最終話 僕の可愛い悪役令嬢
今回、長いです。いつもの四倍くらいあります。
恐らくバカみたいな顔をして固まっていた俺とあや……桐生。流石に外ではアレだからという事で、舞台を部屋に移した。桐生がコーヒーを淹れてくれ、全員分の前に置かれる。
「……さんきゅ、あや……えっと……桐生」
「……どういたしまして、ひろ……ひ、東九条君」
「あれ? 『彩音』と『浩之』じゃないの?」
「……うるせえよ」
さっきはああ言ったものの……こう、恥ずかしいんだよ。っていうか、そうじゃなくて!
「……それで? 説明はあるんだろうな?」
「なんの説明?」
「全部だよ!! なんだドッキリって! 一体、どこからどこまでがドッキリなんだよ!!」
「んー……桐生さん、どっから説明しましょうか?」
「……おそらく最初からでしょう。私から説明しましょう。と、その前に」
そう言って豪之介さんは居住まいを正して俺に頭を下げる。
「……済まない、浩之君。私たちの茶番に付き合わせた事、本当に申し訳なく思う」
「僕も……ごめんね、彩音ちゃん。辛い思いさせちゃって。バカ息子のせいで」
「あ、頭を上げて下さい!!」
「そ、そうです! その……き、気にしていないというと嘘になるんですが……でも、大丈夫ですので!!」
今は怒りとかより困惑が強い俺ら二人。ええっと……どういう事なんだよ、結局。つうか、バカ息子ってなんだ、バカ息子って!
「……そう言ってくれると助かる。では……説明をさせて頂こう」
頭を上げた豪之介さんはそのまま言葉を続ける。
「……彩音は小学校、中学校と学校で浮いた存在でね。友達の一人も居なかった」
「……はい。お聞きしています。その……『成り上がり』って」
「……そうだ。それに関しては無理してお嬢様学校に通わした私の責任だ。私自身、成り上がり者だからな。色々と辛酸も舐めて来た」
「……」
「良くも悪くも彩音は桐生家の一人娘だ。表に出る機会も多いだろうし、旧知の友人がいる方がなにかと過ごしやすい。その環境作りの為に通わせたのだが……完全に裏目に出た。彩音は学校で浮いた存在となってしまった。まあ……本人の性格もあるがな。負けず嫌いだからな、彩音は。性格も……優しい所はあるが、厳しい面もある。知っているだろう?」
「……はい」
身をもって知っています。
「……私は悩んだ。友達が多いのが全てでは無いが……それでも、娘が一人で寂しそうに、歯を食いしばって頑張っている姿は胸に来るものがある。だから、高校からは天英館高校に通う様にしたんだ。環境が変われば、何かが変わるかもしれないと思ってな。だが……これも、あまり効果がなかった。彩音はいつもなんでもない様に振舞っていたが……たまに、辛そうな顔をするんだ。これは親のエゴかもしれんが……私は、娘にそんな顔をして欲しく無かった」
「……エゴなんて、そんなこと……分かりますよ」
その気持ちは分かる。そんな俺の視線に、豪之介さんは頷いて。
「……だから私は信頼の置ける東九条さんに相談した」
「はい?」
いや、その気持ちは分かりません。
「……いや……豪之介さん、親父は無いんじゃないんですか? 一番相談したらダメなタイプだと思いますが……」
そんな俺に、きょとんとした顔を浮かべる豪之介さん。いやいや。
「……『この』親父ですよ?」
「……前から思っていたが……君は御父上の評価が低すぎやしないかね?」
「いや……だって……親父、豪之介さんから借金してるんでしょ? 経営傾けて。いや、別に経営者としての才能だけが全てじゃないとは思いますが……結構、ちゃらんぽらんですよ? ウチの親父」
「……やはり、話していないのですね、東九条さん?」
「特に話す必要性を感じて無いですからね~」
「話しても?」
「良いですよ。自分で言うのが嫌なだけで、別に隠していた訳でもないので」
そう言ってコーヒーを啜る親父に、呆れた様に豪之介さんはため息を吐いて。
「……君の御父上の借金は経営が傾いて私から借りた訳ではない。詳細は省くが……私や東九条さんが経営者に成りたての頃、随分助けて頂いた方がいるんだ。その方のご子息が作った借金を東九条さんが肩代わりしたんだよ」
「……は?」
