えくすとら! その十九 優しい人に、優しくしたい。
よく、ラノベでは作品名はともかく作者名は知らないって事がありがちで……恥ずかしながらB人姉が櫻井先生って作者ページ飛ぶまで知らんかった。そりゃ面白い筈だよ。B少も大好きだけどB人姉も大好き。
……ただ一個だけ言わせて欲しい。更新ペースを……その……もうちょっと頻繁に……切実に……楽しみ過ぎて……
「……藤田先輩の妹さん……ですよね? そ、その……お、お兄様にはいつもお世話になっております」
「い、いえ! あ、有森雫さん、ですよね? その……こちらこそ、兄がいつもお世話になっております」
向かい合わせでお互いに深々とお辞儀をする雫さんと香織さん。その隣に座った理沙さんがぐいっと対面に座る私に顔を近づけて来る。
「……これ、アレですか? 小姑が嫁をイビる図ですか?」
「……そうじゃないと信じているわ」
「……凄く居心地が悪いんですが」
「……安心して。私もよ?」
「……安心する要素が一つも無いんですがそれは」
四人掛けのテーブルに座ってひそひそ話をしている私と藤原さんを少しだけ心配そうに離れた席から見守る東九条君……と、お手洗いから帰って来た藤田君。うん、東九条君。心配しないで。どうせ私、何にも出来ないから。
「……それにしても……藤田先輩の妹さん、美人だよね~。藤田先輩とはあんまり似て無い感じかな?」
はははと乾いた笑いを浮かべてそう言って見せる理沙さん。理沙さんは理沙さんなりに、この状況をどうにかしようと声を出してくれたのだろう。私もそれに乗っかる事にする。
「そ、そうね! 確かに香織さん、とっても可憐だもの!」
「へ、へ~。香織ちゃんっていうんですね! 私も香織ちゃんって呼んで良い?」
「そ、それは構いませんが……ええっと」
「ああ、ごめんなさい。私は藤原理沙。藤田先輩と一緒の高校の後輩だよ。バスケ部なんだ」
「……という事は、お兄ちゃんと一緒に練習してたって云う藤原さんですか?」
「理沙で良いよ」
「理沙さん、ですね。そうですか。お兄ちゃんがお世話になりました」
そう言って理沙さんにペコリと頭を下げる香織さん。なんとなく、その言葉に引っ掛かりを感じてしばし考え込み。
「……ああ」
違和感に気付く。なるほど、雫さんには『兄』で理沙さんには『お兄ちゃん』か。
「……」
少しばかりの心の壁があるのだろう。そう思い、私は香織さんを見やると……なんだか泣きそうな目でこちらを見やる香織さんと目があった。どうしたの?
「……彩音さん。なに話して良いか分かりません!」
「……そう」
……まあ、そうよね。私だって東九条君の妹さんとなに話して良いか分からないし……きっと、向こうだって私となに話すか考えて無いんじゃないだろうか。でも、まあ……
「……いい機会じゃない。香織さんが聞きたい事、聞いてみたら良いんじゃない?」
「……え? き、聞く?」
「……藤田君のどういった所を好きになったかとか……そういう所を聞いて見れば良いじゃない。どの道、もやもや抱えたままじゃイヤでしょう?」
「それは……そう、ですけど……」
「雫さんだって壁を作られたままじゃ気がねするだろうし……きちんと話を聞いて置いても良いんではなくて?」
きっと、拗らせたままでは二人にとっても良い事にはならないだろう。ならば、話を聞いて見るのも一興だと、そう思う。
「……」
私の目を真摯な瞳でじっと見つめた後、小さく頷くと香織さんは視線を雫さんに向けて桜色の唇を開く。
「……その……有森さんは、兄とお付き合いをしていると……聞いているのですが」
「は、はい。そうです。お兄さんと、お付き合いをさせて頂いております」
お互いに緊張したまま、硬い言葉を交わす二人。なんとも言えないその雰囲気に思わず私も背筋を伸ばして――
「そ、その……単刀直入に聞きますけど……兄の何処が良かったのでしょうか? 言っちゃなんですが、兄は然程顔も良い方とは言えないですし、運動神経だって……まあ、体力はありますけど、そこまでは良くありません。そんな兄の何処が良かったんでしょうか?」
――か、香織さん? それはちょっと聞き方がズルくないかしら? もしかして貴方、雫さんと仲良くなりたくなかったりする?
