第百七十八話 本当に欲しいモノはきっと、勝ち取るものだから。
今回できっと、浩之パパ(と作者)へのヘイトは最高値になるんじゃないかな~。
親父の車は普通の国産車のセダンタイプ。さして広くもない車内で運転席に親父、後部座席に俺と――何故かついて来た明美が乗っている。
「……泊まって行けって言っただろうが」
「……私だって気になりますので。それに、私の部屋は真向かいですし、『ついで』ですわ」
「……野次馬根性か?」
「失礼な! 心配しているんです!!」
一瞬見せた怒気に少しだけ驚き、俺は素直に頭を下げる。
「……すまん、失言だった」
「いえ……私の方こそ、声を荒げて申し訳ございませんでした。それに……浩之さんも色々とお考えでしょうし……」
「……」
まあな。正直、豪之介さんが来てどうしようか、それが考え所ではあるが……
「……出たとこ勝負の所もあるしな」
「……」
「……どうした?」
「……最後に、もう一度だけお聞きしても?」
「……なにを?」
「浩之さん……貴方は」
本当に――彩音様を選ばれるのですか、と。
「……ああ。俺は桐生が好きだから」
「……」
「……」
「……そう……ですか」
すん、っと鼻を鳴らして明美が前を向く。
「……分かりました。それでは応援致します。頑張って……桐生様を説き伏せて下さいませ」
そう言ってふんわりと笑う明美にもう一度、頭を下げる。先程は謝罪の、そして今度は感謝の気持ちを込めて。
「着いたよ~」
親父の声を受けて視線を向けると、そこには石段に座る女の子の姿があった。桐生だ。
「桐生!!」
「東九条君!!」
車から転がり落ちる様に降りると、不安そうにエントランスの石段に腰を降ろしていた桐生がこちらも転がる様に駆け寄って来た。
「東九条君!!」
そのまま、俺の胸の中にダイブ。しっかりとそれを受け止めた俺は涙に塗れた桐生の顔を見やる。
「逢いたかった……逢いたかった!!」
「俺もだ」
そのまま桐生を正面から抱きしめる。華奢なその体は抱きしめたら折れてしまいそうな程に細い。その体をゆっくり、優しく包み込む。
「……取り敢えず桐生、上にあがろう。こんな所に居たら危ないぞ? 夜も遅いし」
「で、でも……その……此処に居たら直ぐにお父様に見つかるわよ? そ、そしたらきっと……だ、だから! 何処かに逃げましょう!」
不安そうな瞳をこちらに向ける桐生。俺はその頭を優しく撫でる。
「……大丈夫だ」
根拠は当然、ない。ないが、既に儚く溶けてしまいそうな桐生を少しでも安心させられる様、俺は微笑んで見せる。
「やあ。初めまして~」
そんな俺達を見ていた親父が桐生に声を掛けた。不安げに瞳を揺らした桐生ににこやかに笑み掛け親父は手をひらひらと振って見せる。
「東九条君の……お父様、ですか?」
「そうそう。いや~、今回は色々あったし? 僕も桐生さん……豪之介さんの方にご挨拶しておこうかなって思ってさ?」
「父に、ですか……」
「そうだよ。豪之介さんも僕に言いたい事あるかな? って」
笑顔を浮かべたまま、そういう親父。そんな親父に、桐生はぎゅっと拳を握り込んで視線を向ける。
「あ、あの! 東九条君のお、お父様!」
「ん~? なに?」
「その……わ、私と! 桐生彩音と東九条浩之君の結婚を――」
もう一度、認めては頂けないでしょうか、と。
「……離れたく、無いんです。本当に……本当に、大好きなんです」
そう言って頭を下げる桐生。そんな桐生に親父は目を丸くして驚いて、その後微笑んで見せた。
「……ひゅー。格好いいね~、彩音ちゃん。あっちにふらふら、こっちにふらふらしてた浩之とは大違いじゃない?」
「……うるせえよ」
「悪態も元気がなくなって来たね~。ま、僕個人としては彩音ちゃんみたいな可愛い子が義理の娘になるのは大歓迎なんだけど」
そう言って親父は親指で。
「どうするかは、あちらさん次第じゃない?」
黒塗りの高級車を指しながら笑った。
◇◆◇
「……私はお宅の息子さんが娘に近付くことを禁止した筈だが?」
「かたいよね~、桐生さん。でもさ? 若い男女が離れがたいって言って来たんだから、僕の一存じゃどうしようもなくない?」
「……白々しい。あれは貴方の車でしょう? 此処まで送って来た癖に……何が若い男女ですか」
「あら。バレてるか」
親父の態度にため息を吐く桐生のお父さん――豪之介さん。そんな豪之介さんが、明美に視線を向ける。
「東九条明美様、ですね?」
「は、はい。その……いつもお世話になっております」
「こちらこそ……と、言いたい所ですが……」
チラリと視線を俺に向けて。
「――何時まで私の娘に引っ付いているつもりだ、東九条浩之君。君が東九条の分家筋だろうが、それ以上娘から離れないなら容赦はしないぞ?」
射貫くようなその視線に思わず体が強張る。裸一貫、自身の力のみで此処まで桐生家を築き上げた男の顔だ。
