えくすとら! その十一 エリタージュからの呼び出し
昨日、ネット小説大賞の一次選考結果が発表されました。無事に一次選考通過しました。わーい。
ネット小説大賞は低ポイントでもチャンスある! という書かれ方をしていますが……まあ、そうはいってもポイント多い方が通りやすいのは世の道理でありまして……何が言いたいかと申しますと、皆様のお陰です!あーざっす!! 自粛要請続いていますし、今日はまったり『なろう』を読もう!
ある日の放課後、私は雫さんに誘われる形で電車に乗っていた。目的地は学校から二駅、藤田君と……一応、東九条君のバイト先である喫茶店『エリタージュ』だ。
「今日は藤田君、バイトの日なの?」
「いえ、今日はお休みの筈です。東九条先輩とゲームセンターに行くって言ってましたよ?」
「東九条君と?」
「ええ。『可愛い彼女置いて行くんですか!』って言ったら『……絶対に負けられない戦いがあるんだ』って言ってました」
なにそれ?
「……馬鹿なの、藤田君?」
「……否定しづらいですね。でもまあ、そんな所もちょっと可愛いというか……」
「ベタ惚れじゃない、貴方」
「それは彩音先輩もでしょ?」
「……まあ」
否定はしないが。
「……それで? 私たちはなんでエリタージュに向かっているの?」
「いや……私もよく分からないんですけど、結衣さんが『暇な日に彩音ちゃんも連れて遊びに来てくれないか?』って言ってたんですよ。それでまあ、今日私部活も休みですし」
「誘ったら私が来た、と」
「そう言う事です。ご迷惑でした?」
「特に用事があった訳では無いし、それは別に良いのだけれど……」
北川さん、なんの用事かしら?
「……分かりません。来たら分かる、とだけ言っていましたけど……」
首を捻る雫さんに、私も同様に首を捻って見せる。まあ、此処で考えても仕方ない。丁度そう思った時に電車は最寄り駅に着いたので私と雫さんは揃って電車から降りてエリタージュに向けて歩き出す。
「……『クローズ』ってなってるけど?」
「……おかしいですね。電話した時は『学校終わったら来てくれ』って言ってたんですけど」
電車内と同じように揃って首を捻る私達。ドアに手を掛けて――って、え?
「……開いてるわ?」
「……ホントですね? 入ってみます?」
雫さんの言葉に小さく頷き、ドアを押し開ける。薄暗い店内は人の気配がしておらず、ある種の静謐さえ感じられるその空間に、足を踏み入れるのが少しだけ躊躇われた。
「……こんにちは~」
そうは言っても此処でぼーっと無為に時間を過ごすのはアレなので、私は気を持ち直して声を張る。と、その声に反応したのか、営業場と事務所を仕切る扉が開いて、北川さんが顔を覗かせた。
「ん、来たか。ご足労願って悪いな? ちょっとこちらに来てくれるか?」
扉の影からちょいちょいと手招きするする北川さんに私と雫さんは店内を通り抜けて事務所の扉の前へ歩いて押し開く。室内は『雑多』と評すのが尤も適当で……まあ、有体に言えば汚かった。
「……」
「……」
「すまんな、獺祭で。だが、言い訳をさせて貰えれば普段はもう少し綺麗だぞ? 今はたまたま締め切りが重なってな? こんな有様になっているが……」
言われて良く見ればあちらこちらにペンが置かれているし、インクの染みも見て取れる。スクリーントーン? と言うのだろうか、何かの切れはしも落ちていた。
「……片付けに呼んだのでしょうか?」
「呼びつけて置いてそこまで出来る程、私も厚顔無恥ではない。そうではなくて、少しお話をしたくてな」
「話?」
「そうだ。喫茶店なのにコーヒーも出さないのもなんだろう。少し待って……ああ、そうだな。店内に行こうか。そちらの方がまだ綺麗だし」
そう言って入って来た扉を逆回しに出て、私たちはカウンター席に腰を降ろす。カウンターの向こう側で北川さんがコーヒーを三つ淹れて私と雫さんの前に差し出すと、自身はもう一つのカップを持ってカウンターの向こう側の椅子に腰を降ろした。
「インスタントで申し訳ないが」
「いいえ。ありがとうございます、北川さん」
「結衣で良い」
「……結衣さん」
少しだけ照れ臭い。そんな私に結衣さんは綺麗に微笑んでコーヒーを嚥下する。
「可愛らしい反応をするな、彩音ちゃんは」
