えくすとら! その十二 気持ち悪い彼氏たち
――絶対に負けられない戦い、というのがある。
古くはサッカー日本代表の為に使われていた言葉らしいが、今では何処でもかしこでもこの言葉が使われている……まあ、有名な言葉だ。
そして、今、俺もこの言葉の中に生きている。そう、この勝負は絶対に負けられない戦いで――
「――いえーい! 俺の勝ち~! ワクドは浩之の奢りね~」
「……クソが!」
――はい、藤田と二人でゲームセンターに来ています。最近、なんだかんだと桐生と付き合ってあちらこちらに行っていたせいで、藤田と遊びに来ていない。『彼女が出来たら親友なんかポイかよ! たまには付き合えよな~』という藤田の言葉で……っていうか、藤田? お前も彼女持ちだと思うんですが、それは?
「……はぁ。まあ、仕方ねーか。それじゃワクド、行くか? つうかお前、前より上手くなってねーか?」
俺らがやっていたのは某有名レーシングゲームだ。格ゲーでは藤田が強すぎるし、丁度良いレベルで出来るのがこのレーシングゲームという事で結構二人でやっていたのだが……本当、こないだまで良い勝負が出来ていたのに今日は惨敗だったしな。
「ほれ、俺は結構暇だしな? 有森は部活もあるし、バイトだって毎日予定入れてる訳じゃねーし。お前らみたいにいっつも一緒にいる訳じゃねーから、結構時間の余裕はあるってワケ」
「……なるほどな」
納得。そりゃ、上手くもなるわな。
「くわえて、デートでゲーセンとかも良く来るしな~。あいつ、結構ゲーム好きだから楽しいぞ?」
「有森がゲーム?」
「落ち物ゲーとか結構上手い。まあ、流石に格ゲーでは負けないかな?」
「レースゲームは?」
「最初は下手くそだったけど、最近上手くなって来た。最初なんてアイツ、ずっと逆走してて『わ、わ、わあ! せ、先輩!? どうなってるんですか、これ!?』なんてワタワタしていた」
「そうか」
「……ぶっちゃけ、涙目になる有森、滅茶苦茶可愛かった」
「……そうか」
惚気乙。じとーっとした目を向ける俺に、藤田は頭を掻いてペロッと舌を出す。
「……ま、それはそれとして。お前の所はどうなんだよ? 上手い事行ってるのか?」
「まあ……お陰様で、良好な関係を築いている」
と、思う。少なくとも喧嘩もしてないし、休みの日はどっか行ったりしてるんで……まあ、普通に仲良く過ごしてるよ。
「ふーん。毎日一緒ってどうなんだ? 飽きたりしないのか?」
「あー……そうだな。それに関しては本当に、全くだ。つうか、お前、飽きたの? 有森に?」
「馬鹿な事を言うな。言うなだが……ほれ、よく聞くだろ? 結婚するまではラブラブカップルでも一緒に暮らしだしたら一気に冷めるって」
「……言うな」
言うが……でもまあ、それは愛情の深さとかそういう問題じゃ無いかと俺は思う。
「まあ、少なくとも俺は飽きないな。正直、桐生の事をあんまり知らないってのもあるが……最近、色んな一面見せてくれるから、飽きる事はない」
「話す事は?」
「あー……まあ、正直話す事は無い時もあるけどさ? そん時は二人でテレビ見たり、本見たりしてるから」
……実はこういう時間は結構ある。『倦怠期?』とか思われそうだが……その、なんだ? この時の桐生が滅茶苦茶可愛かったりするんだよ。本を背中合わせで読んでたら急に『浩之?』って言いだして、振り向いたらぎゅって目を瞑って顎上げてやがんの。ヤバくない?
「……思い出しニヤニヤ、辞めて貰って良いですかぁ~? 浩之さん、気持ちわるいでーす」
「き、気持ち悪いって言うなよ! ま、まあ、そんな時間もあるけど、それでも別に構わんというか」
「二人きりの時なら、言葉は要らない、って感じか?」
「……まあ、それに近いかな? ちなみにお前らは? なんか有森に対する不満とかあんの?」
まあ、無いだろうけどな。そう思う俺の意思に反するかの様、藤田が渋い顔をして見せる。なんだよ?
