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第百七十七話 さよなら、優柔不断


 一瞬、親父の言っている事が理解できなかった。

「……は?」

 頭が回りだすのに、約一秒。その後、理解するのにもう、数秒。

「き、桐生はだめ? な、なんでだよ!!」

「なんでって……普通に考えてそりゃ、納得行かないでしょ? だって桐生さんからしてみたら勝手に婚約破棄だもん。浩之の顔なんか見たくなくて当然じゃない?」

「見たくないって……」

 いや、そりゃそうかも知れんが……で、でも!!

「それは親父が――」



「あれ? でも、浩之が最初に言ったんじゃん? 『なに勝手に決めてんだ』って。破棄しろとも言っていたよね?」



「――っ……だ、だが! それにしてもなんで俺に一言の相談もなく決めるんだよ!!」

「相談? なんでさ? だって浩之はイヤだったんでしょ?」

「そ、そりゃ……さ、最初はそうだったけど!!」

「今は違うって? それじゃなんでその事をお父さんに言わないの? 『最初はイヤだったけど、今は桐生彩音の事が好きです』ってちゃんと僕に伝えてくれれば、こんな事しなかったのに」

「それ……は……」

「でしょ? だから、お父さんは最初に浩之の言っていた『桐生彩音との許嫁関係はイヤだ』って認識しか無かったもん。好きになったら好きになったで、ちゃんと報告してくれなくちゃ、分かる訳ないじゃん。お父さん、エスパーじゃないし」

「……」

 正論と言えば、正論かもしれない。確かに、俺は桐生と生活するようになってから親父になんの報告もしていない。そりゃ、親父が考え違いをして婚約破棄する可能性だって充分に――

「……電話?」

 不意に、俺のスマホがブルブルと鳴った。画面を確認するとそこには『桐生』の文字が。

「もしもし? 桐生?」

『……』

「……桐生?」

『…………ぐす……ひ……ひがし……くじょー……く……』

「っ!! 桐生!? どうした! 泣いてるのか! なんかあったのか!!」

『ひっく……お父様から……ひっく……電話が……もう……東九条君と……ひっく……逢っちゃダメだって……が……学校も、転校するって……電話も……取り上げるって……ひっく……』

「はぁ!?」

 学校も転校だ!? ちょ、待て! なんだよ、それ!

『……イヤだよ……東九条君と離れ離れになんて……なりたく……ないよ……』

 電話越しにしゃくり上げる桐生の泣き声。その声を聞いて。



「――そこに居ろ。今すぐ、行く」



 ――覚悟を決める。

『……ひがし……くじょーくん……?』

「取り敢えず、泣き止め。何の心配もするな。俺も行くから」

『……うん……待って……る』

 通話ボタンを押して電話を切る。そのまま立ち上がった俺に、親父が呑気に声を掛けて来た。

「どうしたの、浩之? 何処に行くの?」

「……何処でも良いだろう」

「もしかして彩音ちゃんの所? 行っちゃダメだよ? 桐生さんに怒られちゃうから」

 茶を飲みながらそんな事を言う親父に、腸が煮えくり返りそうだ。

「うるせぇ!! 誰のせいでこんな事になってると思ってやがる!! 桐生、転校させられるって言ってるぞ!!」

 隣で明美が息を呑んだのが分かった。そんな明美の様子を気にも留めず、俺は言葉を続ける。

「桐生、泣いてたぞ!! 親父が勝手に婚約破棄なんかするから、そのせいで――」


「待った」


「――桐生はって、なんだよ!!」

 俺の怒声を聞きながら、涼しい顔で親父は。



「それってさ? 本当にお父さんのせいなの?」



「親父のせいだろうが!」

「婚約破棄したのは僕のせいかも知れないけどさ? そう仕向けたのは浩之じゃない?」

「なんでだよ!!」

「さっきも言ったけど、気持ちが変わったのなら報告してくれても良いんじゃないの? じゃないと分からないじゃん」

「それは……そうだけど! でもな? 普通は勝手に婚約破棄するなんて思わねーだろうが!!」

「それは浩之の勝手な解釈じゃない? そもそも、『許嫁』ってさ? 本人の意思は関係なく、親同士の利害関係で結んで、利害が合わなくなったら解消。そういうもんでしょ? 違うかな、明美ちゃん?」

「そ、それは……」

「明美ちゃんだってそうでしょ? 輝久が……まあ、することは無いだろうけど、『東九条の本家の為に』って縁談持ってきたら断るの? そこに明美ちゃんの意思はあるの?」

「……」

 唇を噛みしめて俯く明美。その姿に少しだけ満足した様に頷いて、親父は視線を俺に向けた。

「……そもそも前提条件が違うんだよ、浩之。許嫁ってのはそう言うものなんだから。だから、それがイヤならちゃんと報告をするのが当たり前でしょ? それとも」

 親父は視線の中にうすら寒いモノを浮かべて。




「――彩音ちゃんの事、そんなに好きじゃ無かったのかな? 関係を断たれたくないほどには……好きじゃなかったのか?」




 背筋に、冷たいものが流れた。

「ち、ちがっ――!」

「んじゃ、もっと早い段階で報告があっても良くない? それとも何かな? あっちにふらふら、こっちにふらふら、皆に良い顔してたのかな? 茜に聞いたけど、こないだバスケの試合に出たんだって? 瑞穂ちゃんの為に」

