第十二話 良いカンジにブラコンです、茜ちゃん
「……と、云う訳なんだ」
『……なにそれ?』
『お兄ちゃん、許嫁出来ちゃったよ』という衝撃的な発言に取り乱しまくり、電話口で『え? は? ちょ? な、なにそれ? いたっ!!』と、日本語が不自由になったり、部屋にある丸テーブルの角に小指をぶつけたりと忙しかった茜がようやく冷静さを取り戻したので事情を説明すると、帰って来たのはそんな絶対零度の返答だった。っていうか、こえーよ。
「なにそれって……まあ、思うよな? 俺だってびっくりしたもん」
『いや、びっくりで済む話じゃなくない? もっと取り乱しなさいよ!!』
「取り乱したぞ、俺も」
なんせ『悪役令嬢』だもんな。今となってはそんな悪い奴じゃないかもとか思ってはいるが、そりゃ最初は動揺したぞ、俺も。
「ま、仕方ねーじゃねえか」
『『仕方ない』じゃないわよ! 何考えてんのよ、あのダメ親父!!』
「……おい、茜? 流石にそれは言い過ぎじゃないか? 確かに親父のやったことはどうかとも思うが……でも、仕方ないだろ?」
腹も立ったが、ある程度苦肉の策ではあったんじゃないかとは思うんだよな。親父が俺や茜を大事にしてくれてるのは知ってるし、従業員をそれと同じくらいに可愛がってることも知ってる。そんな彼らを路頭に迷わさない為に、お金を借りたんだろうな~ぐらいは想像が付かない訳ではない。
『そういう問題じゃないの!! お金を借りたりとか、そんな事は大した事じゃないんだってば! 許嫁が問題なの!』
「そりゃまあな。この現代日本で今更許嫁なんて時代錯誤な――」
『許嫁なんて別に珍しいものでもないでしょ! 問題は『おにい』に許嫁が出来たって事!』
「……俺に出来たのが問題?」
なに言ってんの、コイツ?
『……はぁ。あのね、おにい? 東九条って一応、名家なワケじゃない?』
「……」
『……あれ? どったの?』
「いや……お前も知ってたんだな、それ。なんか旧華族なんだろ、本家って」
『……は? なに言ってんのよ、今更? え? まさか知らなかったとか言わないよね?』
「金持ちだったのは知ってる。知ってるけど、そんな家柄なのは知らなかった」
『……』
「……」
『……え? ちょっと絶句なんですけど。おにい、流石に家の事に関心無さすぎじゃない? 去年の明美ちゃんの誕生日パーティーとか凄かったじゃない?』
「あのホテル貸し切ってやったヤツ? 凄かったな、アレ」
『……あの時だって総理大臣はともかく、国務大臣何人か来てたじゃん。私、挨拶されたよ? 私でも挨拶されたんだよ? おにい、挨拶されて無いの?』
「……どうだったかな? なんかテレビで見た事あるおっさんがいるな、とは思ったけど」
だって料理があまりに美味しくてさ。そっちに夢中だったんだよ。
『……ウチの兄がヤバい』
「ヤバいとか言うなよ」
『ヤバいよ。ウチの家に生まれたら常識みたいなモンじゃん。なんで知らないのさ、おにい』
「……スンマセンね、常識知らずで」
恥の多い人生を送ってきました。
『……はあ。おにいが常識知らずなのは置いておいて……とりあえず、話戻すよ? おにいがどう思ってたかはともかく、東九条って名家なワケ。んで、明美ちゃんはその一人娘で、輝久おじ様が目の中に入れても痛くない程可愛がってる』
「明美の事溺愛だもんな、おじさん」
東九条輝久は現東九条本家の当主で、風貌こそいかついも、実際は優しく気の良いおっさんだ。息子がいないからか、俺の事も息子同然に可愛がってくれてる……まあ、良い人だ。
『そうじゃなくても東九条の本家の一人娘、婿取り必至でしょ?』
「今となれば分かる。名家だもんな~」
『そういう事。んで、変なところから婿は取れない。そうなると……必然的に、出て来るじゃん? 一番可能性が高い『婿候補』が』
「……婿候補?」
