えくすとら! その十六 嫉妬と夜叉と
「……一杯歌ったね、東九条君」
「だな」
楽しそうに笑う桐生に俺も笑みを返す。今日は金曜日、校門前で待ち合わせをしてその……あれだ。前から言っていた『制服デート』というヤツに繰り出してみた次第である。行先はカラオケ、『演歌ばっかりじゃアレだから』という桐生に付き合う形で二人で最近の流行の曲を歌い倒した次第である。
「……それにしても貴方、結構いい声よね?」
「お前に言われると嫌味にしか聞こえんが」
「そ、そんな事無いわよ! その……歌ってる貴方、格好良かったし……す、好きだな~って思ったもん」
「……そうかい」
止めて、桐生さん。まだ街中だし、そんな恥ずかしい事を言うのは。いや、嬉しいんだけどね?
「……にしても良かったのか?」
「なにが?」
「いや……最初は隠そうって話じゃ無かったか? 俺らが付き合ってるのって」
そう。最初はあんまり大っぴらに言うのは止めようという話になっていた筈だが。
「……前、ちょっと言ったの覚えてる?」
「前?」
「貴方の人気が鰻登りって話」
……ああ。
「……その話、まだ有効なの?」
「最近は沈静化して来たけど……でもね? 逆にちょっと『本気』っぽい子だけが残って来たのよ」
「……さよけ」
「だから……こう、そのね? 貴方にとってはあんまりいい気分はしないかもけど……と、盗られる前にこう、『私のだ!』って宣言しておこうかなって」
「……」
「後は……その、よ、予防?」
「予防?」
何それ? 俺の言葉に、桐生が少しだけ悩んだ素振りを見せてそれでも諦めた様に口を開いた。
「その……怒らずに聞いてくれる?」
「内容にも寄るが……なんだ?」
「そ、そのね? さ、最近……話しかけられるのよ」
「……誰に?」
「…………クラスの男子」
「…………ほう」
「ひぅ! こ、怖い顔しないで!」
……いや、怖い顔してたか、俺?
「……すまん。怖い顔してたか、俺?」
「うん。なんだか凄く怒った顔してた」
「……」
その……まあ、なんだ? 正直、面白い話ではない。
「せ、正確にはクラスの女子にも話しかけてくれる子は居るのよ? さ、最近、私、智美さんとか涼子さんと一緒に居る機会、多いでしょう? だから……」
「……なるほどな」
理由を聞けばわからんでは無い。最近の桐生は智美とか涼子と学校内でも一緒に居る事が多い。そん時の桐生はなんていうか……穏やか? 穏やかな顔で笑っている事も多いしな。今までが悪役令嬢だった分、振り幅が半端ないか。
「……んで?」
「その……最近、男子に聞かれるのよ。『東九条と付き合ってるのか?』って」
「……」
「……だから、『ええ。お付き合いをしているわ』って言うんだけど……そのね? こう……ちょっとしつこいと言うか」
「……そいつの名前、今すぐ教えろ」
〆て来るから。そう思い、腕まくりした俺を慌てて桐生が止める。
「だ、大丈夫! ちゃんと言ったから! 貴方には一ミリも興味ありませんって! 天地がひっくり返っても貴方とお付き合いするつもりはありませんって!」
「……」
いや……桐生さん? それは流石にどうかと思うが。バッサリじゃねーか。
「……悪役令嬢に逆戻りするぞ?」
「……良いわよ別に。そもそも、その男子も酷いのよ? 『東九条の何処が良いんだよ? 俺の方が良い男じゃねーか』って」
「……お、おう」
なんだ、そいつ。自信満々過ぎねーか? ああ、いや、別に俺がそんなに優れているってワケじゃないのは重々承知してるけど……普通、そこまで言う?
「……何よ、『お、おう』って」
「……へ?」
少しだけ呆気にとられた俺に、桐生が不満そうな顔をこちらに向けて来る。な、なに?
