えくすとら! その六 執事、爆誕!
「……」
「……」
「……」
「……ええっと……これ、東京土産らしいです」
「……ふん」
バックヤードに通された俺は松代さんから渡された紙袋を差し出すと、不満そうにそれを受け取り――あ、『ありがと』ってボソッと言った。ある程度、礼儀はあるのか……ともかく、受け取った北川さんは紙袋から東京土産を出すとビリビリと包装紙を破いて箱の中のお菓子をひとつ、パクリと口に運ぶ。
「……ふん……美味い」
「……良かったじゃないですか」
「何が良いもんか! 折角浩太先輩が遊びに来てくれたのに……不覚にも寝てしまうとは……!!」
ギリギリと歯ぎしりをし出す北川さん。いや、マジで怖いんですが……
「……そんなの、結衣さんが寝てたのが悪いんでしょ? ほら! さっさと化粧してきてくださいよ!」
と、更衣室から藤田が戻って来た。腰から下げる白いエプロンに白いコック帽。なんだか料理人の様なその姿に俺は首を傾げる。
「……なに、その恰好」
「なにって……喫茶店って言っただろ? 俺は厨房担当なの」
「……へ? ちゅ、厨房? なに? 厨房って素人でも出来んの? 調理師免許とか要らねーのか?」
「お前……そこら中にあるカフェ全部に全部、調理師免許持った人間がいると思ってんのか。いねーよ。必要なのはまた別の資格だ」
「……んじゃこの店の料理って……」
「基本は俺が作ってる。ちなみにお前に声を掛けたのは、フロア担当だ。結衣さん? 昼に電話したでしょ? こいつが俺のツレで、今日の面接受けに来たヤツです」
藤田に紹介されて、慌てて頭を下げる。そんな俺に視線を上から下まで向けた後、北川さんはふんっと鼻を鳴らした。
「藤田……前から言っているだろう? 私は『イケメン』を連れて来いと言っているんだぞ? 彼が『イケメン』か?」
……なんだろう? 別にイケメンだと思ってる訳でも、此処で働きたいと思っている訳でも無いが……なんとなく、『いらっ』とするぞ、おい。そんな俺の視線に気付いたか、少しだけ肩を竦めて北川さんは言葉を継いだ。
「ああ、済まない。別に君を馬鹿にした訳ではないんだ。ただ、此処は『執事喫茶』だろ? だからまあ、ある程度容姿に優れた人間じゃないと、雇うのは難しいんだ。君の容姿は普通の枠を出ないのは客観的な事実だ。が、それを持って君の価値を否定する訳ではない。サッカーチームを作ろうとしているのに、野球選手を連れて来られても困るだろう? そういう、いわば適性の話だ」
なるほど。未確認ワードが飛び出した。
「……執事喫茶?」
「そうだ。執事喫茶『エリタージュ』、イケメン男子との一時の癒しを求める憩いの場所だ」
何でもない様にそういう北川さん。そんな北川さんに頷き、俺は油の切れたブリキ人形の様にギギギと首をゆっくり藤田に向けた。
「…………藤田さん?」
「……まあ、時給千五百円って言えばそうなるわな」
「そうなるわな、じゃねーよ! なに考えてんだ、お前!!」
「いや……結衣さんこう言ってるけど、決していかがわしいもんじゃねーよ。単純に執事風のコスプレするだけの喫茶店だよ。まあ、話しかけられたら愛想ぐらいはするが……んなもん、個人経営の喫茶店じゃ何処だってそうだろう? マスターと話すの楽しみにしてくるお客さんだっている訳だし」
「そ、そうだろうけど……でも、執事喫茶って……なんつうか、『お帰りなさいませ、お嬢様』とか言うんじゃねーの?」
「言わねーよ。お前が言いたいなら言えば良いだろうけど……基本的にいらっしゃいませだ。別にお嬢様じゃねーし」
「……」
「だからまあ、執事風のコスプレしてお茶とかケーキとか軽食を持って行くのがメインのお仕事なの。そりゃ、たまには話ぐらいはするだろうけど、そういうゆるーい感じのコンセプトなんだよ。値段設定だって普通だしな」
