第十話 麻婆豆腐イタリアンは幼馴染の味
「……昨日はお楽しみでしたね?」
「……宿屋の主人か、お前は」
翌朝。学校に行くために家の外で涼子と智美を待っていると、珍しく早く来た智美が俺を見つけて驚いた顔をした後、ニヤニヤとした笑みを浮かべて近づいて来た。
「どうした? 早いじゃないか、智美」
「それはヒロに言われたくはないかも」
「いっつも俺と涼子がお前待ってるだろ?」
「それを言われるとちょっと辛い……でも、ホラ! 私の家、遠いし!」
「チャリで十分の距離を遠いというかどうかは微妙なラインだが……まあな」
んで? そんな遠い距離をわざわざ早く来た理由はなんだよ?
「あ、そうだそうだ。忘れてた。あのさ? 昨日の賞品あったでしょ?」
「賞品?」
「藤田のヤツ」
「……ああ、あれね」
流石に藤田が不憫だったからか、俺の記憶からマルっと抜け落ちてたわ。
「藤田からチケット預かってるんだけど……どうしようかなって」
「どうするって?」
「だってチケット二枚でしょ? 三人で行けないじゃん。涼子一人置いていくのも悪いしさ」
「なんの映画だっけ?」
「ハリウッドの超大作のラブロマンスだってさ」
……うわ……正直、興味ないんですけど。
「……お前と涼子で行ってくれば?」
「……それじゃアンタ、涼子にそれ言いなさいよね? あの子、絶対気を遣って行かないって言うから」
「……確かに」
そういうヤツだ、涼子は。別に気にしなくても良いのにな。
「かといって使わずに捨てちゃうのも勿体ないしさ。だから、もう一枚分のチケット、三人で買わないって話」
「あー……ま、それが無難な選択か?」
俺の言葉に、『それじゃそれで決定ね!』と嬉しそうに笑顔を浮かべて、その後少しだけ不貞腐れた様にむっと顔を顰める智美。なんだよ?
「昨日はヒロ、帰り遅かったでしょ? だから、この話も出来なかったの!」
「そうかい。んで?」
「ヒロと涼子は隣同士だから良いな~って思って。そしたら一日持ち越さなくても話出来たでしょ?」
「別に一日ぐらい良いじゃねーか。つうか、そんなにアレだったら待っときゃ良かったのに」
今更だろうが、俺が居なくてもずっと俺の家に入り浸るのは。そんな俺の言葉に、智美は頭を掻いて。
「いや、昨日はね~。流石に昨日ヒロのおじ様の顔見たら、思わず殴っちゃいそうだったから」
「……そうか」
命拾いしたな、親父。
「かといってあんまり遅くまで外出歩くと怒られるしね。いいな~、涼子。私もヒロの隣の家だったら良かった。そしたら麻婆豆腐イタリアン、毎日食べれるのに」
「勘弁してくれ。俺にアレばっかり作れってか?」
「なれるよ、中華の達人に!」
「興味ねーよ」
っていうか、アレ、中華料理なのか? 麻婆豆腐『イタリアン』とか言ってるけど。
「あー、そんな話してたら食べたくなってきちゃった。ヒロ、部活帰りに寄っても良い?」
「は? お前、今日来るの?」
「いくいくー。準備しといてね~」
「おはよう、浩之ちゃん、智美ちゃん。ごめんね、遅くなって」
智美とそんな話をしていると隣の家――涼子の家の玄関のドアが開いてパタパタと涼子がこちらに走って来る。
「走るなよ。転ぶぞ?」
「もう、浩之ちゃん。私、そんなにどんくさくないよ? ふぅ……」
「……あの距離走っただけで息切らしてるヤツの説得力の無さよ」
五メートルってとこだぞ?
