えくすとら! その三 幸せの青い鳥は案外、身近にあるもの。いや、バイトの話だよ?
今回は助走回ですね。
「ん? 何見てんだ、浩之?」
「バイト 求人 でググってるところ」
昼休み。自分の机でコンビニで買ったパンをむしゃむしゃと齧っていたら掛かる声がある。藤田だ。
「バイト? なに? なんか欲しいモノがあんの?」
「あー……」
……そう言えばコイツにまだ言って無かったな。
「……その……なんだ。桐生と……付き合う事になって」
「そっか」
俺の言葉にそう言って、俺の前の席に腰を降ろして藤田もパンを齧る。いや……あれ?
「……あれ?」
反応、薄くない?
「興味ない感じ?」
「興味ないって言うか……いや、まあ興味無いか。だってお前ら、もう殆ど付き合ってたみたいなもんじゃん。今更感はある」
「……」
そう言われると……そ、そうか? まあ、『偽物の恋人』とか言ってたし、その線も否定は出来ないんだが……
「まあ、おめでとさん。そんで? なんでバイト?」
「その……なんだ? 折角付き合った訳だし、こう……」
「ああ、プレゼント的な?」
「まあ……」
「へー。いいじゃん、いいじゃん。何買うんだ?」
「……まだ決めて無い」
っていうか、アイツお嬢様だしな。聞いたり見たりした感じじゃ、別に高価なモノが欲しい感じでは無いが……それでも、なんでも手に入れようと思えば手に入れられるし。
「悩ましいんだよ。何あげても喜ばれるような気がするし、何あげても微妙な顔されそうな気がしてる」
「あー……まあ、桐生なら浩之から貰ったものを邪険に扱うとは思わんが……」
まあ、邪険にはされんだろうが。
「……でもお前、有森になんか上げようと思ったら悩まないか?」
「俺らは誕生日とかクリスマス、リクエスト制にしようって話になってる。これが欲しい、あれが欲しいで予算はまあ適当にって感じか?」
「……なんか、物凄く現実的な意見だが……」
「有森から貰ったものだったら別になんだって嬉しいけどさ? どうせなら欲しいモノの方が良いじゃん。あいつだってそれに賛成してくれてるし……問題無いだろ?」
「まあな」
当人同士で問題ないなら良いけど。
「なんでまあ、そこで悩んだことはない……というか、悩まないと思う。まだお互い誕生日迎えてないし、どうなるか分かんねーけど」
「……なるほど」
参考になった様な、ならない様な。確かに藤田の言う通り、桐生に聞いておけば外れはないのだろう。ないのだろうが。
「……今回は別に誕生日的なイベントじゃねーしな」
「まあな。つうか、付き合った記念で贈り物って、浩之のキャラじゃねーよな。なに? お前、そんなにマメなヤツだっけ?」
「……」
正直、自分でもキャラに合わないな~とは思う。思うんだが。
「……その……お前も前に言ってたじゃん?」
「なにを?」
「三大美女を侍らせてるってやつ」
「言ったな、確かに」
「別に侍らせているつもりは毛頭ないが……俺の周りに客観的に見て見た目の良い女子が集まってるのは……まあ、認める」
「……自慢?」
「そうじゃなくて」
ジト目を向けて来る藤田に苦笑を向けて。
「その……なんだ。俺だって逆の立場だったらさ? あんまりいい気分はしないと思うんだ。桐生の周りにはイケメンばっかりだったら、流石に不安にもなるだろ? 桐生がふらふら靡くことはないって信じてはいるが……」
頭で理解していても、感情で納得できるかはまた別の話だ。桐生の事は信じているが、面白く無いのは事実だろう。
「……なるほどな」
「かといって、涼子や智美は幼馴染だし……『彼女が出来ました。お前らとはもう二度と逢わないし、話しません』とバッサリ行くのも……」
「難しいだろうな~、それは。つうか、それ、桐生も嫌がるんじゃね?」
「……たぶん」
仲良しだしな、アイツら。涼子や智美と言ったが、明美に至っては物理的に逢わないのはほぼ不可能だろうし。
「……付き合う前もちょっとひと悶着あってな? 桐生には不安な思いも不満な思いもさせたと思うし……罪滅ぼしじゃないけど……なんだろう」
「……」
「……特別? ああ、特別が近いかも」
「特別?」
ああ、そうだ。
「……お前が一番だよって。お前が特別だよって……こう、形で示したいと言いましょうか……まあ、そんな感じ。だから、なんとなく桐生に欲しいモノを聞くって言うよりは、俺が考えたものを送りたいって言うか……」
「……なるほどな」
俺の話を真剣に聞いていた藤田が、覗き込む様に俺の目を見てニヤリと笑う。
「……べた惚れじゃねーか」
「……わりぃーかよ」
「ぜーんぜん。いやいや、良かったな~って。んじゃ今度、ダブルデート行こうぜ? 有森も誘って四人でな」
「……そうだな」
有森と桐生も仲良いしな。四人で遊びに行くのも楽しい――
「……いや、なんか四人で収まる気がしないんだが」
「……確かに」
その話を聞きつけた智美と瑞穂辺りが『連れてけ!』って言いそうだし、そうなると涼子も付いてくるだろう。下手したら、明美も京都から参戦するカオス展開が容易に予想されるんだが。ラブコメか。
「……ま、プレゼントするにしてもダブルデートするにしても先立つものが無ければ出来ないだろ? だからまあ、こうやってバイトを探してるわけ。でもまあ、中々無いんだよな、条件に合いそうなバイト」
楽で時給の良い仕事が一番だが、中々ないしな、そんな旨い話は。そう思い、藤田を見やると……あれ?
「……どうした?」
「……あー……そうだな。いやな? 俺、バイトしてるって言っただろ?」
「言ってたな。喫茶店だっけ?」
「そうそう。そこのフロアスタッフが一人、足りて無いんだよ。前からオーナーに『誰か良い人居たら連れて来て』って言われててな。オーダー取る仕事だけど、メニューはそんなに多く無いから、難しくはない。加えて殆ど常連さんばっかり来るし、みんな優しいから多少のミスは許してくれる。職場も和気藹々としているし……やりやすいのはやり易い。皆、良い人だしな」
「……時給は?」
「なんと、千五百円」
「……マジかよ」
……凄くない、それ? 今見てるのって精々千円ぐらいまでなんだが……
「……そんなんで商売になんの?」
「まあ、オーナーの趣味みたいな店だしな。儲け度外視なんだよな」
「……ちなみに此処までポジティブな情報ばっかりだったが、ネガティブな情報は?」
「……オーナーが結構、気紛れ。面接段階でガンガン落とされるし、急に『新メニューを作れ』とか言われる。悪い人ではないが……典型的な暴君だ。だから、スタッフ皆、優しい人が集まると言えば集まる」
「……」
「俺の紹介ならまあ、ある程度は優遇されると思うが……面接でメンタルがしがし削られる可能性は高い」
「……なるほど」
「時給は良いし、言えば日払いもしてくれる。短期間のバイトとしては割りは良い方だと思うぞ? まあ、さっき言った通り、面接通るかどうかも分からないからアレだが……どうする? 今日はオーナー店にいる日だし、面接ぐらいはしてくれると思う。良いヤツが居ればすぐに連れて来いって言ってたし」
「……」
……若干、オーナーのクセが強いのが気にはなるが……でも、時給千五百円だろ? それ、魅力的だよな。
「……藤田」
「おう」
「……宜しくお願いします」