「……揶揄わないで貰えませんか?」
「すまんすまん。それでは早速本題に入ろうか。なに、そんなに重大な話ではない。気楽に聞いてくれれば良い」
「……はい」
なんとなく、身構えてしまう。そんな私に苦笑を浮かべ、結衣さんはカウンターの向こうで手をひらひらと振って見せた。
「本当に、そんなに重大な話ではないさ。なに、君たちの『恋人』の仕事振りの事だ」
「……藤田君と東九条君の仕事振り……ですか?」
「ああ。と言っても東九条君は一日だが……まあ、藤田の方だ」
「……先輩が粗相、しました?」
不安そうな雫さんの視線に、結衣さんは黙って首を横に振る。
「まさか。正直、あれほど働いてくれるとは思っていなかった。厨房でいつも美味しい料理を作ってくれるし、フロアでも頑張ってくれる」
「……ありがとうございます」
「まあ、雫ちゃん的にはフロアでは頑張って貰いたくないだろうがな?」
揶揄う様な結衣さんの言葉に、雫さんがふいっとそっぽを向いて……あ、でも小さく頷いた。
「ははは。素直で宜しい。だが、心配するな。藤田には本当に忙しい時だけだし、客にも言ってある。コイツは彼女がいるからちょっかいを掛けても無駄だとな」
「……ありがとうございます」
「私も雫ちゃんに恨まれたくないしな。だが……雫ちゃんだって客として来たときは藤田が付いてくれた方が良いだろう?」
「それは……まあ、はい」
「彩音ちゃんはどうだ? 衣装、持って帰っただろう? 聞けば同棲しているらしいじゃないか。使ったか?」
……そう。実はあの執事の衣装、貸与されていたりする。名目上、『バイトが自分で衣装を持って帰ってケアする為』らしいが……一日しか働いていない東九条君が貸与されているのは。
「……その……はい」
「物欲しそうな目で見ていたしな、彩音ちゃん」
ううう! は、恥ずかしい……確かに、あの執事衣装の東九条君は素敵だったし、出来れば家の中でもと思っていたのだが……それを見透かされて結衣さんに無理矢理押し付けられた格好になったのである。いや、私的には得しかしてないんだけどね?
「……で?」
「……で、とは?」
「鈍いのか、呆けているのか……家で執事姿の東九条君に接待して貰ったんだろう? どうだった?」
どうだった? どうだったって……
「…………えへへ……」
「彩音先輩! 涎! 涎出ていますって! なんですか、その幸せそうな顔……蕩けきってるじゃないですか……」
雫さんの言葉に慌てて口元を拭う。だ、だって! 仕方ないじゃない! 本当にお姫様扱いしてくれたのも、壁ドンして貰ったのも、凄かったんだから! もう、きゅんきゅんし過ぎて心臓止まるかと思ったんだから!
「はははっ! どうやら気に入ってくれた様で何よりだ。それに、雫ちゃん? 君も人の事は言えないぞ? 藤田に接待して貰ってる時は正にそんな顔じゃないか」
「そ、それは……まあ、はい」
そっぽを向く雫さんをおかしそうに笑った後、不意に結衣さんが真面目な表情を浮かべて私達を見る。な、なに?
「だがな? 流石にちょっと不公平かな? と思うんだよ」
「不公平……ですか?」
「ああ。だって、そうだろう? 君たちは藤田や東九条君に接待をされて幸せな気分になっていると言うのに、なんのお返しもしていないじゃないか」
「……」
「……」
そう言われると……まあ、確かに。何もお返しは出来ていないけど……
「藤田はバイトで良くやってくれているしな。東九条君は一日だけだったが、それでも我がエリタージュのスタッフである事には変わりない。そんな可愛いバイト諸君が不当な労働に従事しているのは経営者としてどうかと思うんだ」
「ふ、不当な労働って! そ、そんなつもりは……」
「ああ、すまん。つい、言葉が堅苦しくなったな。別に君たちを詰るつもりは無いんだ。ただ……そうだな。藤田と東九条君に『ボーナス』を出そうかと思ってな」
「ボーナス……」
「ですか……?」
頭に疑問符を浮かべる私と雫さん。そんな私達にニヤリとした笑みを浮かべて、一度事務所に戻った結衣さん。待つことしばし、事務所の扉を開けた結衣さんの手に持たれていたそれは。
「――どうだ? 愛しの彼氏の為に、今度は君たちが『ご奉仕』するのは?」
……まがう事無き、メイド服だった。