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第百七十二話 デートに行きましょう


 水曜日から始まったテストは木曜日、金曜日と怒涛の三日間を終えてようやくひと段落ついた土曜日。

「……おはよう。早いわね、東九条君」

「おはよう。朝御飯、食うか? オムレツ作ってみたんだが」

「……オムレツ?」

 キッチンに立つ俺に、少しだけびっくりした様に目を見開く桐生。テーブルの上にはオムレツとスープ、焼く前のトーストが置かれていた。

「……どうしたのよ、これ」

「どうしたって……作ったんだが?」

「それは分かるわよ。そうじゃなくて……なんで?」

 なんでって……

「テスト中はずっと作って貰ってただろ? 恩返しってワケじゃないけど……まあテストも終わったからな。食うか?」

「……そう。ありがとう。頂くわ。オムレツはもう食べても良いの?」

「出来立てだからな」

「起きた瞬間に出来立てが食べられるなんて、至れり尽くせりね」

「長い……訳では無いだろうが、一緒に暮らしてるしな。休日に起きる時間ぐらいは分かるよ。ホレ、トースト焼いて来るから先に食べておけ」

 俺の言葉に素直に頷いて、桐生は席に着く。パン焼き器に食パンを突っ込んで二、三分、チン、という音共にうっすら焦げ目の付いたトーストを桐生の目の前に運ぶ。

「ほれ、どうぞ」

「……んぐ。ありがとう。美味しいわね、このオムレツ」

「だろ? 隠し味が入ってるから」

「隠し味?」

「愛情」

「ごほっ!? あ、愛情!?」

「冗談だよ」

 喉に詰まらせてむせる桐生に、苦笑しながらオレンジジュースを差し出す俺。目を白黒させてそれを飲み干し、コップをこちらに返しながら桐生が涙目で睨んで来る。

「……もう……なによ、なによ……馬鹿にして」

「別に馬鹿にはしてないって」

「その苦笑いは何よ!」

「いや……可愛いな~と思って」

「か、かわ!? あ、貴方ね! 揶揄うのもいい加減にしてくれない!!」

「別に揶揄ってはねーってば」

 頬を赤く染めたままこちらを睨む桐生に、俺は苦笑の色を強くして両手を挙げて降参のポーズ。そんな俺をもう一度じとっとした目で睨みつけて、桐生はため息を吐いた。

「……もう良いわ。この美味しいオムレツに免じて許してあげます」

「さんきゅ」

「……でも、これ本当に美味しいわね?」

「卵をかき混ぜる段階で隠し味入れてるから、オムレツ単体で食っても味がする様に作ったんだよ」

「ああ、だから上に乗っているケチャップ少ないのね?」

「そういうこと。もうちょっとケチャップいるか?」

「いいわ。今のままで充分美味しいし……なんか今日の貴方、変だもの。ケチャップ持ってきてオムレツの上にハートとか書きそうだし」

「『美味しくなーれ』ってやってやろうか?」

「気持ち悪いから止めてくれる?」

「ひでーな、おい」

 桐生の言葉に苦笑の色を強くする俺。そんな俺をジト目で見ていた桐生だが、諦めた様にため息を吐いて箸をオムレツに戻す。

「……なあ、桐生?」

「なに? 今度は何を言ってからかうつもりなの?」

「からかうつもりは無いんだが……今日、暇か?」

「今日? 特に予定は無いけど」

 そうかいそりゃ良かった。なら。



「――デート、行かね?」



 もう一度噴き出した桐生に、俺がオレンジジュースを差し出したのはまあ、言うまでも無いだろう。


◇◆◇


「それじゃ、行こうか。どっか行きたいところ、あるか?」

 食事を済ませて小一時間ほど食休み。九時半を回った所で俺と桐生は連れ立って玄関を出る。今日の桐生はパンツルックの活動的なスタイルだ。

「……特には無いけど……えっと、何処に行くの?」

「全くのノープラン。どっか行きたい所があればそれを優先しようと思ってるし、特に無いんなら……」

 そう言って桐生の全身を見渡す。

「そうだな、折角動きやすい格好してくれてるし、アラウンドワンとかでも良いかと思ってる」

「先日、智美さんと行ったところね?」

「そうそう。あそこだったらなんでもあるしな。図書館とか映画館でも良いけど……どっちが良い?」

「……アラウンドワンで」

「そうか? 遠慮しないでも良いぞ? 図書館、最近行って無いんじゃねーか?」

「してないわよ、遠慮なんて。図書館デートも良いけど……図書館だと、やっぱりお喋り出来ないじゃない? 一人の時間っていうか……」

「まあな」

 多少のお喋りは許されるんだろうが、流石に大声で話したりとかはNGだろうしな。

「それに……東九条君、勉強ばっかりだったし、そろそろ運動もしたいんじゃないかな、って思って。そもそも貴方、図書館そんなに好きじゃないでしょ?」

 クスクスと笑う桐生に俺は頭を掻いて見せる。まあ……ぶっちゃっけ、そんなに好きなワケじゃないが。むしろ、涼子と桐生の二人の本のキャリー経験で若干トラウマになってるまである。あそこ、煩い司書さんもいるし。