「その時、私はたまたまアメリカに居て、帰って来て恩人の息子の苦境と、それを助けた東九条さんの事を知った。私だって恩義がある相手だし……申し訳ないが、わが社の方が経営状態は良かったからな。肩代わりを申し出た。私が払う、せめて半分を……と言っても君の御父上はガンとして受け入れなかった。少々、筋が悪い所からも摘まんでいたからその分は肩代わりさせて貰ったが……それでも、君の御父上は要らないと言ってもその分まで律儀に私に返してくれている。利子まで付けてね」
「えっと……事業の将来性を視たとか言ってませんでしたか?」
「……よく覚えているな」
衝撃だったからな。この親父の何処に将来性を視たのかって。申し訳ないが、豪之介さんの見る目って節穴なんじゃ無いかと思ったまである。
「経営は経営者の資質で大きく変わる。恩義を忘れない経営者が経営する会社なら、将来性は十分にある。それは、東九条さんの所の従業員を見ていたら分かるさ。みんな、生き生きと働いているだろう?」
「いや、確かに親父の会社は結構アットホームだとは思いますけど……むしろ甘いと経営者としてはダメな気がするんですが……」
「なんでもかんでも甘いのは当然ダメだが……君の御父上はその辺りはバランス感覚のあるお人だよ。でないと、従業員は付いてこないさ。少なくとも、私は信頼している」
驚いた顔で親父を見る。親父は俺の視線に気付き、頭を掻いていた。
「……お金だけの関係じゃないのかよ?」
「ごめん、嘘ついた」
「……なんでそんなしょうもない嘘を……」
俺のジト目に、親父はそっぽを向いて。
「……だって……言うの、照れ臭いじゃん。なんか凄い良い人みたいに思われそうで」
「……おい」
頬を染めるな、気持ち悪い。
「……それに、桐生さんが言うほどお涙頂戴のいい話じゃないよ? 僕も経営者に成りたての頃に助けて貰ったからその恩返しをしただけ。本人は亡くなって、恩の借りっぱなしは気持ち悪いから、息子さんに返しただけだよ。だから僕の我儘だね」
「普通はそれが中々出来ないんですよ」
「そう? 桐生さんだってしようとしてたじゃないですか。っていうか、随分助かってるし」
「そうですが……」
「ま、その話は良いよ。本筋じゃないし。それで、桐生さんから相談を受けた僕は考えた。桐生さんには申し訳ないけど、ウチにも問題児が居たし、いい機会だから一遍に解決しちゃおうって」
「……おい」
問題児って。
「俺、そんなに問題起こしたつもりは無いんだけど?」
「何もしてないのが問題なの」
そんな俺をジト目で見やり。
「――だって浩之、バスケ辞めてから死んだように生きてたじゃない。なにも一生懸命にならず、ただ流されるまま生きているだけだったじゃないか」
「……」
「ある程度は立ち直ったみたいだったけど……やっぱりなんにもやる気起こしてないでしょ? 無気力に生きているのを見るのは親としてちょっとどうかと思ったんだよね。だからまあ、劇薬的な効果を期待して許嫁を提案したんだ」
「……だからって許嫁って」
劇薬すぎるだろうが、それ。
「そうかな? 桐生さんから聞いた話では、彩音ちゃんは努力が出来る子って聞いてたし、浩之とお似合いだと思ったのは本当だよ。浩之、バスケの時は無茶苦茶努力してたからね。努力家は努力家の気持ちが分かるだろうから、性格は合うんじゃないかって思ったんだ。写真で見た彩音ちゃんは綺麗な子だったし、浩之もきっと気に入るだろうって。違う?」
「……まあ」
……違わないけど。確かに気は合ったし……可愛いけど。
「後はまあ、浩之はヘタレだし、手を出さないだろうって目算もあったしね。そんな訳で、輝久に相談したんだよ」
「お父様にですか!?」
親父の言葉に、明美が驚いた様な声を上げる。
「うん。僕だって流石に浩之の結婚を勝手に決められるとは思ってないよ? だから、許嫁関係を認めてくれって相談したんだ。輝久は浩之を明美ちゃんと結婚させて、後継者にしたかったっぽいから渋ったけど……当人同士の意思次第で破棄が出来る事を条件に、最終的にはオッケー貰ったんだ。交換条件が出たけど」
「……交換条件?」
「浩之を立ち直らせるのと同様に、明美ちゃんの成長も一緒に促しちゃおうって交換条件。僕が輝久に相談した様に、ゆくゆくは分家のすることの相談と、責任を負う立場になるからね、明美ちゃんも。浩之ならやり易いだろうし、チュートリアルとしては良いんじゃない? ってね」
