えくすとら! その一 二人の夜。
……ごめんって。
親父達が帰り、二人っきりになったリビングで、俺は桐生と向き合って座っている。
「……」
「……」
座っているんだが……その、なんだろう? こう……も、もの凄く気まずいんだが。いや、嬉しいんだよ? こう、なんだ、桐生と彼氏彼女の関係になったし、こうやって同居関係も継続出来たんだから、そりゃ嬉しいんだが……
「……」
「……」
……緊張感が半端ない。それは桐生も同じなのか、なんとなくお互いに視線を逸らしつつ、それでも相手をチラチラと見ている。
「……」
……よし。俺も男だ。こういう時は、男から喋り出すべきだろう。
「「……あの」」
そう思って喋り出した俺と桐生の声が見事にハモる。いや、ベタか。そんな事を思う俺と同じ事を思ったのだろう、桐生も『やっちまったな~』みたいな顔を浮かべている。
「……ふふふ。東九条君からどうぞ」
「……ははは。いや、桐生からでいいぞ」
「そう? それじゃ……その……こう、色々と有ったけど……あ、改めて、宜しくね?」
「あ、ああ。そうだな。こう……色々と迷惑を掛けた」
「ふふふ。本当ね?」
「その、申し訳ない」
「冗談よ。私だって悪い所があったし……まあ、終わりよければすべて良し、という事で」
「お前がそう言ってくれるなら……さんきゅな」
俺の言葉に桐生がふんわりと優しく微笑む。最近増えたな、こいつのこういう表情。なんだかその顔が可愛らしくて……そして、若干照れくさくて、俺は視線を逸らす。
「……まあ、あんまり肩肘張らずにのんびり行こう。その……か、彼氏彼女になったワケだが、まあ今まで通りに同居生活を楽しめたら良いかなって思う」
『ええ、そうね』という桐生からの言葉があるかと思っていたが、返答がない。俺、なんか不味い事を言ったか? と思い慌てて視線を戻すと、不満とも不安とも付かない、なんとも微妙な桐生の表情がそこにはあった。
「……なに?」
「いえ……その、か、彼氏彼女に……こ、恋人になったわけじゃない?」
「……だな」
「そ、そしたらね? さ、流石に今まで通り……というのは、ちょっと難しいかも知れないわ」
「……」
いや……まあ、そう言われればそうだろうけど。
「その……具体的には? なにか不満とか不安があるのか?」
「不満は無い――ああ、やっぱりあるわ。貴方さっき、同居って言ったでしょ?」
「言ったな」
「同居じゃなくて同棲でしょ? ただの同居人じゃなくて……こ、恋人なんだし」
「……すまん。同棲、な。それで? 不安の方は? 俺、変な事はするつもりは無いぞ?」
……一応。俺の理性、しっかり仕事してくれ。
「そ、そうじゃなくて……その、心配はしてないけど……」
俺の質問に、桐生がすっと視線を逸らして。
「……もう、正直に言います。私、今、貴方にぎゅっとして欲しくてたまりません」
「……」
……お前、俺の理性舐めてんの? 紙ぐらいの薄さしかないぞ? そんな可愛らしい事言わないでくれない、頼むから。そんな俺の視線を勘違いしたのか、桐生が慌てた様に言葉をつぐ。
「ち、痴女とかでは無いのよ!? へ、変な意味じゃなくて!! そ、その……ようやく恋人同士になれたのだから、こう……こ、恋人らしいこともしたいのよ!! そ、それで、ぎゅーっとして欲しくて!!」
耳まで真っ赤に染めてわちゃわちゃと手を振る桐生。その姿がおかしくて――そして、愛しくて、俺は両手を開いて見せる。
「……おいで?」
「……なんかジゴロな人みたいなセリフでちょっとイヤ」
「ジゴロって」
チョイス、古くない? そう思い苦笑する俺を軽く睨んだ後、桐生は『失礼します』といっておずおずと俺の腕の中に納まり、猫が匂い付けをする様に頭を俺の胸にぐりぐりと擦りつける。
「……これ、好き」
「……その……俺も」
「……でもこれ、不味いわね。一日一回はしないと納得出来なくなるかも」
「……一回で良いの?」
「……無理ね。一日中こうして居たいかも」
そう言って俺の胸から顔を上げてにっこりと微笑む桐生。その姿が可愛らしくて、俺は桐生の――い、いや、あ、彩音の頭を撫でる。
「……その……俺も出来ればそうしていたいけど、流石にな? だからまあ、用法用量を正しく守っていこうぜ……そ、その……彩音」
