えくすとら! その八 私が貴方に贈るもの。
先週も書きましたが、不要不急の外出自粛しましょうぜ、旦那。俺、頑張って書くから、家でニマニマしながら見てくださいよ~。
「……さて」
あのびっくりバイトがあった週の土曜日。珍しく早起きした俺は、机の前に座って引き出しから一枚の封筒を取り出す。中に入っているのはバイト代だ。色を付けて貰った封筒の中に入った金額は一葉さん一人と英世さんが一人。実質二時間ほどの勤務、それも殆ど仕事をしていないのにも拘わらずこれだけの金額を貰えたのは『良いモノを見せて貰った。尊い。ネタにさせて貰う』という事らしい。何が琴線に触れたのか分からんし、こう、楽してお金を稼ぐとお金の有難味が分からなくなりそうで辞退したが……藤田が『貰っとけ』というし、北川さんも『一度出した金を引っ込める事は出来ん。もしアレなら、その金で恋人つれてウチにデートに来い』という事なので有り難く頂戴する事にした。この恩は何時か返そうと思う。ちなみにバイトの件に関しては……桐生の意見を尊重して退職……というのもアレだが、辞めさせて貰おうと思ったが結果は『保留』だ。もし、ピンチになったら手伝いに来る事で最終的に桐生が納得した。『……一日で辞めます、は流石にご迷惑だし……でも、私が一番じゃなきゃヤ、だよ?』という可愛らしいセリフが出た事を特筆しておこうと思います。
「……よし」
財布の中に封筒から出した二枚のお札を大事にしまい、ジーンズのポケットにねじ込む。そのまま部屋を出て、リビングでニュースを見ている桐生に声を掛ける。
「おーい、桐生」
「あら? どうしたの? 早いわね?」
「ん。ちょっと出掛けて来る」
「こんな時間から? 何処に行くの?」
「ちょっとデパートまで」
「何か買うものがあるの? 一緒に行きましょうか?」
「あー……いや、良いや。明美、来るかも知れないだろ?」
「……土曜日ですものね。きっと来るわよ、明美様」
「昼、どうする? なんか買って帰るか?」
「良いわ。たまには私が作るから。炒飯とかどう?」
「良いね。それじゃそれで。昼までには帰るから」
「分かったわ」
『いってらっしゃい』という桐生の声を背中で聞いて俺は一路駅前のデパートへ。俺らの住んでいる新津って街はこの辺でも高級住宅街に括りだし、デパートもちょっと高級志向のモノが置いてあったりする。此処に何しに来たかって?
「……さて。何を買うか」
そう。
前も話した通り、桐生との『付き合った記念』のプレゼントを買う為だ。このデパートならお嬢様な桐生にも似合うものがあるんじゃないかって寸法って訳だ。
「……と言っても六千円じゃ買えるものも知れてるけど」
一応、お年玉貯金として幾らかの金は口座にはあるものの……その、なんだ。やっぱり稼いだ金で何かを買ってあげたいって気持ちがあるんだよ。
「……」
正面入り口を潜って店内へ。このデパートの一階は化粧品売り場になっていて、化粧品の匂いがそこはかとなく漂って来る。臭い、という訳では無いが慣れない化粧品の香りに少しばかりクラクラしながら俺は二階に続くエスカレーターに足を乗せた。
「……服……は好みがあるし、サイズも分かんねーだろう? 靴も同様。となると……ぬいぐるみとか?」
流石に子供っぽいかな? なんてそんな事を思いながら二階に降り立ち、何か手軽なモノが無いかと思いながら店内を物色して回る。
「……んー……エプロン、とかでも良いのか」
最近、アイツ料理良くするようになったしな。エプロンなんて汚れるのが前提だし、何枚あっても良いっちゃ良いんじゃねえか? そう思い、俺はエプロン売り場に足を進めかけて。
「あれ? おーい! 彼氏くーん!」
不意に大声が後ろから聞こえて来た。周りの人が『なんだ、なんだ』という感じで振り返るので、俺もそちらの方に視線をやって……
「あれ? えっと……藤堂さん、でしたっけ?」
そこに居たのは図書館司書をしている藤堂香澄さんだった。つうことは『彼氏くん』って……俺の事?
