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第百六十三話 お隣さんとのお昼ご飯


『それじゃ、ごめんね? 行ってくるね?』と、若干名残惜しそうに玄関の前でふりふりと手を振った桐生を見送って、二時間ほど。

「……腹減った」

 机の前で集中していた勉強していた俺が視線を上げると、机の上においてある時計の短針はてっぺんを指していた。十二時だ。

「……なんか喰うものあったっけ?」

 バキバキと体を鳴らしながら、俺はキッチンに向かう。冷蔵庫を開けると、そこには様々な食材が入っていた。今日はこれで昼飯でも――

「……あちゃー」

 ――食材自体はあるが、炊飯器の中に米が無い。今から炊いても良いが……流石にそれじゃ腹減るしな。

「……うし!」

 飯でも食いに行こう。そう思い、俺は自室に帰り財布とスマホを持って玄関を開ける。と、丁度隣の部屋のドアも開いた。

「……浩之さん?」

「明美か。どうした?」

「ちょっと買い物でも行こうかと……浩之さんは?」

「俺はアレだ。ちょっと腹が減ったから飯でも食いに行こうかなってな。こっから一駅行ったところに旨いラーメン屋があるんだよ」

 ラーメン屋なのに、炒飯が抜群に美味いんだよな、あそこ。ラーメンも旨いし、あんまり頻繁には行けないけど、がっつり食べたいときには結構ベストだ。

「……時に、浩之さん?」

「ん? どうした?」

「私、これからお昼ご飯にしようかと思っていたんですよ」

「ん? ああ、昼時だもんな。その買い物?」

「ええ。ですが……今の話を聞くと、ラーメンも良さそうですね」

「そうか?」

「……え? ひ、浩之さん、ラーメン食べに行くんじゃないですか? なんでそこで『そうか?』って返しになるんです?」

「いや、俺はラーメン好きだけどよ? 明美、ラーメンとか食うタイプだっけ?」

『ザ・お嬢様!』を地で行く明美が、なんとなく店内全体が油っぽい感じがするラーメン屋に行くってこの上なくミスマッチな気がするんだが。そもそも、女子高生ってラーメン屋に連れて行くと怒るんじゃねーの?

「もっとオシャレな所が良いかと」

「……なんだと思っているんですか、私のこと」

「お嬢様だと思っている」

「……はぁ」

 呆れた様に額に手を当てて、やれやれと首を振って見せる。

「……ラーメンぐらい普通に食べます。むしろ、好きな方です」

「そうなの?」

「ええ。まあ、イメージもありますので然程食べに行けませんが……だからこそむしろ、『こちら』では食べに行きたいのですよ」

「……なるほど」

 明美の通ってる学校はお嬢様学校だし、制服で行ったら目立つわな。学校帰りにふらっと、とかは出来ないだろうし、かと言って一度家に帰ったら帰ったで、家政婦さんが作った飯があるもんな。

「たまにはジャンクも食べてみたい、って感じか?」

「有体に言えばそうです。だから、ラーメン、食べたいな~って」

 そう言って上目遣いでこちらを見やる明美。なるほど、そういう事ね。そういう事なら。



「そっか。それじゃ、此処の駅前に結構上手いラーメン屋、あるぞ? そこ行ってみれば?」



「え?」

「え?」

「……浩之さん? 今までの流れでなんでその会話になるんですか?」

「いや、だってラーメン食いに行きたいんだろ?」

「そうですよ?」

「んじゃラーメン屋を紹介するのって、そんなにおかしい事か?」

「……浩之さん、ラーメン食べに行くんですよね?」

「……そうだが」

「それじゃ普通、『んじゃ一緒に行こうか?』ってなるんじゃないんですか!!」

 ガーっと捲し立てる明美。お、落ち着け、近所迷惑――じゃないか。このフロア、今は俺と明美しか居ねーし。

「……落ち着け。なんだ? お前、俺と飯食いに行きたかったのか?」

「逆に聞きますけど、行きたくない理由があると思います? 浩之さん、忘れてますかね? 私、浩之さんに告白どころかプロポーズ紛いの事をしているんですよ? 勉強のし過ぎでボケましたか?」

「ボケてねーよ。ボケてねーけど……」

 いや……まあ、うん。

「……その話聞いたら尚の事行けねーよ」

「……なぜ?」

「だってそれは……なんだ、男として俺が好きで、だからこそ一緒に飯食いに行きたいって事だろ?」

 自分で言っておいて『おいおい、浩之君? なにモテキャラ演じてんの?』って思うけど……でもまあ、そういう事だろ?