「……そんな……そんなの、お父様から聞いてません! それじゃ、お父様は最初から知っていたという事ですか!?」
「うん、知ってた。説明して無いのだって、そりゃそうでしょ。じゃないと練習にならないし」
愕然とする明美。そんな明美をチラリと横目で見て、俺は視線を親父に移す。
「……んじゃ明美がした事って……全くの無駄だったって事か?」
俺の言葉にしばし考えて。
「……無駄じゃないけど、そもそも決定権はないからね。だから明美ちゃんがなんて言おうが……まあ、関係ないかな?」
……うわ。明美が机の上に突っ伏した。明美……うん、同情するよ。
「輝久曰く、『理不尽な事は黙っていても向こうから大挙してやってくる。いい勉強だ』らしいよ。そもそも、明美ちゃんが自分で『私が行きます!』って言ったって聞いたけど? どう切り出そうか悩んでたら、勝手に明美ちゃんが鼻息荒く行くって言いだして楽できたって輝久が言ってたけど?」
「……でも怒られたって言って無かった? 輝久おじさんに、許嫁の事で」
「怒られたよ? 借金あるの黙ってたから。『それじゃお前、浩之は売られた様に感じるだろうが! 息子の気持ちをもうちょっと考えろ!』って。そこはお父さん、ちょっと配慮足りなかったけど……でもね? 言い訳させて貰うと、一番理由としてはスッキリすると思ったんだよね、借金って。そんな理由でもないと浩之、面倒くさがって絶対反対してたと思うし。受け入れたのだって従業員の生活の為でしょ?」
「……怒られたって、そっちかよ。いや、確かに借金が無かったら反対したかも知れんが……っていうか、多分反対したけど」
「東九条が他の家にお金借りてるって言うのも体裁悪いから、輝久が全額肩代わりしちゃったし。イヤなんだけどね~、輝久に借り作るの」
そう言ってため息を吐く親父。
「……出たな、本家嫌い。本当に本家嫌いだよな、親父」
「……へ?」
「え?」
「ヤダな~。僕、別に本家嫌いじゃないよ?」
「……え?」
「そりゃそうだよ。嫌いだったら茜を本家に下宿させるわけないじゃん」
……は? い、いや、まあ……それはそうかも知れんが……
「……でも親父、全然京都に帰らないじゃねーか。本家は息苦しいって言ってるし、さっきだって、輝久おじさんに借り作るのイヤだって……」
「まあ、息苦しいのは息苦しいけど、そこまで毛嫌いはしてないよ。恩だって縁だってあるし。輝久に借金したくなかったのだって、輝久に負い目を作りたくないだけだしね。従兄弟だけど……兄弟っていうか、友達っていうか、親友っていうか……そんな感じで育ったからさ? 借り作ったらなんとなく、対等じゃ無くなる気がしない?」
まあ、元々本家と分家だから対等じゃないけどと笑う。
「……じゃあなんで京都に帰らないんだよ?」
「純粋に距離もあるし、忙しいってのもあるけど……浩之を本家に行かせたくなかったのが一番の理由かな?」
「……は? 俺?」
「あの家は一種、麻薬みたいなもんだからね。だってさ? 資産管理と顔見せしてたら毎日ご飯が食べられるんだよ? 別にそれがダメってワケじゃないけど……なんとなく、我が子にそんな道は歩んで欲しくないな~って。もっと色んな事に挑戦して欲しいなっていう……まあ、親としての我儘だね。僕自身、そう思ってあそこを出て、今ではそこそこ幸せに生きてるから」
「……」
「浩之はホラ、さっきも言ったけど、好きなこと以外は一生懸命にならない子でしょ?」
「……うぐ」
ま、まあ……否定はせん。
「輝久は浩之の事可愛がってたし……浩之に楽な道を教えたら、直ぐに逃げそうだしね。だからまあ、あんまり東九条の事は話題に出さなかったんだよ。考えた上で選ぶならともかく、なんとなく浩之、考えもせずに楽な方に逃げそうだから」
「……よく分かるな」
「親だからね。そりゃ、浩之の考えてることなんて大体分かるよ」
……アレか。『うちは貧乏だから』ってお金持ちが言って、金銭感覚正常に育てさせる教育みたいなモンか。
「……茜はそうじゃないから教えてたって事か?」
「それもあるけど……茜は女の子だからね。別に女の幸せの全てが結婚とまでは言わないけど、ある程度旦那の経済状況に影響されるのは、お母さん見てれば分かるでしょ?」
