番外編 東九条シスターズ
※注意!
これは『有り得たかも知れない』IFストーリーです。本編とはテイスト違うので不快な思いをされるかも知れませんので、ちょっと読んで『合わないな』という方はブラウザバックして下さい。アレです。浩之君が全員に手を出されたらどうなっていたか、という話です。
「……ふわ」
窓から忍び込んだ光が私の瞼を煌々と照らし、私は目を開ける。寝ぼけ眼を擦りながら、それでもゆっくりと体を起こすと鼻孔を擽るお味噌汁の良い匂いに私の脳はゆっくりと覚醒をし始めた。
「……起きるか」
折角の土曜日、もうちょっとゆっくり寝ていたいけど……お腹の虫はくぅくぅと主張をし始めている。これ以上寝ているとストライキを起こしそうなその虫を宥めるため、ゆっくりと自室のドアを開ける。と、同時に隣の部屋も開いて、眠たそうな目をした少女の姿が目に入った。
「……起きたの?」
「ん……おはよ、彩香。今日は和食?」
「お味噌汁の匂いがするし……たぶん、そうでしょ? 涼香が作ってるんじゃない?」
「明香の可能性は?」
「あの子、向かいの部屋でしょ? 瑞香がするとは思えないし……ま、良いじゃない、誰でも」
私の言葉に『ま、食べれればなんでもいっか』と大欠伸をかます智香。おい、智香。アンタ、花の女子高生がどんな顔してんのよ。
「……さて、それじゃ行きましょうか。一人でさせていると涼香にも悪いし」
「りょーかい。お皿くらいは出そうかね~」
そう言ってお腹をポリポリ掻きながら歩き出す姿にため息を吐きながら……少しだけ、そんな『妹』に呆れながら私はその後を追った。
◆◇◆
私の名前は桐生彩香。高校二年生だ。そして、私には妹が四人いる。
鈴木智香
賀茂涼香
東九条明香
川北瑞香
全員、名字が違うが別に義理の姉妹でも無ければ、某お嬢様学校の擬似的姉妹関係でも無い。れっきとした血の繋がった姉妹である。まあ……種と畑の関係で言えば、畑が違う、いわゆる異母姉妹というヤツではあるが。
……うん、わかる。この関係性を見れば『お前の親父、どんだけクズだよ!』って思うのは。しかも、一つ下の瑞香を除いた四人は同い年なのだ。流石にこれを聞けばクズ親父と思われても仕方がないが……だが、弁明させて欲しい。智香の実の母である智美ママと明香の実の母である明美ママ曰く、『ヒロをべろんべろんに酔わして無理矢理襲った』という衝撃的な事実がある事から、一概にウチの父だけが悪いとは言えなかったりする。むしろ、肉食獣に喰われた哀れな子羊ですらある。文字通り。
「あ、智香ちゃんと彩香ちゃん。おはよう~」
「おはよ、涼香。悪いわね、朝御飯作って貰って」
「全然良いよ~。お料理、好きだし~」
「おー! さっすが涼香! 料理、美味しそう~」
リビングのテーブルに並べられた食事の数々に感嘆の声を上げる智香。お皿を出そうかと思ったが、既に遅かったか。
「……料理、多くない?」
「今日は土曜日だしね~。折角だから明香ちゃんと瑞香ちゃんも呼ぼうかと思って。彩香ちゃん、お願いできる?」
「おっけー」
涼香の言葉に頷き、私はキッチンを出て玄関へ向かう。この家は私の実の母である桐生彩音が高校時代に住んでいた部屋でそこそこ広いが、流石に年頃の娘が五人で暮らすには少し狭い。なので、同じく明香の母親が昔住んでいたマンションの隣の部屋に明香と瑞香は住んでいるのだ。その隣の部屋の呼び鈴を鳴らすと、中から返事が聞こえてきて扉が開く。
「はーい。あ! 彩香ちゃん」
「おはよ、瑞香。明香は?」
「今日はお父さんとデート! って張り切って用意してる。どうしたの?」
「……またあの子は。お父さん、好き過ぎでしょ」
「そりゃーね。明美ママの娘だから、情が深いんだよ」