『ガチで分かんない? 身元もしっかりしてて、小さいころから輝久おじ様が知ってて、息子同然に可愛がってて、明美ちゃんとも仲が良い、同い年の男の子』
「……」
『……』
「……もしかして……俺?」
『もしかしなくても、おにい』
「……は……はぁ? あ、明美と俺が結婚!?」
『可能性の話……と言いたいけど、結構現実味があった話よね。直接は聞いてないけど、おじ様の態度を見る限り、乗り気みたいだったし』
「……そんな話、聞いてないんだけど」
『その話聞いておにい、明美ちゃんと態度変えずに接する事が出来る?』
「……出来ない。出来ないけど……でもさ? それで俺に彼女が出来たらどうするつもりだったんだよ!」
『それはそれで良いと思ったんじゃない? おにいにも自由恋愛して貰って、その上でゆくゆくは……ぐらいに考えてた思うよ、おじ様。大体、高校生のカップルがゴールまで行く確率何パーセントぐらいだと思ってんの? 結婚まで行く可能性の方が低いに決まってんじゃん』
「……確かに」
馬鹿にするつもりは無いが、高校生の恋愛なんて熱病みたいなところもあるしな。それで結婚まで至る可能性は低い、か。いや、彼女いない歴年齢の俺が言う事ではないんだろうが。
「……というかおじさん、親父より俺の事考えてくれてね?」
『当たり前じゃん。東九条の本家当主だよ? 枝の若い者の事まで考える器量が無くて、どうして本家の当主が務まりますか』
「枝って」
ヤ〇ザ屋さんか。
『……だからおじ様、この話を聞いたら相当怒ると思うんだよね……たぶん、お父さんの事だからおじ様に話を通す配慮とかしてないだろうし……そもそも、分家の次期当主の許嫁の話を知りませんでした、ってなったら、メンツも潰れるしね』
「メンツって」
だから、ヤ〇ザ屋さんか。にしても……
「……配慮はしてないだろうな、たぶん」
『でしょうね。おにいの父親だもん。そんな気遣い、出来そうにないね』
「おい。お前の父親でもあるんだぞ?」
『私、お母さん似だから』
「……哀れ、親父」
『まあ、お父さん、東九条の本家苦手だから。余計に関わりあいたくないんでしょうね』
「そうなの?」
『私たちもだけど……お父さんはもうちょっと血が『濃い』でしょ? だから、色々と面倒な役職押し付けられそうになって逃げたらしいわよ。この間おじ様が愚痴ってた』
「……良いとこ全部持って行かれたって言ってたけど……」
『現当主の従兄弟だよ、お父さん。流石に一個も良い所が残ってないワケ無いじゃん。ま、その話は良いよ。今しても仕方ないし』
「……だな」
『とりあえず……この話は私とおにいの間で留めておいて。明美ちゃんの耳には絶対、入れちゃダメだよ? そんな事になったら、きっとおじ様の耳に入って……』
「……入って?」
『…………お父さんが鴨川で水泳させられちゃう。コンクリートのブーツ履いて』
「……」
『……』
「……それは……イヤだな」
『身内から加害者も被害者も出したくないでしょ? そこまではアレかもだけど、絶対に我が家に取って良い事にならないから』
「……だよな」
少なくとも、茜の下宿は取りやめになるかも知れん。茜だって、気まずい事この上ないだろうし。
「……茜の為にも隠し通すか」
『……おにい? その気持ちは嬉しいけど、私の事は心配しなくて良いよ?』
「心配するに決まってんだろ。可愛い妹だぞ?」
『……ありがと。照れるからそれぐらいで良いよ? ともかく、おにいは自分の心配を一番にして!』
絶対だよ! と言った後、『もう遅いから切るね』と電話が切れる。
「……はぁ」
電話の切れたスマホをじっと見つめて。
「……前途多難過ぎない、コレ?」
俺は大きくため息を吐いた。
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