「……」
それでも。
「……お初にお目に掛かります……豪之介さん」
俺の服の袖をぎゅっと握る桐生が居る以上、俺が離れる事はない。
「……ふむ。警告しても聞くつもりはない、と」
「……はい」
「……」
「……」
「……実力行使の方がお好みか?」
「いえ……ですが、話ぐらいは聞いて頂けませんか?」
「まず、娘から離れろ」
心配そうな桐生の視線。そんな視線に笑顔を返し、俺は服の袖を握る桐生の手をそっと放す。
「……東九条君」
「……大丈夫だ」
桐生から一歩距離を取り豪之介さんの目の前へ。百八十センチ近くあるであろうその身長に威圧されながら、それでもその場に留まる。
「……それで? 言いたい事とはなんだ?」
「……聞いて下さるんですか?」
「電話でも話したと思うが、君の意思も確認せずに婚約を結んだのはこちらの都合だ。まあ、勝手に破棄はされたが……それでも君に非は無いからな。話ぐらいは聞くのが筋だろう」
不機嫌そうな顔をしながら、それでもそう言う豪之介さんに少しばかり驚く。この人、公平な人なんだな。
「……ありがとうございます。正直、話なんて聞いて貰えないかと思いました。その……娘に近付くなって言われていたので」
「娘に近付くなと言ったが、私に近付くなとは言っていないだろう? 君から話があれば聞こうとは思っていたんだ。まあ、御託は良い。それで? 一体、何の用だ?」
――視線で人を殺せるとはこういう事か。そんな、殺意すら籠った視線を向けられて思わず逃げ出したくなる。
「……」
でも。
「……桐生との婚約を、認めて下さい」
もう、逃げない。
「……君は自分が何を言っているか、分かっているか?」
「……理解しているつもりです」
「では、それが如何に常識外れな話かも、だ。そもそも、婚約破棄は君の家から言い出した事だろう?」
「……はい」
「ああ、『それは私のせいではない』なんて言ってくれるなよ? 君の御父上が考えた末に出した結論だ。聞いたよ? 君はウチの娘を許嫁に持ちながら、あちらこちらに良い顔をしていたのではないか?」
「それは……」
「違うのか?」
「……そう、取られても仕方が無いかも知れません」
「……ならば、もう言う事は無いだろう? さあ、彩音。帰るぞ」
そう言って俺を無視して一歩足を踏み出す豪之介さん。その視界を遮る様、俺は豪之介さんの前に立ちふさがる。
「……なんだ?」
「……確かに俺は……ふらふらしていたかも知れません」
桐生との関係性だけの事じゃない。
「……」
「……面倒くさい事から、難しい事から、嫌な事から、そんな全ての事から逃げていたかも知れません」
何時だって、俺はそうだった。
「……でも」
そう、でも、だ。
「桐生との事は――」
――違う。
そうじゃない。
「――彩音の事は、真剣です。大好きです。愛しています」
桐生が――『彩音』が息を呑んだのが分かった。そちらに視線を向ければ目を真ん丸に開いてこちらを見る彩音の姿があった。大丈夫。心配するな。
「ですから……彩音との交際を、許嫁関係を認めて下さい」
もし、それが叶わないなら。
「――お嬢さんを、頂きます」
さらって逃げる事なんて、してやらない。
「貴方から、彩音を頂きます。もう、ただ、『許嫁』なんて与えられた関係に逃げるんじゃなく」
本当に欲しいモノは、きっと逃げてたら一生掴めない。本当に欲しいモノは。
「貴方と戦って――奪いとります」
きっと、勝ち取るもの、だから。
「……」
「……」
「……ふむ」
「……」
「つまり……それは何か? 彩音の事は真剣に愛しているし、ふらふらはしない。その上で、私から彩音を奪って見せると……そう言う事か?」
「……はい」
「……ふむ……良くもまあ、ぬけぬけとそんな事が言えたものだな?」
「お、お父様! わ、私も……私も、ひ、浩之が好き! 大好き! だ、だから、浩之と離れ離れなんてイヤ! 絶対に、絶対にイヤ!!」
泣きながら彩音が俺に抱き着いて来る。一瞬、豪之介さんの視線に険が増すが……それでも彩音を抱きしめる。
「……どうか……認めて貰えないでしょうか?」
「……ふん。そんなもの、返事は一つに決まっているだろう」
そう言って豪之介さんは居住まいを正して。
「――不束な娘ですが、末永く幸せにしてやって下さい」
そう言って、丁寧に腰を………………
「………………え?」
目の前の光景が、上手く処理できない。は? なんで豪之介さん、頭下げてんの?
「うーん、格好いいね~、浩之。やるじゃん!」
視界の端に映った親父が親指をぐいっと上げてみせる。えっと……
「……え?」
「ああ、こういう時ってこう言うんだっけ?」
悪戯が成功した悪ガキの様な顔をして。
「――ドッキリ、大成功~」
…………はい?
ごめんね☆彡
あ、明日最終話です。




