第百六十話 涼子との勉強会
「涼子、此処は?」
「何処? ……ああ、此処はね~」
藤田からワクドを奢って貰って一週間ほど経ったある日、涼子からの『想定問題集が出来たよ~』という言葉を受けた俺は学校の図書室で勉強会を行っていた。
……ちなみに桐生さん、この勉強会にはいたく御不満だったようでほっぺを膨らまして『ズルい!』と抗議をしていたが……涼子の『一緒にお勉強会するって約束したもん。役得だもーん』の一言で黙って引き下がった。いや、黙ってでは全然なくて『……勉強だけだからね! 勉強だけだからね!』とまるで親の仇を見る様な目で俺を睨んできたが。
「……ええっと……どうだ? これで合ってるか?」
「……うん! 正解! さっすが浩之ちゃん!」
「うし! これでこの単元はなんとかなりそうだな! ありがとうな、涼子!」
今は苦手の数学を勉強中。運のよい事に今回は出題範囲も然程広く無く、覚える公式も少なくて済む。元々文系よりの俺的にはこれが何より助かるよ、うん。
「今回は範囲もいつもより狭いから、要点押さえて勉強すればそこそこ点数は取れると思う。十番以内ってなると、数学で八割は最低欲しい所だからね」
「お前、前回のテストで一番悪かったのは?」
「生物の八十六点。他でカバーって感じだったね」
「……先は長そうだ」
……まあ、やるしかないんだが。そんな俺に苦笑を浮かべながら、涼子は視線をノートに向ける。
「……それにしても流石だね~、浩之ちゃん。やっぱり元々頭は悪く無いんだから、ちゃんと勉強しておけば良かったのに」
俺のノートに書かれた解答を観ながら嬉しそうにそういう涼子。
「……そうか? 俺、中学校の時からずっと成績は低空飛行じゃねーか」
「まあ、中学校の時はそうだけど……覚えてる?」
「なにが?」
「私達三人の中で、一番最初に『ひらがな』読めたの、浩之ちゃんなんだよ? 絵本が読みたいって」
「……いや、いつの話だよ」
保育園の時の話だろうが、それ。しかも別に頭の良さ、関係ないし。
「あの時の浩之ちゃん、趣味読書だったのにね~」
「絵本を読書と……まあ、言うのか? でもそれと頭の良さは別だろ?」
それにしても俺にもそんな高尚な趣味があった時代があったんだな。忘れてたわ。そんな俺に、涼子はゆっくりと首を左右に振る。
「浩之ちゃんの頭の良さは……なんて言うんだろう? 『勘』って言うのかな? 言ったことの理解が早いんだよね~」
「……そんな事は全然無いんですが」
涼子の言う通りなら俺、学年でも上位じゃね、成績。
「勿論、一を聞いて十を知るとまでは言わないよ? でも、懇切丁寧に一から十まで教えても分からない人もいるから……その点、浩之ちゃんは五くらい話したら『ん、分かった』って言うでしょ?」
「……まあな。でもそれ、涼子の教え方が良いからじゃね?」
「さっき言ったじゃん。丁寧に教えても分からない人もいるって」
「……流石、優等生」
まあこいつは物腰も柔らかいし、テスト前は結構色んな人が聞きに来てたしな。そんな中には教えても分からん奴も居たんだろう、きっと。
「それに浩之ちゃん、集中力が凄いし」
「……そうか?」
「そうだよ。ひらがなの時も思ったけど、一度これをやるって決めたら脇目も振らずに取り組むでしょ? だから『伸び』が凄いんだよ」
「……そんな事も無いと思うけど」
「バスケットだってそうでしょ?」
「ありゃ別じゃね? 好きだったからだし」
「でも、『努力』を出来るっていうのは凄い才能なんだよ? 苦しくても、辛くても、目標の為に頑張れるっていうのは」
「藤田曰く、好きな事をしている以上『努力』って言わないらしいが」
俺の言葉に少しだけ驚いた様に目を丸くして、その後涼子はコロコロと笑って見せる。
「藤田君っぽい意見だね~。まあ、間違ってはないけど……でも、やっぱり私は好きな事をしてもやっぱり努力だと思うんだ」
「……そうか?」
「そうだよ。例えば私、本が好きでしょ?」
「だな」
「でも私が好きなのは『本を読む』って行為だけなんだ。本当に本好きな人は図書館の雰囲気とか、本屋に行ってお目当ての本を探すまでに素敵な出会いがーとか言う人もいるけど……私はどっちかって言うと、『これ』って決めて本を買う方だから、はっきり言えばそれまでの過程ってどっちでも良いんだよね」
「……ほう。なんか意外。なんでも読んでるイメージがあったが」
つうか図書館で十冊持たされた記憶があるんだが? 俺の視線に気付いたか、少しだけ苦笑を浮かべる涼子。
「まあ、折角行ったんなら選ぼうかなっていうぐらいの気持ちはあるよ? ただ、目的も無しに図書館に行くことはしないってこと。本って結構重いし……インドア派だし、私」
「……優秀な荷物持ちだろ、俺」
「その節はどうも。まあ、結構ミーハーだからね、私。ネットの評判とか見て買うタイプなんだ。でもさ? こう、衝動的に欲しい! って思った本って、ネットで注文すると待たなくちゃいけないじゃない? だから、そうなると必然的に本屋とか図書館に出向く事になる訳で」
「……なるほど。本を読むための『努力』をしているって事か」
「正解」
「……確かに言われて見ればそうかもな。俺だってバスケ好きだけど、『カニ』とか『持久走』とかは別に好きじゃ無かったし」
「そういう事。バスケをすることが好きでも、バスケってボール使ってする練習だけじゃないでしょ?」
……一理あるな、それは。そう思い頷く俺に、涼子は嬉しそうに笑って見せた。
「……ね?」
「なんの『ね?』?」
「勘が良いでしょ、浩之ちゃん。私の話を聞いて、直ぐに私が何を言いたいか理解してくれる。簡単なようで中々難しいよ、これ」
「……」
「だから、浩之ちゃんは一生懸命勉強に打ち込めば、きっと伸びると思ってたんだ。『努力が出来る』って才能があるのも知ってるし、要点を掴む事も出来るし、集中力もある。常々勿体ないな~って思ってたんだよ?」
「……なんかすまん」
「いいですよーだ。まあ、どうせ浩之ちゃんは私が言っても勉強なんかしないもんね? 浩之ちゃんが勉強するのは追い込まれた時だけだもん。高校受験の時とか」
「……その節はご迷惑をお掛けしました」
付きっ切りで教えて貰ってたもんな、涼子に。
「……つうかその時もだけど、今回も……わざわざ予想問題まで作って貰って……その、申し訳ないというか……」
「今更じゃん。それに、人に教える事で勉強になる……と、綺麗ごとを言っても良いけど、浩之ちゃんはそんなに気にしなくて良いよ? 私だってメリットがあるんだし」
「メリット? あんの?」
そんな俺の視線に、涼子はにっこり笑って。
「私ね? 昔から、浩之ちゃんの努力する姿、大好きなんだ。格好いいと思うんだ。そんな格好いい浩之ちゃん、独り占めだもん」
まあ、それが『私の為』じゃないのが悔しいけど、とペロッと舌を出して。
「そういう事だから気にせず、さっさと勉強しよー!」