「久しぶり、彼氏くん。最近、彩音ちゃんも図書館で見かけなくなったけど、元気してる?」
「……その前に『彼氏くん』って。俺は東九条浩之ですよ」
「……」
「……あれ? どうしました?」
「いや……『彼氏じゃないですよ!』って否定するのかと思ったから。今までずっと否定して無かった?」
「いや……まあ、そうなんですけど……」
……ま、いっか。桐生からも『付き合ってないって言って欲しくない』って言われてるし……最近、頻度は少なくなったけど桐生だってずっと図書館に行かないワケじゃ無いだろう。その時に『あれ? 付き合ってないって言ってたよ~』とか言われて約束破ったと言われてもかなわんしな。
「……その……先日から付き合う事になりまして」
「マジ!? 良かったじゃん!! おめでとう!!」
「いや……ありがとうございます」
「心配してた彩音ちゃんにも良い人が出来たか~。それじゃ、これからは本当に図書館デートが出来るね!! 来るとき、楽しみにしてるよ!!」
「は、ははは……」
いや、この人いる時は避けて行きたいんだが。揶揄われる未来しか見えん。
「そっかそっか~。でもうん、良かったよ~。図書館の皆、心配してたんだ。二日と空けずに通ってた彩音ちゃんがぱったり来なくなったでしょ? 病気でもしてるのかな~って。でも……そっか。幸せになって来れなくなったんだったら、良かったよ~」
そう言って嬉しそうに微笑む藤堂さん。しかし、若干寂しそうなその表情に俺は言葉を口に出す。
「ええっと……その、別に桐生は図書館に行くのを止めたワケじゃないですよ? 最近ちょっとバタバタしてて……だからまあ、ちょっと行けて無いですけど、きっとあいつのことですから直ぐに図書館に通い出すと思います」
「そっか~。うんうん、楽しみ」
「……そう言えばアイツ、友達も出来たんですよ。本好きなヤツもいるから、一緒に行くかも知れませんし」
「彼氏だけじゃなくて友達まで出来たの!? うわ、彩音ちゃん、本当に良かったじゃん!! あー、残念! 今日非番じゃ無かったら図書館の皆でパーティーなのに!!」
「……そこまでっすか?」
いや、嬉しいんだよ? 皆がそこまで桐生の事を心配してくれたのは嬉しいんだけど……こう、なんか入れ込み過ぎじゃない?
「前も言ったでしょ? 彩音ちゃんは図書館の主みたいなモノだから。下手したら私よりも蔵書について詳しいし……私の先輩達も、良く彩音ちゃんに教えて貰ってたんだ。『その本は此処にありますよ』って」
「……なんというか……桐生らしいというか」
「でしょ? だからまあ、皆彩音ちゃんには感謝してるし、幸せになって欲しいんだ。特に私なんて年も近いしね? 休憩時間とか良く彩音ちゃんと喋ってたから……そうね、時には頼りになるお姉ちゃんみたいで、時には心配になる妹で……そして、彩音ちゃんの第一の友達と言っても過言ではないんじゃないかと思ってる」
「……」
まあ……確かに。桐生もこの人の事、『香澄さん』って呼んでたし、仲は悪く無かっただろう事は想像に難くないが。
「なんで、彩音ちゃんが友達が出来て図書館に来なくなったらちょっと寂しい気持ちもあるけど……でも、それ以上に嬉しいし! あー、良かった。東九条君、今度彩音ちゃんと一緒に図書館に来てね? 一杯、祝福するから!」
まあ、勿論惚気話も聞かせて貰いますけど、と嬉しそうに笑う藤堂さんに俺も苦笑を浮かべ掛けて――
「……あ」
「うん? どうしたの?」
「ええっと……ちなみに藤堂さん、今って暇ですか?」
「まあ、特に用事は無いよ~。ウインドショッピングしてただけだしね~」
「その……大変、申し訳ないんですけど、ちょっと、買い物に付き合ってくれません?」
俺の言葉に、藤堂さんは目を点にして。
「……ええ~。彩音ちゃんの彼氏とデート? 無いわ~。もしかして貴方、浮気者?」
ジト目を向ける。
「ち、違いますよ! その……こう、桐生には色々不安にさせたし、付き合った記念で何かプレゼントをと思ったんですけど……その、全く思い浮かばなくて。だから!」
「……ああ、そう言う事か」
「ええ。藤堂さん、桐生の第一の友達を自負してるんでしょ? 選ぶのは自分でしたい、とは思っていますけど……なにかヒントでも貰えれば」
「……彩音ちゃんなら何貰っても喜ぶと思うけど?」
「そう言われて道端の花を上げれるメンタルは持ってませんので。出来れば、欲しいとか、好みとか……そういうヒントを頂ければ」
「なるほどね~。個人的にはそこで自分で選んでこそ! と思わないでも無いけど……」
「……恥ずかしながら初めての彼女ですので、経験値が圧倒的に足りてません」
「はっきり言うね~」
俺の言葉に藤堂さんはおかしそうに笑って。
「――よし! それじゃお姉さんが可愛い妹分の為に一肌脱いであげようか! 丁度、彩音ちゃんの欲しいモノ、分かるしね~」
そう言ってウインクしてサムズアップしてみせてくれた。