「……まあな」
母さん、一生懸命働いてるし。まあ、別に不幸そうには見えないが。
「それならまあ、明美ちゃんみたいに『令嬢』としての自覚を持って過ごして貰った方が良いかなって思ってね。何を選ぶか。誰を選ぶかは茜に任せるけど……チャンスだけは与えて上げたかったんだ。どう転んでも良いように。だから、京都の高校も許した。これが別の場所だったら許してないかな~。心配だし」
「……俺には無いのね、チャンス」
「さっきも言ったけど浩之は楽な方に逃げるしね。それにまあ、最終的にどうしてもそれを選びたくなったら輝久がなんとかするだろうし。明美ちゃんと結婚して、本家を継ぐとか。だから、タイミングとして今じゃないかなって」
「……」
「でも、茜は違うから。良縁に巡り合えて苦労しないで済むならそれの方が良いし。まあ、今はバスケばっかりしてるけど……その内、お淑やかなお嬢さんになってくれれば良いかな」
希望的観測だけど、と遠くを見つめる親父。うん……可能性は低そうです。
「……色々言ったけど、そんな思惑ががっちり絡んだのがこの許嫁計画って訳。環境が変われば彩音ちゃんにも友達……というか、人付き合いのやり方が分かるかも知れないし、浩之だって許嫁が出来た事で自覚が芽生えて本気で何かに打ち込むかも知れない。流石に双方から不満が相次いだら、条件通りに関係は解消しようとは思ってたんだけど……上手く行って良かったよ、本当。芽衣子さんは『桐生のお嬢さんが傷物になったらどうするんですか!』って言ってたけど……信用無いね、浩之」
「……うるせえ」
「大丈夫! 僕は信じてたから! 浩之はヘタレだって!!」
「だからうるせえよ!!」
本当に。
「……にしても同棲って……思い切ったな、親父たちも。どうすんだよ、母さんの言った通りになったら」
俺が手を出さなかったから良かったものの……なんか間違いがあったらどうするんだよ?
「その時は責任取って結婚すれば良い話かな~って。『家』の理屈だけで考えれば、お互いに良縁だと思ったのは事実だし、正直、そのまま結婚してくれれば一番良いかなとは思ってたよ。え? まさか浩之、責任取らないつもりだったの?」
「……いや……そりゃ、取るけどさ」
っていうか、止めて? 豪之介さんの圧が凄いから。
「……ご、豪之介さんも良く思い切りましたね? 年頃の女の子を同棲させるなんて」
「……葛藤が無かったか、と言えば嘘になる。悪評も気になったが……だが、これも一種のショック療法だと思ってな。どの道、これだけ気を張って生きていれば遠くない将来、彩音が壊れるとも思ったんだ。そちらの方が嫌だったんだよ、私は」
「……」
「それに……浩之君は信頼する東九条さんの御子息だ。お話を聞く限り、良い人間だろうと思っていたのでな。バスケで国体選抜の候補になったのだろう? 努力も出来るだろうし、その道筋さえ見つければ大丈夫な男だろうと思った。彩音とも気が合うだろう、とな。加えて、君はこの許嫁関係を従業員の為に応諾したんだろう? 皆が路頭に迷わない様にと。そういう優しさも持っていると、そう思ったんだ」
「……そんなことは……その、ありがとうございます」
「そして……今日の君を見て、私の考えは間違いなかったと確信したよ」
……なんだか照れ臭いんだが。
「……その……名家云々は?」
「先ほど東九条さんが仰っていた通り、その気持ちも当然、ゼロでは無かった。良縁だと思ったしな。まあ……いや、これは後で話そう」
途中で話を切った豪之介さんに続くよう、親父が口を開く。
「後は……これもいい機会だと思ったんだよね。浩之には申し訳ないけど……智美ちゃんと涼子ちゃん、浩之にべったりじゃん?」
「……」
「仲が良いのは良い事だけど……男女の高校生で、恋人でも無いのに『アレ』はちょっと異常だよ? 茜も『依存しすぎでしょ』って言ってたし……あの状態だったらきっと誰かがダメになる気がしてね。だからまあ、強制的に離させて貰ったのもあるんだよ」
「……そうか」
「さっきも言ったけど、そのせいで喧嘩にもなったんでしょ?」
「……ノーコメントで。プライバシーもあるし……ただ、一応のケリは付けた。その……縁は、切って無いけど」
「……って言ってるけど、どう? 彩音ちゃん? 大丈夫?」