「い、家の中でもバタバタしてたから。髪が中々おさまらなくて。あっちに跳ねたりこっちに跳ねたりで直すのが大変だったの! ふぅ……それで? なんの話してたの?」
「今日は久しぶりにヒロの麻婆豆腐イタリアン食べようって話。どう? 涼子は」
「あー、いいね! 私も久しぶりに浩之ちゃんの麻婆豆腐イタリアン食べたいよ。今日は智美ちゃん、部活?」
「うん、そうだよー」
「それじゃ浩之ちゃん? 学校終わったらお買い物、いこ? 材料費はいつも通り三等分で良い?」
「よいよい。二人とも、頼んだ!」
「お任せあれ~」
そう言って芝居掛かった風に言って見せてきゃっきゃと笑いあう二人。いや、料理人抜いて勝手に決めるなって。
「決定事項にするなよな」
「……なに? 都合でも悪いの? なんか用事、あった?」
「いや、用事はないけど……」
昨日の今日だろ? ちょっとゆっくりさせて欲しいってのと……昨日作ったからな。流石に二日連続麻婆豆腐イタリアンは胃にもたれそうだし。
「あ! 分かった! 最近作ってないから、ヒロ、不安なんでしょ!」
何を勘違いしたか、そんな斜め上の回答をする智美。
「そうなの? 大丈夫だよ、浩之ちゃん。私もお手伝いするから」
と、それに乗っかる涼子。いや、だからな?
「ご心配なく。昨日も作って食べたから。流石に二日連続でアレは飽きるって話。まあ、食事会開催は別に構わないけど、それなら別の――」
――瞬間。
なんだろう? 背中にぞわっとした寒気が走った。
「…………なんで昨日作ってるの、浩之ちゃん?」
「な、なんで? なんでって、それは――」
「ねえ? 誰に? 誰に振舞ったのよ? あの麻婆豆腐イタリアン! 言いなさいよね! 一人で食べた、なんて舐めた事言うんじゃないでしょうね!」
「ちょ、落ち着け智美! な、なに怒ってんだよ」
「怒るよ! ま、まさか……浩之ちゃん、あの麻婆豆腐イタリアン……桐生さんに食べさせたワケじゃないでしょうね!」
「へ? い、いや……そ、そうだけど?」
「「はぁあん?」」
ひゅっとなった! 何処とは言わんが、『ひゅっ』ってなった!
「有り得ないんだけど! なんで? なんで桐生さんに食べさせるのっ!」
「そうだよ、浩之ちゃん! 他の料理も有ったよね! なんで! なんでよっ!」
「ちょ、マジで落ち着け! なに怒ってんのかさっぱり分かんねーだけど!」
いや、マジで。なんでこいつら、こんなに怒ってんの?
「だって……だって、だって!」
「そうだよ! だって!」
「……落ち着けお前ら。『だって』しか言ってない」
「だ、だから……ねえ、智美ちゃん!」
「そうだよ! ヒロ、麻婆豆腐イタリアンはね!」
「そうだよ! ……麻婆豆腐イタリアンは……」
「「……『幼馴染の味』、じゃん」」
「……はい?」
少しだけ照れた様に頬を朱に染めた二人。そんな二人に、俺はぽかんとした顔を向ける。何言ってんの、コイツら?
「何言ってんの、お前ら?」
そして、思ったままそれを口に出す。まずっ! と思った時はもう時既に遅し。その瞬間、恐ろしいほどの形相で二人が睨みつけて来た。だから! 基本美少女のお前らのその顔は破壊力が高いんだよっ!
「もう知らない! 浩之ちゃんの馬鹿!」
「そうよ! アンタさ? ちょっと考えたら分かんないかな?」
「なんで私たちが、毎回二人で食べに行ってると思ってるの!?」
「いや、なんでって……食い意地張ってるからじゃねーの?」
「~~~っ!! もう良い! 涼子!」
「うん!! 茜ちゃんに報告する! 浩之ちゃんが他所の女に麻婆豆腐イタリアン食べさせたって!」
「は? な、なんで茜が出て来るんだよ?」
「知らないわよ! いこ、涼子!」
「うん!」
そう言って、肩を並べてずんずんと歩く二人。置いてかれた俺はその背中を見つめて。
「……なに怒ってんの?」
結局、この後必死に謝り倒して『映画のチケットはヒロの奢り!』という有り難い智美裁きのおかげで事なきを得た。得たけどさ? げ、解せぬ……
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