第百七十六話 婚約解消、そして自由恋愛解禁
浩之パパへのヘイトが凄い! 最後は皆納得の結末を迎えられると良いな~。
あ、後十話以内に本編は完結すると思います。最後までお付き合いお願いできれば……!
「……婚約……解消?」
静かに睨み合っていた二人が、俺の言葉に驚いた様に視線を向けて来るのが分かる。そんな二人を無視して、俺は言葉を継いだ。
「……どういうことだよ?」
『だから、婚約解消を受け入れて貰ったんだって。浩之、嫌だって言ってたでしょ? 本家の輝久にも『何勝手な事をしてるんだ!』って怒られたし』
「怒られたって……そんなの、今更だろうが」
『まあね~。でも、輝久がさ? 『お前は浩之の気持ちを考えた事があるのか!』って言うから。浩之、嫌だ、断れって言ってたでしょ? だからまあ、お父さん、ちょっと頑張ったんだよね~』
「頑張ったって……」
『まあ、桐生さんはちょっと怒ってたけど……でも、安心して! 浩之の生活に悪影響を及ぼす事は無い事だけは約束してくれたから!』
「約束してくれたって……っていうか、親父! 何勝手な事してんだよ!!」
『え~……浩之まで輝久みたいな事言うの? まあほら、取り敢えず帰っておいで。後でゆっくり話そ?』
「ゆっくり話そうじゃねーよ! っていうか、帰る?」
『だってそこ、桐生さんのお父さんが買った家でしょ? 許嫁でもなんでも無くなった浩之が住んでて良い道理はなくない?』
「そりゃ……そう、だけど……」
『桐生さんだっていい顔はしないだろうし……早く帰っておいで? あ、明美ちゃんもいるんでしょ? 一緒に連れて帰って来てね~』
「ちょ、待て! 親父! おや――」
電話口から聞こえる『ツーツー』という音。あのクソ親父!! 言いたいことだけ言って切りやがった!!
「……東九条君?」
「……」
「その……婚約解消って……き、聞こえたんだけど……う、嘘よね?」
「……」
「……東九条君!!」
「……マジ、らしい」
「……そんな!」
桐生の表情に一層の悲壮感が宿る。そんな桐生の頭をポンポンと撫でて、視線を明美に向けた。俺の視線に、明美がびくっと体を震わす。
「わ、私じゃないですよ!? た、確かに反対はしていましたが、私は――」
「分かってるよ。別にお前のせいだと思ってるわけじゃない。まあ……色々と話があるから明美も連れて帰って来いって親父が言ってる」
「おじ様が?」
「そうだ」
ふぅっと小さく息を吐いて俺は天井を見つめる。と、隣に座った桐生がくいくいっと服の裾を引っ張った。
「どうした?」
「ねえ……か、帰っちゃうの?」
「……」
……本音を言えば、帰りたくはない。帰りたくは無いが、流石に情報量が多すぎてパニックになりそうな感はある。
「……一度、帰ろうと思う」
「そんな!」
「許嫁関係の解消については俺らだけじゃどうしようもないからな。だからまあ、一度家に帰って親父としっかり話をする必要はあると思うんだよ」
「……」
「……それに……豪之介さんの心証も良くはねーだろうしな」
親父の話じゃこっちの都合で勝手に婚約破棄したんだろうし、そりゃ心証も良くねーだろうよ。親父の言う通り、此処は『桐生の家』の持ち物だしな。許嫁じゃない俺は赤の他人、そんな男が娘と二人きりなんて腹も立つだろう。
「……うん」
「だからまあ、一遍家には帰る。此処でごねて一緒に居るよりは……先々の事を考えると、一度実家に帰ってあのクソ親父とちゃんと話して来るのが一番良い選択だと思う」
「……うん。分かった。その……お願いね? 私もこれから、お父様に連絡してみるわ」
「おう。それじゃ明美? お前も来い」
「わ、分かりました」
桐生と簡単に別れの挨拶を済まして、身支度を整えて家を出る。明美はそのまま俺の後ろについて実家までの切符を購入、そのまま電車に乗り込んで一路家路を急ぐ。
「お、浩之? 早かったね~。お帰り~。明美ちゃんはお久しぶりだね? 元気にしてた?」
「……お帰りじゃねーよ、クソ親父」
玄関で靴を磨いていた親父があっけらかんとそんな事を言う姿に無性に腹が立つ。黙ってジト目を向けていると、親父が少しだけ困った様に眉を八の字に下げた。
「もう、そんなに怖い顔しないでよ、浩之。いや、本当に悪かったからさ! 取り敢えず玄関先でする話でもないし、居間の方に行こう? 芽衣子さーん。お茶、淹れて~」
奥の方から『はーい』という母親の声が聞こえて来る。その声に満足そうに頷いて、親父は腰を上げた。