「……はい。その……東九条君は、きちんとお二方と適正な距離で接してくれる様になりました」
「……そっか」
そう言って、少しだけ嬉しそうに親父は笑い。
「彩音ちゃんが納得してるのなら良いよ。さっきはちょっと煽る言い方して悪かったよ。流石に幼馴染の縁は切れないと思ってるよ、僕も。でも……そっか。ちゃんと決着付けたなら良いよ。さっきはごめんね? あっちにふらふらとか言っちゃって」
「……それは私からも謝罪しよう。浩之君、先ほどは無礼な事を言った」
唐突に話に割り込んだ豪之介さんが頭を下げる。
「い、いえ! その……まあ、見ようによってはふらふら……したつもりはないんですけど……」
……うん。確かにそのつもりは無かったが……まあ、見方によればそうかもしれん。
「……んじゃ、婚約破棄云々っていうのは……俺のこの態度が原因ですか?」
俺の言葉に、豪之介さんが瞑目して頭を下げる。
「……済まない。東九条さんから、という話だったと思うが……実はこの『婚約破棄』のお芝居は私がお願いした事だ」
「……」
「……彩音が言ったんだ。家を出る前に……『心配しないで下さい、お父様。私は桐生の家の為に、『東九条』の血を入れます。そうすれば、もう、『成り上がり』と馬鹿にされません。東九条君に愛は求めません。ですから……東九条君が他所に女性を囲っても怒りませんので、お父様も怒らないで上げて下さい。彼は被害者ですので』と。正直、此処まで追い詰められていたのか、と……馬鹿な話だが、本当に後悔した。もっと早く、気付いてやるべきだったと」
……言ってたな、確かに。つうか豪之介さんにも言ったのか、桐生。
「……自分の娘だ。目の中に入れても痛くない。そんな娘が……一人の男性に愛される事を諦めて、家の為に尽くす。その姿が悲しくてな。君の周りには見目麗しい女性が沢山いるのは聞いていたし……だから本当に、済まない。君の気持ちを確かめる様な事をしたこと、申し訳ないと思っている。最低な事をしたと、罵って貰っても構わない」
「……いえ……そんなつもりはありません」
豪之介さんの気持ちも痛いほど分かるからな。娘にそんな事言われたら、そら不安にもなるわ。正直、全然腹も立たん。
「そうだよ。浩之がさっさと『好きになった』って報告してくれれば、こんな夜も遅い時間から車出さなくても良かったのに。桐生さん不安にさせちゃダメだよ~。娘を持つ親は結構繊細なんだから。そのせいで彩音ちゃんも泣かしたんだよ? 反省しなさい!」
「……悪かったよ」
……本当に。コレって結局、俺がもうちょっとしっかりしていれば起きない事態だったって事だろ? そう考えれば本当に申し訳ないんだが……なんだろう? 若干、親父に言われると納得しがたいものがある。
「……そう言って貰うと助かる」
そう言って目を伏せた後、豪之介さんは桐生に視線を向ける。
「……彩音」
「……はい」
「……済まなかった。悲しい思いをさせた。だが……私はどうしても、お前に『愛されること』を諦めて欲しく無かった。そんなのはきっと、不幸だから」
「……お父様……」
「……今はどうだ、彩音? 浩之君が、他に女性を囲って、納得が行くか?」
「……絶対に嫌です。私だけを見ていて欲しいです」
「……実の父的には手放しに喜びにくい発言だが……良かったよ」
心底嬉しそうに笑顔を浮かべる桐生に、呆れた様にため息を吐く豪之介さん。と、親父が不満そうに口を開いた。
「にしても……誰も気が付かないんだもんね~。ちょっとショックなんだけど? だって皆、僕が借金のカタに息子を売り飛ばすヤツって認識だったって事でしょ? ひどくない?」
ジト目を向けて来る親父に、俺と桐生がそっと目を逸らす。その仕草が不満なのか、親父が尚もぶーたれた。
「まあ、そういう風に持って行ったから仕方ないけど……でもさ? 僕、結構いっぱいヒント出してたよ? おかしいと思う所あったでしょ? 明美ちゃんが視察に来るって聞いたら『なんで明美ちゃん?』って思わない? 未成年の当主でもない女の子が判断なんて出来る訳ないじゃん。僕、あの時は絶対バレたと思ったのに。桐生さんだってヒント出してたんでしょ?」
「……まあ」
「え? お父様、ヒントを出してたの?」
「いや、ヒントという程ではないが……浩之君に」
「……へ?」
俺?