「……儲かるの、それ?」
「知らん。結衣さんの趣味みたいなモンだしな。ねえ、結衣さん」
「肯定だ。趣味と実益を兼ねているが」
「趣味と実益、ですか?」
「私は副業で漫画家もしているからな。此処で毎度毎度行われるドタバタをネタに、幾つか短編も書かせて貰っているし、言ってみれば取材費の一つと思っている。中々、外に出る機会もないし、仮に外に出ても良いネタなんか転がっていない。そういう意味では此処はかなり重宝しているな」
「取材費って……んじゃ、藤田とかも漫画のネタになってるって事ですか?」
「まあな。初めて雫ちゃんが藤田に逢いに来た時など、面白いネタになったしな」
「結衣さん!!」
「雫ちゃん、目に一杯涙を溜めて『……先輩が……ホストになっちゃった!!』と泣きながら藤田の腕を引っ張ってな。『こんな所で働いてたらダメです! 私以外の女の子を口説かないで下さい!!』と……可愛い嫉妬を見せて貰った」
「……そうなの?」
「……フロアが居なかったから、ちょっとフロアに出たんだよ。そしたらまあ、運が悪い事にたまたま有森が来てな?」
「でも、誤解が解けた後は良かっただろう? 雫ちゃん、目をキラキラさせて『藤田先輩……格好いいです……』って。ハートマーク飛ばしまくってたじゃないか。株が上がったんじゃないか?」
「……まあ」
少しだけ満更でも無さそうな顔でポリポリと頬を掻く藤田。良かったじゃん。
「……それをネタにされるのって嫌じゃない?」
「流石に実名は書かれないし、それに今の話を数十倍に膨らまして書くからな、この人。逆に自分の事ってあんまり思えない。一応、俺と有森がオッケーだしたら掲載って事だったし……謝礼もあるし」
「……そうなの?」
「ネタ提供代って事で」
……大盤振る舞いだな、それ。
「……つうかさ? お前、イケメンの範疇なの?」
いや、別に不細工ではない。身長だってそこそこあるし、格好いい所も無い事もないが……なんていうか、お前は顔面ではなく内面を評価される人間な気もするが。
「俺は本来裏方だからな。裏方までは求めてねーよ、顔面偏差値。と、まあ、色々と問題はあるが収入的には結構いいんだよ、此処。普通の店は彼女が来たりしたら嫌がられるだろう? でも逆に此処では彼女連れて来た方が評価が高かったりする。給料貰いながら彼女とお喋り出来るって良くない? 普通は怒られんぞ、それ。ちなみに彼女には『身内割引』的なモノがあるんでちょっと安い。悪く無いだろ?」
「……確かに」
条件面と金銭面を聞けば結構魅力的な気はする。事実、ちょっとだけ心が傾いているんだが……いかんせん、イケメン限定なんだろう、フロアスタッフって。
「……俺にはハードル高く無いか?」
そんな俺に藤田はにやりと笑って見せて。
「任せろ。ということで結衣さん」
「なんだ? 作戦会議は終わったか? 一応言っておくが、裏方はこれ以上必要ないぞ? 藤田の料理で十分に美味しい――」
「こいつ、許嫁がいました」
「――なにそれ、詳しく」
「おい!」
「内緒にすることでも無いだろう? 今となっては」
「いや、まあ……そうだけど」
既に恋人同士だし、将来はそういう風になればとは思っているが。
「ちなみにコイツ、学校のアイドル級の幼馴染が二人いて、その二人から好意を寄せられています。他にも可愛い後輩の女の子とか、由緒正しい旧家のご令嬢の又従姉妹だったりします」
「……藤田君? なに言ってるの、お前?」
「事実だろ? 言われて困る事も無い筈だし」
いや、事実だけど……別に言われて困る事でも無いのは無いけど……
「……君、名前は?」
「……東九条浩之です」
「……東九条浩之君、か。ふむ」
そう言って北川さんは俺の肩にポンっと手を置いて。
「――採用!」
……あ、これアレだ。『良いネタ見つけた!』って顔だ。