「だからアラウンドワンで良いわ。どうする? バスケットでもする? 今なら多少は相手になると思うわよ?」

 むん、と可愛らしい表情で腕を上げてみせる桐生。あー……バスケも良いけど。

「あー……そうだな。バスケも良いけど、たまには別のスポーツも良いかな。テニスとかどうよ?」

「テニス? 貴方、やった事あるの」

「ねーな。でもお前はあるだろ、テニス? お嬢様だし」

「なによ、その理由。お嬢様だしって」

「あれ? ねーの?」

「そりゃ、あるけど……得意な方よ、テニス。中学校まではスクールにも通ってたし」

 やっぱり。なんつうか、テニスとゴルフは金持ちのスポーツのイメージだしな。

「……でも、なんでテニス?」

「……なんでって……なんとなく、だよ」

「……怪しいわね」

「怪しくはねーよ。まあなんだ? さっきも言ったけどたまには別のスポーツでも良いかなって。あそこはホラ、ラケットも貸してくれるしさ? それとも、マイラケットじゃないと力が発揮できないタイプ?」

「弘法、筆を選ばずって言うでしょ? まあ、弘法大師ほど上手い訳じゃないけど。お遊びでやるならそれで充分よ」

「ガチの大会とかは出た事あんの?」

「スクールに居たって言ったでしょ? 全国ランカーには遠く及ばないけど、小さい大会では優勝したりしたわよ?」

「すげーじゃん」

「本当に小さい大会よ? それこそ、こないだのバスケの市民大会レベルのね。だからまあ、得意って大口叩いたけど、そんなに強い訳じゃないわ。基本が出来る程度よ」

「充分だろ。教えてくれよ、テニス」

「……良いわ。それじゃ、貴方を鍛えて上げましょう! 大会に出れるくらいには!」

「そこまでガチ?」

「やるなら本気じゃないとつまらないでしょ? 折角だし、ラケットも買う? ウェアとかも買って」

「……それはまあ、おいおいな」

「ふふふ。桐生家、長野に別荘があるんだけど、そこにはテニスコートもあるから何時か一緒に行けたら良いわね?」

「……そうだな」

 それは楽しそうだな、うん。満足して頷く俺に、桐生が何かに気付いた様にはっと息を呑んだ。

「……もしかして東九条君、急にテニスしようって……」

 ……バレたか。

「……勝手なイメージだけど、金持ちって避暑地でテニスしてるイメージがある。そういう場面で、『テニスなんて出来ません』じゃちょっと格好が付かないかな、とは思ってる」

「……試験、自信あるの?」

「あー……どうだろうな? 試験自体はすげー頑張ったし、今までで一番出来た気はしてる。してるけど……正直、十番以内ってのがどのレベルなのかは全然分からないから、自信があるかどうかは微妙っちゃ微妙かも」

 きっと、過去最高点は取れてるだろうが、それが果たしてどのレベルなのかは正直分かんねー。

「……だから……まあ、後は運を天に任せるって感じかな。試験自体は頑張ったんだし、今更考えても仕方ねーよ」

「……確かにそれはそうね。今更後悔しても遅いし」

「だろ? なら、ウジウジと悩むよりも……そうだな、お前に相応しい男になる様に他の事を頑張った方が良いさ」

 明美が言ってた通り、勉強だけが全てじゃねーんだろうしな。経営もそうだけど、業界や取引先との付き合いなんかもあるだろうし、テニスだって出来ないよりは出来た方が良いだろうって気持ちもある。

「……嬉しい」

「……」

「……嬉しいよ、東九条君。そんなにちゃんと考えてくれてるなんて」

「ちゃんとって……テニスだぞ?」

「ううん」

 そうじゃなくて、と。



「私との『未来』を考えてくれてるのが……本当に、嬉しいわ」



 照れ臭そうに――それでいて、嬉しそうに。


「……そうかい」


 気恥しさから、そんな桐生から視線を背けて俺は歩き出した。


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