「……まあ、それもそうか。それより、朝御飯食べたの?」
「まだだよ。明香ちゃんもまだだと思う」
「それじゃ、こっちにおいでよ? 涼香が全員分作ってるから」
「涼香ちゃんの料理!! 行く行く~。明香ちゃーん! 涼香ちゃんが朝御飯作ってくれたって!! いく~?」
部屋の奥に響くような大きな声。その声に、バッチリお化粧をした明香が眉を顰めて顔を出した。
「……瑞香さん? はしたないですよ、そんな大きな声を出しては。東九条の娘として、その様な声を出さないで下さい」
「私、川北の娘だけど?」
「なにを仰っているのですか。貴方もあの偉大なる父、東九条浩之の血を引く娘でしょう? 東九条の娘です!」
「えー……」
「そもそもですね? 瑞香さんは少し自覚が足りていません。もう少し――」
「明香、その話、長くなる?」
「――なんですか、彩香さん」
「いや……ご飯が冷めるから、後にしない?」
「……分かりました」
『後でお説教ですから!』という明香に肩を竦める瑞香。そんな二人に私はため息を吐いた。
◆◇◆
家族……という括りを何処で捉えるのか、我が家の場合は説明が難しいだろう。実の父と実の母は間違いなく家族だし、腹違いの妹たちだって立派な家族である。じゃあ、その親は……というと、これも実の母と同様、母と同列に扱うように徹底して教育されている。これは私だけでなく、娘たちは同様にだ。涼香の母親である涼子さんの事は『涼子ママ』だし、智香のお母さんである智美さんの事は『智美ママ』という風に。だから、私たちはそれぞれ実の母親とは別に四人の母親がいる計算になる。大まかに言って、此処までが我が家の『家族』の範疇だ。
普通の一般家庭なら世間の目とか金銭的な事で早々に崩壊しそうなものだが、それが起こっていないのは偏に『桐生家』のお家の事情である。今や世界三十か国に支社を持つ一大企業集団である『桐生グループ』には、ヤラシイ話、お金がある。加えて明美ママの実家は旧華族で名もあり、涼子ママのお母さんは世界的に有名なデザイナーで、涼子ママ自身もティーン人気の高いデザイナーだ。智美ママは大学バスケで活躍して『美しすぎる女子バスケ選手』としてアイドル並みの人気を得たし、瑞穂ママに至っては『国民の妹』と呼ばれた本物の元アイドルだったりする。
……なので逆に、一体どう呼べばいいか、皆が悩むのだ。『桐生家』というと他の姉妹は入らないし、『賀茂家』と言えばやっぱり涼子ママと涼香だけのイメージになる。そんな事から学校での私たちのあだ名は父の旧姓である『東九条』をとり、『東九条シスターズ』なんて呼ばれてたりする。
「どうですか、涼香さん? 今日の服装は? 涼子お母様の新作なのですが……似合うでしょうか?」
「うん、可愛いよ、明香ちゃん! でも、ちょっと胸元が寂しいから……ネックレスとかどうかな? 明香ちゃんの今日のお化粧だと、シンプルなものが似合うと思うよ?」
「シンプルなネックレスですね? 分かりました! 流石、東九条シスターズのファッションリーダー! 頼りにしてますわ」
「照れるな~。でも頑張ってね、明香ちゃん?」
「分かりました! 今日こそお父様を篭絡して、大人の階段を昇って見せますわ!」
「……おい、ポンコツ。これ以上、家庭環境を複雑にしないでくれない? 唯でさえ腹違いの姉妹がいるってのに……評判、今以上に落としたいの?」
「なにを言っているのですか、彩香さん! お父様は本当に素晴らしい人です。女性として惹かれてしまうのもしょうがないんじゃありませんか! それに、人の評判なんてどうでも良いです! そもそもお父様が魅力的で甲斐性があるから来た嫉妬でしかありませんわ! 中世なら普通です、普通!」