「ふ、藤田先輩の良い所? そ、それは一杯ありますが……でも、一番良い所は」
――優しい所かな~、と。
……ダメよ、雫さん。それはきっと、考えられる限り最悪の悪手よ。思わず手で顔を覆いそうになって意志の力で抑え込んだ自分を自分で褒めたい。
「……へー。そうなんですか。お兄ちゃんの『優しい所』ですか」
「……はい。藤田先輩、凄く優しいから」
「……そうですか。大事にして貰ってますか、有森さん?」
「え? だ、大事に?」
「……はいー。ウチの兄は結構デリカシーの無い所もありますし……ちゃんと大事にしてるかな~って」
「……は、はい。大事にして貰ってます」
「敬語じゃなくて良いですよ、先輩ですし。でも……そっかそっか。それじゃきっと、物凄く『居心地』が良いですよね?」
ニヤリと、形容したくなる様な笑顔を浮かべる香織さん。貴方……頭が良い子だとは思ってたけど、結構な策士ね。そんな香織さんの笑顔に気付かないのか、雫さんは笑って言った。
「――そんな事無い……よ? 居心地……ちょっと、悪いよ?」
笑顔ではなく、苦笑を浮かべて。
「……は?」
「あ、い、居心地が悪いって云うのはちょっと違って……その、凄く大事にして貰って幸せは幸せなんだ。でもね? 幸せ過ぎて……」
「……怖いとか? 惚気ですか? 流石に実の兄の惚気話をその彼女さんから聞くのはちょっとだけ胸焼けするんですけど?」
ジト目を向ける香織さんに雫さんは黙って首を横に振って。
「ううん。怖くはない。藤田先輩の事、信じているから。そうじゃなくて……こんなに大事にされているのに」
何も返せれて無いのが、心苦しい、と。
「……」
「……藤田先輩ってさ? 誰にでも優しいじゃない?」
「……そうですね。実の兄ながら、ちょっと聖人か何かじゃないかと思う事もありますよ」
「だよね~。妹さんの前で言うのはなんだけど……本当に馬鹿が付くほどのお人よしで、自分の事なんか棚に上げて誰かの為に努力が出来る人なんだ。その姿は本当に凄くて、格好良くて……憧れるんだ、私は」
そう言って雫さんは少しだけ困った顔をして。
「――でもね? そんな優しい藤田先輩を……誰が、優しくしてあげられるのかな?」
「っ!」
「……誰にでも優しい藤田先輩だけど、藤田先輩は藤田先輩に優しくできないんだ。違うか。藤田先輩は『自分』には優しくしないんだ」
だって、困っている人を見たら自分を省みずに動く事が出来る人だから、と。
「……その生き方は凄いと思うけど……でも、やっぱり藤田先輩だって人間だもの。きっと、いつか疲れちゃうと思う。助けた人間に裏切られたり、助けた人間に馬鹿にされたり、助けた人間に嫌われたりするかも知れない」
それでもきっと、藤田先輩は生き方を曲げないと思うけど、と笑い。
「――だから、私は藤田先輩に誰より優しくありたいの。もし、藤田先輩が傷ついたら慰めてあげたい。もし、藤田先輩が迷ったら間違って無いと言ってあげたい。もし、藤田先輩が疲れたと言ったら」
一番傍で、抱きしめてあげたい、と。
「……そんな風に成れたらいいな~って……そう、思うんだ」
まるで、宝物を貰った子供の様な無邪気な笑顔を浮かべる雫さん。その笑顔はとても綺麗で――そして、一瞬だった。少しだけ慌てた様に雫さんは両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「って、ご、ごめん! 私、なに語ってんだろうって感じだよね!? 質問の答えにもなってないし! そ、その……」
「――いえ」
冷静では無い状態の雫さんに苦笑を浮かべて、香織さんは姿勢を正して。
「――充分、答えを頂きました。それと、意地悪な質問をして申し訳ありません。不束な兄ですが、これからもどうぞ、仲良くしてやってください」
――雫さん、と。
「……それで、私の事も『香織』と呼んでくれたら……嬉しいです」
少しだけ照れた様な顔でそういう香織さんに、雫さんは笑顔を浮かべて。
「――うん! よろしくね、香織ちゃん!!」