「……読んだと言っただろ?」
「……読んだ?」
「手紙だ。三枚目にそれとなく仄めかしていた筈だが……勝手な言い分ばかりで本当に申し訳ないのと、流石に……浩之君が可哀想だと思って」
手紙? 手紙って……
「……あ」
……あ、アレか! あの桐生への愛情たっぷりの手紙か!! 一枚目読んで机に放り込んだまんまだ!!
「……その反応は読んでないな?」
「えっと……その……」
「……まあ良い。むしろ、何も知らずにあそこまで言ってきたのなら、信用も置ける」
「……はい。それは……信用して下さい」
俺の言葉ににっこりと微笑む豪之介さん。そんな俺らを見て、親父の顔が綻んだ。
「よし! これにて一件落着だね! いや~、良かった良かった。これで僕も肩の荷が降りたよ~。浩之に可愛いお嫁さんが出来て、勉強も頑張ったんでしょ? 彩音ちゃんも友達出来たって聞いたし……どう? 今回のお父さんの仕事っぷり! 尊敬しても良いよ、浩之?」
「……ごめん、ムカッとする」
「そんな事言わないでよ~。良かったでしょ?」
「……でもこれって、結果論じゃねーか? つうか、なんとなく親父達の都合の良い風に使われた感があるんだが」
俺も桐生も。そんな俺らに、親父は苦笑を浮かべて。
「……まあ、そうだね。確かにそういう点もあったかもしれない。君たちの気持ちは考えて無かったと言えばそうかもね」
でもね、と。
「――心配なんだよ、親っていうのは。子供の成長が一番、気がかりなんだ。嫌われても、避けられても、ウザがられても、恨まれても……例え、どう思われても……子供が幸せになれる様に、してあげたいんだよ」
「……」
「……ま、これは言い訳だけどね~。エゴ丸出しって言われればその通りだし、弄んだって言われればそうかもしれないしさ。恨む?」
「……別に」
……腹は立つが……一応、親父も俺の事を考えて動いてはくれたんだろうしな。まあ、最終的に良い方に転がったから良いとも言えるんだが……
「……結構綱渡りじゃねーか、コレ?」
「落ちない自信はあったからね。信用してたし、浩之のこと。優柔不断だけど……女の子傷つける様な事はしないだろうって」
……さいですか。にしても……結局、ずっと親父達――つうか、これ、主犯は絶対親父だよな? 親父の掌の上で転がされてたって事か。
「……だから言っただろ?」
釈然としないものを抱えている俺の肩にポンと豪之介さんは手を置いて。
「――君の御父上は飄々としているが、優秀だ、と」
「……たまたまもありますが。運だって良かったし」
「では、運も味方に付ける才能もあるのだろう。少なくとも……私は、今、幸せだ」
……はいはい。ちゃんと俺の性格とかも分かったうえで仕込んだんだろ、これ。悔しいが間違ってませんよ。認めますよーだ、クソ親父!!
「――ちょっと待って下さい!!」
と、突然、机に突っ伏していた明美が顔を上げる。おい。おでこに痕ついてるぞ?