「そ、それは……で、出たけど……」

「まあ、妹みたいに可愛がってた瑞穂ちゃんを励ますためだろうけど……どうなんだろうね、それ?」

「お、親父には関係ねーだろうが!」

「まあね。でも、ちょっと疑っちゃうよね? 許嫁が居るのに、他の女の子の為に頑張るのってどうなのかな? ああ、そうそう。芽衣子さんが凜さんから聞いたらしいけど……智美ちゃんと涼子ちゃん、喧嘩したんでしょ? 浩之のせいで」

「……」

「で? その二人にはちゃんと話を付けたの?」

「付けた……けど」

「それじゃ、縁切った? 切ってないよね?」

「……」

「明美ちゃんもさっき嬉しそうに結婚式の話してたし……やれやれだよ? なに? 何時から浩之はそんなに気の多い人になっちゃったの? 皆に良い顔してるんじゃないの?」

「違う!!」

 俺の叫びを、ふんっと鼻で笑って。




「違わないよ。君は何時だってそうだよ、浩之。『決断』することから、直ぐに『逃げ』る」




 ぞっとするほど、冷めた視線を向けて来る。

「そりゃ、楽だよね? 浩之、君は何時だって『楽』な方に逃げるもんね? そもそも、彩音ちゃんとの結婚だって『楽』だったんじゃないの? だって浩之、君は『決断』が出来ない、優柔不断な男だから。父親に決めて貰った結婚相手が居れば、楽だったんじゃないの?」

「そんな事はありません! おじ様、取り消してください!!」

「そう?」

「そうです! 浩之さんは、彩音様との許嫁関係の継続の為に、勉強を一生懸命頑張っていらっしゃいました! それこそ、驚くほどに順位を上げたんです」

「へー。それって浩之一人の力?」

「そ、それは……」

「涼子ちゃんとか、成績優秀だけどさ? 助けて貰わなかったの?」

「……」

「……助けて、貰った」

「それって結構、残酷だと思わないかい、浩之?」

 呆れた様に肩を竦めて。

「……まあいいや。そんな話を聞いてたらさ? 『ああ、やっぱり彩音ちゃんじゃないんだ』って思うでしょ、普通。だからお父さんがわざわざ婚約破棄してあげたのに……なに? 感謝どころか恨み言を言われるの? 自分のせいなのに?」

「……」

「……勝手に許嫁の話を決めた事に関しては……まあ、百歩譲って謝罪するよ。でもさ? 状況をフラットに戻してあげたのに文句言われるのは、若干納得が行かないかな?」

 そう言ってしっかりとお茶を飲み切り。

「……それで? 浩之、君は」



 どうするんだい? と。



「……桐生に逢いに行く」

「なにしに?」

「桐生と逢って……それで、豪之介さんに謝って……もう一度、一から始められる様に……お願いする」

「桐生さん……お父さんの方ね? お父さん、きっと怒るよ~? もしかしたら殴られるかもね?」

「構わない」

 だって。




「――俺は好きなんだよ、桐生の事が」




「……ふーん」

「だから……俺は行く。明美は今日、泊まっていけ」

 そう言って立ち上がり、親父に背中を向ける。既に電車は止まってるだろうし、物置にあった自転車で向かおう。そう思い、玄関に向かおうと歩き出した所で。



「ストップ」



「……なんだよ? 言っておくけど、止めても無駄だぞ? まあ……確かに俺にも悪い所はあったかも知れんが、だからって親父のやった事は個人的にムカついてるし」

「寂しいね~。実の息子にそこまで嫌われると。でもまあ、お父さんにもちょっとだけ悪い所があったかもしれないから」

 そう言って親父はニヤリと笑って。



「送って行ってあげるよ、マンションまで。それで、一緒に桐生さんに謝ってあげる」



 キーホルダーの付いた車のカギを振って見せた。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんかこのクソ親父、もともと自分のやったことが発端なのにしれっとしすぎてクズみが強いなーろくでもないなーって思った。普通にイラつく。
[一言] 親がそんなんだから息子もそうなったんじゃないんですかねぇ…親の背中を見て育つとはよく言ったもの
[一言] 更新お疲れ様です。 いや、お父さん、いい感じに言ってるけど、元凶は間違いなくあなたですから…。借金して、代わりに息子に何かを背負わせるって、悪いとかの域超えて、クズですから。笑 それに、浩…
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