「そうですね。浩之さんと一緒に食事に行けたら幸せだな~と思ってます」

「……だろ? それはその……なんつうか」

 だってさ? それって、その……こう……

「彩音様に対する裏切りだ、と?」

「裏切りって程でも無いけど」

 なんとなく、あれだけ甲斐甲斐しく世話を焼いてくれてる桐生に申し訳ない気がする。

「……分かりました」

「分かってくれたか?」

「では、彩音様も入れて三人ではどうですか? 二人っきりで行くことに罪悪感を感じているのなら、他に人が居れば良いのでしょう?」

「桐生は今、智美とか涼子とかと買い物行ってるよ」

 桐生が居るならそもそも俺、一人で飯食いに行かねーし。家で食うか、桐生と行くわ。

「……智美さんと涼子さん? ああ、お友達なんですね。では……」

 そう言って明美はスマホを取り出すと、どこかに電話をかけ始める。ほどなくして繋がったのか、明美の口から言葉が漏れた。

「……もしもし……ええ、そうです。ええ、ええ、ご無沙汰しております。ええ……え? 招待? 何を仰っているのですか。貴方なら招待しなくても勝手に来るでしょう? ……良いに決まってます。それで、ちょっと申し訳ないのですが彩音様に代わって頂けないですか?」

 電話の相手は……きっと、智美だろ。尚も電話口で何かを喋る明美からなんとなく目を逸らしてみるとは無しに廊下を見ていると、トントンと肩を叩かれた。

「浩之さん、電話を代わって欲しいそうです」

「……桐生?」

「はい」

 にっこり微笑む明美にため息。そのままスマホを預かって俺は電話に出る。

「……もしもし」

『東九条君? 桐生です』

「おう。楽しんでるか?」

『ええ、お陰様で。それで、明美様にお聴きしたんだけど……二人でご飯を食べに行きたいって?』

「……言ってねーよ」

『? ああ、ごめんなさい。明美様が『私が誘ってもガンとして行ってくれません』って。明美様、一人でこの街に来て心細いのに、東九条君が冷たいって言ってたわ』

「……そんなタマかよ、アイツ」

『智美さんも同じこと言ってたわ。でも……東九条君と明美様、ご親戚でしょ? なら、一緒にお食事に行くくらいは……その、良いかなって』

「……良いのか?」

『……本当はあんまり。でも、私、そんなに束縛したくないし……ああ、束縛……って云うか、独り占めにはしたいけど……こう、重い女って思われて東九条君に嫌われたくないから』

「……嫌わねーよ」

『……ありがとう』

「礼を言われるほどの――」

『そうじゃなくて……その、最初は私の事考えて断ってくれたんでしょ? そ、それが、その……う、嬉しいな~って』

「――……まあ、うん」

『だ、だから、ご飯ぐらいは大丈夫! そもそも貴方、こないだ涼子さんと二人で勉強してたでしょ?』

「あんときはホラ……まあ、色々あるんだよ」

 別に涼子と明美に差を付けてるワケじゃねーぞ? 今なら涼子と二人で飯とかも多分、断ると思うし。

『だ、だから……ご飯くらいなら、そんなに嫉妬しない様に頑張るから。明美様とお食事、行ってあげて? あ、でも、浮気はダメだよ?』

「……しねーよ。分かった、それじゃ明美と飯食いに行って来る。それじゃ、切るぞ?」

『うん。それじゃ明美様によろしく』

 スマホの通話終了ボタンを押して、明美の方に視線を向ける。そこにはニコニコした笑顔を浮かべた明美の顔があった。

「……それでは浩之さん? 行きましょうか、ラーメン屋さん」

「……そうだな。ホレ、スマホ、返す」

「ありがとうございます。ああ、浩之さん? そのラーメン屋さんって『辛い』ラーメン、ありますか?」

「辛いラーメン?」

 辛さ選べるタイプのヤツ? 確かあった様な気がするが……

「なんだ? お前、激辛とか好きなヤツだっけ?」

「いえ、そういう訳では無いですが」

 そう言ってにっこり笑って。



「――スマホから漏れ聞こえてくるお二人の会話が、砂糖を吐きそうなほど、甘かったので。調節しないと」



 ……笑顔なのになんだか圧を感じさせる明美に、俺の背筋に冷たいものが流れた。


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[一言] 好きな男とのデートで激辛ラーメンを注文する女
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