!
「……で、でも……な、なんで!? なんで私、太ったの!?」
「なんでって……そりゃ、家でゴロゴロしてるからじゃない?」
「ご、ゴロゴロって……そ、そんな事は……」
……。
「……してる、けど……」
確かに。そもそも私、此処で東九条君と一緒に暮らすまでは所謂『ぼっち』であり、時間は売る程あった。そんなのだから、美容の為にと毎日ジョギングを日課にしていたが……こちらに来てから、ジョギングをした記憶がない。
「……」
「あー……それに、食事の量も増えたんじゃない?」
「……涼子さん」
「料理を始めたばっかりの時って、味見とか結構増えるし……失敗作とか食べてたら体重って直ぐ増えるんだよね~」
「……」
「そうですね……特に彩音様の場合、浩之さんと一緒に食事を取るのでしょう? そうは言っても浩之さんも男子高校生。食べる量は多いでしょうし……それに合わせていると」
「……で、でも! 東九条君は太って無いわよ!?」
「あー……それは浩之先輩、ちょくちょくバスケしてますもん。流石に私と二人で、とかは無くなりましたけど……でも、秀明と三人でとか良く……とは言いませんがありますよ?」
瑞穂さんの言葉に目の前が真っ暗になる。ひ、東九条君……う、裏切り者!!
「まあ、ヒロは別に大食いってワケじゃないけど、今までの彩音に比べれば食べる量は多いしね。それにここ最近、なんだかんだで集まる事多いじゃない? その度にお菓子とかジュースとかバクバク食べて飲んでればそりゃ、太るよ」
う、うぐぅ! で、でも! それは私だけじゃないじゃない!!
「……み、皆は!? 皆は太ってないじゃない!!」
「そりゃ、私と瑞穂と雫と理沙は部活してるし。涼子は」
「私は此処にお邪魔した日は晩御飯の量を調節してるかな~? 明美ちゃんは?」
「週三でジムに行っていますので。体型維持は完璧ですよ?」
「……」
……ホント? 皆、そんなに努力してたの? え? え? 聞いて無いんだけど? 茫然とする私に、智美さんがにっこりと――意地悪そうに、笑って。
「このままじゃ彩音、ヒロに飽きられちゃうんじゃない?」
◆◇◆
「……太った……」
乗った体重計が示す数字は、確実に私が生きていた中での最高数値を更新していた。正直、成長期という事を考えても――うん、嘘はやめるわ。衝撃の大きさが、半端無い。
「……どうしよう……」
鏡をじっと見つめてみる。その……他の人と比べてどうとかじゃないけど、そこそこ顔は整っている方だと思う。東九条君も……可愛いって言ってくれるし。え、えへへ……
「――って、そうじゃないのよ! 今は!」
緩みかけた頬を一つ、ピシャンと叩く。うん。落ち着け、私。
「……とにかく、何とかしないと……」
東九条君の側にいる面々は……美少女揃いだ。智美さんと涼子さんと瑞穂さんは幼馴染だし、明美様なんて身内も身内だ。正直、私が一番、東九条君との『繋がり』が薄いと言っても過言では無いだろう。
「……」
……そう。東九条君の周りの面々は揃いも揃って綺麗なのだ。しかも、全員、少なからず東九条君に好意を……って言うか、皆ベタ惚れだ。
「……まずいわ」
ただでさえ、私は不利なのだ。あのメンツの中で、誰が最も東九条君とのつながりが薄いかと問われると、間違いなく私なんだから。今でこそ、その……か、彼女として東九条君の隣にいるけど、油断したらどうなるか、全然わからない。
……それに……。
「……太るんなら、胸から太ってくれればいいのに……」
自身の胸部に視線を落とし、そんな事を呟いてみる。べ、別に胸の大きさが全てでは無いとは思っているけど……それでも、明美様とか智美さんに比べれば戦力差は絶大だ。涼子さんだってああ見えて結構大きいし。
「……この上、太ったりしたら……」
……まずい。非常に……まずい!
「……東九条君が……誰かの所に……太った私なんて、見向きもせずに……」
まあ……正直、そこまで薄情な人ではないと思うし、信じてはいる。信じてはいるが……でも、私だって年頃の乙女だ。ある程度、綺麗な自分で東九条君の隣に居たいって気持ちもある。
「……このままじゃ……ダメね!」
うん、と一つ頷いて、私は拳を握りしめ――長く険しい、ダイエット道に突き進む事にした。見ていなさい、東九条君!! 絶対に太ったなんて言わせないんだから!!