瞬間、桐生の笑顔がぴしりと固まる。見る見るうちに顔が真っ赤になり、耳まで赤く染めたかと思うと再び俺の胸に顔を埋めた。
「……彩音?」
「ご、ごめん! そ、その……す、すごく嬉しいの。こう、きゅーって胸が締め付けられるぐらい、貴方に名前で呼んで貰うのは嬉しいんだけど……そ、その、ちょ、ちょっと恥ずかしくて……」
「……そうは言ってもだな。こう、将来的には名前で呼び合う様になるんだし」
許嫁関係は解消したが……彩音には悪いが、もう逃がすつもりはない。
「……それは、私も。貴方から離れるつもりはこれっぽちもない。だ、だから、いつかは同じ苗字になるし、その、な、名前呼びになるんだけど……ま、まだ恥ずかしいから……そ、その……あ、アレよ! 徐々に慣れていくから……さ、最初は、こ、『恋人っぽい』事をする時から始めて貰えませんでしょうか……」
徐々に小さくなる桐生の声に、俺は思わず苦笑を浮かべる。りょーかい。取り敢えず、『恋人っぽい』事をする時からね。
「それじゃ……今は、恋人っぽい事してるな」
「……う、うん」
胸の中で恥ずかしそうにこくりと頷く彩音。やば、これ可愛すぎる。そんな彩音の態度に、ちょっとだけ悪戯心が芽生えた。
「……それじゃ、言ってみな? 彩音は今、『誰に』、何をされてる?」
「……そ、それは……」
「ほれほれ。彩音? 誰に何をされているのかな~?」
「う、ううう……」
「あれ? 言わないとやめちゃおうかな~?」
嘘です。これをやめるなんてとんでもない。
「……ひ、ひろ……ゆき……に……ぎゅって……して貰ってる」
そこまで言って、彩音が恥ずかしそうに顔を上げる。真っ赤になってぷるぷる震える彩音の目の端に涙が溜まっている事に気付き、イジメ過ぎたかと慌てて口を開き掛けて。
「……いじわる、しないで? いじめちゃ……や」
幼子の様なそんな喋り方に、縋るような視線。
「……お前、絶対俺以外の前でそんな顔するなよ? すげー可愛い顔してるから」
生まれたのは醜い独占欲だった。だってこれ、マジで可愛いもん。そんな俺の言葉に、きょとんとした顔をして見せる彩音。あ、やべ。その顔も可愛い。
「し、しないよ? 甘えるのも、ぎゅってして貰うのも、す……す、好きなのも、全部浩之だけだよ? 浩之だから……そ、その……こんな顔になるんだよ?」
「……ワザとやってるのか、お前は?」
……辛抱溜まらんくなるぞ、俺。
「わ、ワザと? い、意味がよく分からないけど……」
「……はいはい」
その顔であんまり見つめられるとマジで我慢の限界が近いかもしれん。回避するために俺は彩音を突き放す……の、正反対、抱きしめる事で顔を隠した。
「……これ、好き……」
「……俺も――」
……あ、そう言えば。
「? どうしたの、浩之? もう終わり? た、足りないんだけど……」
不意に抱きしめていた腕を解いた俺に、不安そうな、不満そうな表情を浮かべる彩音。そんな彩音を、もう一度抱きしめたくなる欲をぐっとこらえて。
「――桐生彩音さん。俺は、貴方の事が大好きです」
目を見開く彩音の視線から逃げる事無く、彩音を見返し。
「……勢い、でしか言って無かった気がして。だからまあ……けじめ、というか……」
「……うん。嬉しい。やっと、私に言って貰った気がする」
「……待たせてごめんな?」
「……ううん。いい。でも、もう逃がさないわよ?」
「それはこっちのセリフだ。逃がしてなんてやんねーよ」
「……じゃあ、しっかり掴まえておいてね?」
「……これで良いか?」
再び彩音を抱きしめる。すっぽりと俺の胸の中に納まった彩音は、嬉しそうな声音で。
「――私も大好きだよ、浩之。いっぱい……幸せになろうね?」
幸せにして、ではなく幸せになろうって所が彩音らしいな、なんて思いつつ、俺は彩音を今まで以上の力で抱きしめた。
二日前に感動(?)の最終回を迎えて……その、一日ゆっくり休んだんです。休んだんで……その、番外編である『えくすとら』を投稿していこうと思うんですが……
こう、なんか感想で『完結お疲れ様です!』とか言って貰ったのに、早々と復帰で恥ずかしいんですが……ネタが浮かんだら、我慢できなかったんです……ごめんなさい。なんか完結詐欺っぽくって申し訳ないんですが……本当に、申し訳ない。信じて! いつかは書くつもりだったけど、こんなに早く復活するつもりは無かったんです……