えくすとら! その十七 如才ない少女
「ん? おお、浩之と桐生じゃねーか。どうし――って、どうした、マジで? 特に桐生。お前、どんな怖い顔してんだよ?」
「……自分の胸に聞いて見なさいな、藤田君」
ゴゴゴッ! と音が付きそうな程の迫力ある桐生の登場に藤田の浮かべていた笑顔が引き攣る。だ、だよね~? 今の桐生、無茶苦茶怖いし。
「え、ええっと……ひ、浩之?」
「……」
……俺に振るなよ。そう思い桐生を見やると『お前、説明しろ!』と言いたげに顎をくいっと向ける姿があった。おうふ。桐生さん、それ、完全に悪役令嬢です。
「……その……なんだ? 今、お前の腕に抱き着いている可愛らしい女子中学生は何処のどちら様ですかね? 君には可愛い可愛い有森さんという彼女が居たんでは無かったでしょうか?」
つうか、大体分かんだろうが。ラブ警察二十四時の桐生だぞ? お前が他の女の子に抱き着かれて鼻の下伸ばしてたら怒るに決まってんだろうが。
「……は? 可愛い女の子?」
「……聞いた? 可愛い女の子だって! ほらー! やっぱり私、可愛いんじゃん!」
この辺りの公立中学校の制服を着た美少女……まあ、桐生ほどではないにしろ、目のくりっとした可愛らしい笑顔を浮かべるその少女に藤田が面倒くさそうな表情を浮かべる。
「……誰がだよ、香織。お前の何処に可愛い要素があんだよ?」
「えー! 聞いて無いの? 今、そこのイケ――イケメンさんが言ってくれたじゃん! やっぱり私、美少女中学生なんだって! どう? 私と禁断の愛に落ちて見ないかーい?」
「……アホな事言うな」
ぺしっと美少女の額に軽くチョップを入れる藤田。両手で額を押さえて『いったーい!』なんて言う美少女にため息を吐く藤田の姿を見ながら。
「――随分と仲が良さそうね? どういったご関係かしら?」
……桐生さんの後ろに二人目の夜叉が見えました。はい、無茶苦茶怖いですって、それ。
「……どんな関係って」
「私たちの関係ですか? そりゃもう、海よりも深く、山よりも高い関係性ですよ! 生まれた時からずっと一緒ですし!」
「……へぇ」
あ、圧が。圧が凄いです。
「……浩之。なんで桐生はこんなに怒ってるんだよ?」
圧に押されながら、それでもそんな事を口にする藤田。なんでって……いやな?
「……お前さ? 有森と桐生は友達な訳じゃん? んで、お前は有森の彼氏だろ? だったらお前、友達の彼氏の浮気現場見たら怒るに決まってるじゃん」
「……は?」
「はってなんだよ、はって」
「いや……浮気?」
「……海よりも深くて山よりも高い関係なんだろう? 生まれた時からずっと一緒って」
俺のジト目に少しだけ怯んだ姿を見せる――事もなく、藤田は大きくため息を吐く。
「……香織」
「名前呼びですって!?」
「……ちょっと黙っててくれ、桐生。話進まないから。おい、香織。自己紹介しろ。こいつら俺のツレだから」
「……もうちょっと誤解させた方が面白そうだよ?」
「ダメだ。俺が死ぬ」
「社会的に?」
「物理的に」
「んー……それはちょっとイヤかも。んじゃ仕方ないから自己紹介しようか」
そう言って藤田の腕からぴょんと離れると、俺らに正対して頭を下げる美少女。
「――申し遅れました。いつも愚兄がお世話になっておりまーす。私、藤田香織と申します! 以後、宜しくお願いしますね、先輩方!」
……はい?
◆◇◆
「……お前らさ? 俺が本当に浮気するような軽い奴に見えてんの? 流石にひどく無いか、おい?」
駅前のワクドの四人掛けのテーブルに座り、こちらにジト目を向けて来る藤田。俺と桐生? ちっこくなってるよ。
「そ、それは……」
「そ、その……」
「まあまあお兄ちゃん! 仕方ないよ~。私とお兄ちゃん、あんまり似てないし~。いいじゃんいいじゃん。お詫びでワクドも奢って貰ったし、許してあげなよ?」
「……ったく」
「……いや、マジですまん。早とちりだった」
「その……本当に申し訳ないわ。私の勘違いだったわ」
「……はあ。もう良いよ。まあ、昔の俺見てたらそんな感想も出て来るかも知れんが」
そう言ってもう一度ため息を吐く藤田。なんだか申し訳なさと可哀想さが同居した感情に俺は黙ってポテトを献上する。
「……お納めください」
「……香織」
「いいんですか? ありがとーございまーす!」
そう言って嬉しそうにポテトを頬張る藤田妹。リスの様にほっぺを膨らますその姿はなんだか可愛らしい。
「……つうかお前、妹居たのか。知らなかったぞ?」
「まあ、さして話す事でもないしな」
「いや……まあ、そう言われりゃそうだけど」
高校からの付き合いだし、『俺、妹居るんだ~』みたいな会話されても『お、おう』としか返答も出来んし。
「……んで? 今日は何してたんだよ?」
「デートですよ!」
俺の言葉に返答したのは藤田ではなく、藤田妹。
「デートじゃねえよ。買い物だ、買い物」
「えー! 腕組んで歩いたじゃん! デートだよ、あれは立派な!」
「暑苦しいって言ったのに勝手にくっ付いて来たのはお前だろうが」
「こーんな美少女が抱き着いて来たのに酷くない!? 欲情とかしても良いんだよ?」
「妹に欲情するか」
そう言ってもう一度チョップを入れると、『俺、トイレ行って来る』と言って藤田が席を立つ。叩かれた額を押さえている藤田妹に、桐生が声を掛けた。
「その……ふ、藤田さん?」
「香織で良いですよ~。お兄ちゃんとこんがらがるでしょうし。ええっと……」
「ああ、ごめんなさい。私は桐生彩音よ」
「彩音さん、ですね。よろしくお願いします。ああ、ごめんなさい。彩音さんって呼んでも良いですか?」
「か、構わないわ。藤田君の妹さんなら、これからお逢いする事もあるでしょうし……仲良くしてね?」
「こちらこそです! こーんな美人な先輩が出来るなんて私、嬉しいです!」
「……あう」
わーい、と手を上げて喜びを露わにして、ペコリと頭を下げる藤田妹。なんつうか……
「……如才ないな」
「そうですかね? まあ、あのお兄ちゃんの妹ですし……愛想は良い方だと思いますよ、浩之先輩」
「……俺の事は知っているのか?」
「お兄ちゃんの親友でしょう? よーく知ってますよ! 家でもちょこちょこ会話に出てきますし。『すげー良いヤツ』って言ってます」
「……アイツほどじゃねーけど」
本当に。そんな俺の言葉に、藤田妹は苦笑を浮かべて見せる。
「あー……やっぱり浩之先輩もそう思います? と、この聞き方は失礼ですね、すみません」
「いや、別に失礼じゃないだろ?」
「そうです? 『貴方はウチの兄程、良いヤツじゃない』って意味に聞こえませんでした?」
「……マジで如才ないな、お前」
普通、中学生が此処まで気を使えるもんなの?
「誉め言葉と受け取っておきます。でも、丁度良かったと言えば丁度良かったです! 私、浩之先輩……というか、お兄ちゃんのお友達に聞きたい事があったんですよ!」
そう言ってにこやかに笑って。
「――『有森雫』って、どんな人なんですか?」
……おい。顔は笑顔だけど、目が笑ってないんですが。