「なにハッピーエンドみたいな顔をしているんですか!! そんなのズルいです! これじゃ私、完全にピエロじゃないですか!」
「あー……まあ、そうだね~。明美ちゃん、完全にピエロだったね、今回」
「何を他人事みたいに言っているんですか!! おじ様と桐生様のせいじゃないですか!! これじゃ私、振り回されただけじゃないですか!! お二方の都合に付き合わされただけじゃないですかぁ!」
「えー? コレって僕たちのせいかな? 輝久だって乗って来た話だよ? むしろ、輝久のせいじゃない、明美ちゃんの場合? っていうかさ? 明美ちゃんに至っては自分で首、突っ込んで来たんじゃないの?」
「ぐ……で、ですが!! 流石にこれはあんまりです!」
目をうるうるさせて親父を睨む明美。いや……まあ、うん。明美の気持ちも理解は出来る。これだけ振り回されて、『全部、仕込みです』だもんな。そりゃ、腹立つわ。自分から首突っ込んだらしいけど。
「……その……なんか申し訳ない、明美」
「謝罪しないで下さい!!」
「……どうしろと」
いや、マジで。どうしろと言うんだよ、本当に。
「……復活戦」
「……はい?」
「敗者復活戦! 敗者復活戦を要求します!!」
「……はい?」
……え? 何言ってるの、明美? 壊れた?
「そんな可哀そうな子を見る目で見ないで下さい!! ええ、ええ、認めましょう!! 浩之さんは彩音様が好き。それは認めます!! この敗北を、甘んじて受け入れます!! ですが、その気持ちが延々に続くとは限らないと思うのですが!! こんな軽々に許嫁など決めて宜しいのですか!!」
「……なんつう事を言うんだお前は。っていうか応援するって言ってたじゃん、車で」
「言いましたけど!! でもあんまりじゃないですか、こんなの! だってそうでしょ!? じゃあ、浩之さん、高校時代に出来た彼女と最後まで行くって、本当に思っているんですか!? どれだけの確率だと思ってるんですか、それ!!」
「いや……」
まあ……一般的にはそうかも知れんが。俺は手放すつもりないぞ、桐生の事?
「……そもそもお前、今それ言う? こんなムードの中で」
「なりふり構っていられませんので言います!! 此処で私が主張しないと皆不幸になります!! 智美さんや涼子さん、瑞穂さん……全員が不幸になりますから!!」
「……」
いやな? だからって――
「――分かりました」
言い掛けた俺の言葉を遮る様、桐生が口を開く。
「……東九条のおじ様、お父様」
「……なんだい?」
「……どうした?」
「お二方が私たちの為にして下さったのは分かりました。そして、それに感謝もしています。ですが……流石に、巻き込んだ人が多かったと、そうも思います」
「……うーん……それは彩音ちゃんが気にする事じゃないけどね? どっちかって言えば僕たちの責任だし」
「いえ、けじめは大事ですから」
「けじめ、ね。子供で居られる内は親に助けて貰えば良いと思うけど……まあ、いいや。それで? 彩音ちゃん、どうするつもり?」
「先ほどのお話では……本人同士の意思で婚約関係は解消できるのですよね?」
「そうだけど……」
頭に疑問符を浮かべる親父に、桐生は笑顔を浮かべて。
「では……婚約関係は解消して下さい」
「っ!!」
驚いて声にならない声を上げる俺に、笑んだままで視線を向けて。
「――本当に欲しいモノは、自分で勝ち取らないと。許嫁なんて、親から与えられたものでしか無いんでしょ?」
そう言って、桐生は俺に身を寄せて。
「だから――『恋人』になりましょう、東九条君。許嫁なんて、そんな与えられたものではなく……二人で」
ゆっくりと、新しい関係を築き上げていきましょう、と。
「……はは」
……そうだよ。コイツは、こういうヤツだよ。
「貴方が」
負けず嫌いで、意地っ張りで、ちょっと口が悪くて。
「私の為に」
誰かから与えて貰ったモノに満足するような、そんな『弱い』女じゃなくて。
「お父様と戦おうとしてくれたように」
――でも、とてもとても格好良くて……それ以上に可愛い。
「――私だって、戦うわ。貴方に守って貰うだけの、『ご令嬢』じゃないもの」
そう言って俺の腕にぎゅっと抱き着いて――『彩音ちゃん、サイコー!』と腹を抱えて笑う親父、ポカンとする豪之介さん、きょとんとする明美を順々に見渡し、不敵に口の端を上げて。
「――誰でも掛かって来なさいな! 東九条君はぜーったい、渡さないんだから!!」
まるで『悪役令嬢』の様な勝気な笑顔を――それでいて、真に美しい笑顔を見せてくれた。
今日の夕方にはエピローグを投稿して本編完結です! 謝辞などはそちらで書かせて頂きますので、宜しければエピローグまでお付き合い下さい。