「さ、それじゃ行こうか。明美ちゃんもお茶で良かった?」
「は、はい。宜しいのですが……」
「さっきも言ったけど玄関先でする話でも無いでしょ? さ、いこいこ」
そう言って歩き出す親父の背を追うように俺と明美も家の中に上がる。台所でお茶の用意をしている母親に『ただいま』と挨拶をして居間の卓袱台の前に座っている親父の前に腰を降ろした。
「……で? どういうことだよ? 説明しろ」
「説明って……いや、さっき電話で言った通りだよ? 浩之、許嫁イヤだって言ってたでしょ? だからお父さん、ちょっと頑張ったんだけど……なに? ダメだった?」
「ダメだって……いや、ちょっと待て。確か親父、借金が有ったって言って無かったか?」
「それは輝久が肩代わってくれた。まあ、正確には輝久からお金借りて桐生さんにお支払いした形だけど……ともかく、桐生家にはもう借りは無いよ?」
結局、輝久に借りが出来たけどね~と情けない顔で言う親父。と、そこまで聞いていた明美が口を開いた。
「その……父が資金援助をした、という事ですか?」
「援助と言えば援助だね。あ! 安心して? ちゃんと金利付けて返すから」
「いえ、それは宜しいのですが……その、おじ様は借金があったから桐生家との縁談を纏めたのですよね?」
「そうだね~」
「そ、それでは……その、今度は私の父に借りが出来たという事は……その、ひ、浩之さんの許嫁は!」
「おい!」
期待の籠った眼差しで親父を見る明美。いや、お前、何言ってるの!?
「……邪魔しないで下さい、浩之さん」
「するに決まってんだろうが! 何考えてんだよ、お前!」
「浩之さんと彩音様には申し訳ないし、酷な現実だと思います。思いますが、折角降って湧いたチャンスを座して待つほど、私は甘くはありません!」
「いや、チャンスって!」
知ってたけど! こいつが意外に肉食系女子って知ってたけど!
「……明美ちゃんは本当に小さい頃から浩之の事、大好きだよね~。何処が良いの、浩之の? 明美ちゃんなら選びたい放題だと思うけど?」
「理屈ではありません。誰でも選びたい放題であれば、私は浩之さんを選びますし、選択肢が無いのであれば、喜んで浩之さんを選びます」
「……愛されてるね~、浩之」
キラキラさせた目のまんまそんな事を宣う明美に少しばかり親父が引いている。だよね? 俺だってドン引きだよ。
「……まあ、ともかく明美ちゃんとの許嫁も無いよ? 輝久に言われてるしね~。『そんな人身売買みたいな事が出来るか! そもそも、浩之を金でどうこうしようと思わん!』って」
「……金払う価値無いってこと?」
「そんだけ大事だってこと。ちなみに輝久は、『自由恋愛で明美を選ぶのは大歓迎』だってさ?」
「……お、お父様……し、信じておりました! おじ様、それでは挙式は何時にしましょうか!」
「お、明美ちゃんノリノリ? それじゃ……」
「待て。つうか何を暴走している、馬鹿二人」
ジト目を向ける俺に『は、ははは』なんて変な笑いを浮かべて居住まいを正す二人。そんな二人にため息を吐いて、俺は言葉を続ける。
「つまり……俺と桐生の許嫁は解消。別に後釜に誰か別の許嫁が出来る訳じゃねーって事だな?」
「ざっくり言えばそうだね。自由に恋愛をしてくれたらいいよ。後、今回は色々と浩之振り回して悪かったから、お詫びになんでも……は無理だけど、出来る範囲で何かさせて貰うよ。お小遣いアップとかどう?」
「……金で釣るのかよ、実の息子を」
「お金は大事だよ? お父さん、今回で色々学んだし」
……確かにそうだろうな。実害出たのは俺だが。まあ、お小遣いアップしてくれるんなら良いか。その……まあ、色々あったけど、結局の所この許嫁関係で桐生とも仲良くなることが出来たし。
「……」
……まあ、よくよく考えればこれはこれで良かったかも知れない。だってお前、これから先こう……桐生と彼氏彼女の関係になってさ? その上で二人暮らしなんてした日には色々持たんかも知れんし。主に、俺の理性とか。
「あ、そうそう、浩之」
節度あるお付き合いってどんなのだろう、なんて事を考えていた俺に。
「自由恋愛って言ったけど……彩音ちゃんはダメだよ? 桐生さんに『ウチの娘に近付かせるな!』って言われたから。でもまあ、良いよね? 浩之、彩音ちゃんの事嫌ってたみたいだし……なんだっけ? 悪役令嬢って言って無かったっけ?」
安定のタイトル詐欺