「……あんの?」
「不満って云うか……有森、結構お喋りだからな。毎日、毎日『こんな事がありましたー!』とか『聞いて下さいよー!』とか……マシンガンの様に喋って来る。まあ、嬉しそうに話すから聞いてて楽しいんだが……ちょっとだけ、小喧しい時はあるな」
「……なんでちょっとニヤニヤ笑ってるんだよ?」
「……ニヤニヤしてた、俺?」
「気持ち悪い顔、してたぞ?」
「……さっきのお前と一緒だな、それじゃ。鏡でも用意するか?」
「いらねえよ。んで? なんでニヤニヤしてたんだよ?」
「あー……いやな? 有森のお喋りがあんまりにも長いとな? その……まあ、良いんだけどさ? こう、なんだ? ちょっと口を封じたい事もある訳じゃん? だから、まあ、そのー……」
「長い。簡潔に」
俺の言葉に藤田は一瞬、真面目な顔をして。
「……物理的に口を塞ぐ」
「……」
「……」
「……有森、それ期待して喋り続けてんじゃねーの?」
「……もしそうだったら物凄く可愛くね? ウチの彼女」
……まあな、否定はせん。構って欲しい犬みたいな感じはするが。
「……ホレるなよ?」
「馬鹿言うな。なんでお前の彼女に横恋慕しなくちゃいけないんだよ。俺には最高の彼女がいるの」
「は? 何言ってんの? 俺の彼女の方が最高なんですけど? 背が高いの気にして『ヒールとか履けないんです』って落ち込む姿とかクッソ可愛いんですけど?」
「は? お前こそなに言ってんの? 俺の彼女の方が最高に決まってんだろうが。悪役令嬢だぞ、悪役令嬢。悪役令嬢の癖に『ひ、浩之? ぎゅ!』とかクッソ可愛いだろうが。最高じゃね?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……なあ? 俺ら、なんの話してたっけ?」
「……っていうか普通に気持ち悪いな、俺ら」
そう言って藤田と笑いあい、肩を落とす。
「……まあ、良いじゃねーか、浩之。お互いに最高の彼女って事で」
「だな。それじゃまあ、ワクドにでも――」
と、藤田の携帯が鳴る。画面を見つめて首を傾げた後、藤田は『わりぃ』と断り電話に出た。
「はい……ええ……はい? 今ですか? 浩之と一緒ですが……丁度いい? え? いや、俺ら今ゲーセンで……この後ワクドに……は? 臨時ボーナス?」
藤田がなんだか困惑した様な表情を浮かべたまま電話を切ると、そのまま俺に視線を向けた。どうした?
「あー……お前、この後時間ある?」
「は? 一緒にワクド行くって話だろ?」
「……だよな~。時間、あるよな~」
「……どうしたよ、急に」
「いや……今の電話、結衣さんからだったんだけど……『東九条君と一緒にエリタージュに来い。臨時ボーナスをやろう』って……」
「……臨時ボーナス?」
いや、なんで? 藤田はまあ分からんでも無いが、俺なんて一日しか働いていないのにボーナスとか出んの?
「……まあ、断る事も出来るっちゃ出来るけど……どうする? 棒付きの茄子出すようなしょうもない悪戯する人じゃないし……なにかしら貰えるんだとは思うが……」
「……断る選択肢あんの?」
「後で俺が怒られるぐらいで許して貰えると思う」
「……」
……それはちょっと可哀想だろう。そう思って俺はため息一つ。
「いいさ。なんか貰えるんだったらまあ、行っても良いだろ。どうせ、この後ワクドに行くだけだったし」
悪いな、と頭を下げる藤田に良いさと声を掛けて――
――後、思い知る。これからが俺たちの『絶対に負けられない戦い』であった事を。
……何と戦ってるかって? 煩悩とだよ! 理性、仕事しろ!!