「……前も言ったかも知れないけど、貴方、自己評価が低いフシがあるわよ? 貴方は優れた人なんだから、もっと自信を持ちなさい」
「優れた人って……」
そうか?
「そうよ! 私にとっては最高のパートナーなんだから! ああ、思い出したら腹が立って来たわ! なによ、あの男子! 何が『東九条なんて大したこと無い』よ! 私がちょーっと丸くなって来てから声かけて来るような軟弱な男に靡くとでも思ってんの!? 貴方なんかより東九条君の方が千倍も一万倍も良いわよ!」
「お、落ち着けよ。な?」
此処、往来だから。そう思い、桐生の手をぎゅっと握って見せる。そんな俺の仕草に少しだけ落ち着いたのか、肩でふーふー息をしながらちらりとこちらに視線を送る桐生。
「……その……ご、ごめん。ちょっと熱くなったわ」
「……ちょっと?」
「……だいぶ。でもね? 本当に腹が立ったのよ。私の……そ、その、大事な人を馬鹿にされて、笑って許してあげられるほど温厚じゃないもの。そこで我慢するくらいなら悪役令嬢の汚名を被った方が百倍マシよ」
「……まあ……さんきゅーな」
「……お礼を言われる事じゃないけど……でもまあ、うん」
深呼吸を、一つ。
「……私は本当に貴方に感謝してるの。少し丸くなったけど……それも、全部貴方のお陰だと思ってる。きっと貴方はそんな事はないって言うと思うけど……でもね? 私に人付き合いの『いろは』を教えてくれたのは貴方なの。だから……私にとって、貴方は本当に掛け替えのない、大事な人なの」
そう言ってにっこり微笑む桐生。その姿に――ちょっとだけ、悪戯心が芽生える。
「大事な人だけ? 恩人ってこと?」
「……ばか」
頬を赤く染めて。
「――大好きな人に決まってるでしょ? あなた以外、考えられないもん」
じとっと睨む桐生さん、マジ可愛い。
「……貴方はどうなのよ? さっき、言ってたでしょ? 〆て来るって。なに? 嫉妬?」
……あー……
「……重い男かも知れんが……そうだな。さっきのは間違いなく嫉妬だよ」
「……そう。踊っても良い?」
「……嬉しい事、あった?」
「貴方が嫉妬してくれてるんだもの。それは、手放したくない程に、盗られたくない程に大事って事でしょ? 嬉しいに決まってるじゃない」
「……そりゃ良かった」
「……私も、その、ね? ちょっと思うのよ。さっきはああ言ったけど……皆の評価が『東九条は大したことない』ってなってくれたら……嫌なのよ? 嫌だけど……ちょっと、嬉しいの」
「……嫉妬しないから?」
「……そうよ。もう正直に言うとね? クラスで貴方の話題が出て、貴方が褒められる度に嬉しさとイライラが同時に来てたのよ。貴方の良さは私だけが知っていれば良いのに!! って……そう思ってるのよね」
そう言って桐生はチラリとこちらに視線を向けて。
「……お、重い……かな?」
重いかって……そうだな。
「俺も一緒に踊ろうか?」
「……嬉しいって事だよね?」
「そりゃまあ……そこまで思って貰ったら男冥利に尽きると言うか……純粋に嬉しいな、うん」
「そっか。それなら良かったわ」
そう言って嬉しそうに微笑む桐生。その笑顔に俺も笑顔を返して――って、あれ? 桐生さん? なんでそんな眉根に皺、寄せてんの?
「……ねえ」
「……ん?」
「あれって……」
そう言って震える指で差した先に。
「…………おうふ」
振り返った先に見えたのは、女子中学生に腕を組まれて鼻の下を伸ばしている藤田の姿だった。
「……東九条君」
「……はい、屋上ですか?」
「まさか。そんなまどろっこしい事しないわよ。ふふふ……浮気者には正義の鉄槌が要るわよね? 行くわよ!」
……桐生の背中に夜叉が見えたのはきっと、錯覚じゃないと思います。