まあ、流石に世間様全員が全員、納得している訳ではない。私自身、小さい頃は我が家の複雑な家庭環境を揶揄われて涙した事もある。
「ま、その意見に関しては明香にさんせーい。別に他所の人になに言われても良いじゃん。私たちが気にしてないなら」
「そうだよね~。私も智香ちゃんに賛成。彩香ちゃん、気にしすぎだよ~、人の評判なんて~」
「……アンタらはもうちょっと危機感を持て。っていうか、まさかアンタら、明香とお父さんがそういう関係になっても良いの?」
「「……それはノーサンキョー」」
「でしょ? まあ、私も今でこそ気にしないけどさ? それでも特殊な家庭だし」
散々好奇な目に晒されて来たこともあるし、正直、もう慣れたというのもある。それに……
「……あら? 彩香さん? 顔が赤いですよ?」
「そ、そんな事無いわよ!」
「……? あ! 分かった! 今、幸助ちゃんの事考えてたでしょう?」
きょとんとした後、ニヤニヤした笑みを浮かべた涼香の言葉に私の顔の火照りが一層、強くなる。そんな私に、智香が涼香以上にニヤニヤした笑顔をこちらに向けて来た。
「そっか~。愛しのコウの事考えてたの~。そりゃ、真っ赤になるよね~? 彩香の王子様だもん~」
「ちょ、や、止めてよ! 別にそんなんじゃないから! 誰が王子様よ、誰が!」
「あれ~? じゃあ、私がコウを貰っても――ごめん、彩香。私が悪かったから、そんな泣きそうな顔しないでよ」
な、泣きそうじゃないもん! そ、そりゃ、散々揶揄われていた私を助けてくれて、『いいじゃん! 姉妹が多くて楽しそうだし、俺、お前らの事好きだぜ?』って泣きたくなるほど嬉しい事を言ってくれたけど! す、好きとか、そ、そんなんじゃ……
「……彩香はアレだよね? 彩音ママそっくりだよね? こう、素直になれない所とか」
「……しょうがないじゃん。実の親子なんだもん」
「ま、いいじゃん。コウも多分、満更でもなさそうだし。彩香が藤田彩香になるのは何時の日かな~?」
「三ツ星レストラン『エリタージュ』の若奥様か~。彩香ちゃん、お嫁に行ったらこっそりレシピ教えてね? 藤田パパ、レシピは教えてくれないんだもん」
「むしろ涼香さんがお嫁に行った方が良いのではないですか? エリタージュの発展の為にも。我が家でも会食で使わせて頂いておりますし、彩香さんではクオリティーが落ちるのでは? お父様も藤田家とのご縁は長く続けたいと仰ってましたし……別に彩香さんじゃなくても良いでしょう?」
「つ、作るのは私じゃないから大丈夫でしょう! っていうか、誰でも良いみたいな言い方しないでよ! 幸助に失礼でしょ!」
「……あらあら。盗られるのはイヤですか?」
「と、盗られるとかじゃなくて!」
「まあ、良いです。それでは涼香さん、御馳走様でした。私、お父様とのデートに行ってきます!」
「おー! 頑張ってね、明香ちゃん。健闘を祈ります」
「ま、骨ぐらいは拾って上げるよ~」
「今日も惨敗で残念会だね~。あ、涼香ちゃん、今日の晩はお鍋が良いな~」
「ちょっとは貴方達も応援してくれませんか!?」
そんなやりとりを繰り広げる姉妹ズを眺めていると、不意に携帯に着信が入る。なにげなくディスプレイを見つめて――そして、私の胸が一つ跳ねた。
「――も、もしもし! え? きょ、今日? ひ、暇だけど……え、映画? きゅ、急に何言ってるの! 都合だって……い、行かないとは言ってないでしょ! い、良いわよ。付き合って上げるわよ。あ、つ、付き合うって言うのは映画であって……え? 分かってる? ……そう。分かってるなら良いわよ。え? 別に不機嫌じゃないわよ!!」
ニヤニヤ見つめて来る姉妹たちの視線をしっしっと手で払い、私は耳に全神経を集中して、愛しい幼馴染の言葉に耳を傾けた。
実はこの設定で新作を書こうかと思ってました。