第百五十九話 集中できない、その理由⇒意思の弱さ
土曜日、日曜日と開けて月曜日。一日の授業を終えた俺は鞄を持って席から立ち上がる。
「おーい、浩之? なんか食って帰らねーか?」
聞こえてくる声は藤田。そちらに視線を向けると、俺と同様に鞄を持って立ち上がった藤田の姿があった。
「昼飯、食って無いのか?」
「いいや。でも今日、ちょっと量が少なくてさ。バイト代も入ったし、ワクドぐらいなら奢ってやるぞ?」
「そりゃ有り難い話だが、俺より有森に奢ってやれよ」
「勿論、そのつもりではあるが……アイツ、今日は部活だしな。それに土曜日はお邪魔しただろ? その礼も兼ねてな」
「んなもん、気にしなくて良いぞ。そもそも会費制だったろうが」
場所の提供ぐらいで奢って貰う必要はないぞ? 俺も楽しかったし。
「そうか? それじゃまあ、言い方を変える。一人でワクドはちょっと寂しい。付き合えよ~」
「ワクドくらい一人で行け。子供か、お前は。なんだよ寂しいって」
そう言って笑う俺に、藤田が不満そうに睨んでくる。そんな藤田に俺は笑顔を苦笑に変える。
「……しゃーねーな。駅前のワクドなら付き合ってやる。でもお前、食ったら直ぐ帰れよ?」
「なんで?」
「勉強すんの。言っただろうが、土曜日に」
本当は図書室でやろうかと思ったんだが……まあ、あんまり静かすぎる環境はかえって落ち着かない気もするしな。ワクドくらいの喧騒が丁度良いだろう。
「……言ってたけど……大丈夫か、お前? まだテスト一か月前くらいだけど……」
「大丈夫って……なんの心配だよ? 頭か?」
「頭って……いや、頭か? つうかお前、一か月前に暗記とかして覚えてられんのか? 頭の作りは似たようなもんだろうが」
「お前は……」
なんて失礼なヤツだ。
「……正直、俺もそれは結構不安ではある」
……失礼なヤツだが、正しいご意見だ。ぶっちゃけ、今までずっと一夜漬けで来たから正直自信はない。
「まあ、それでも早いうちからやってた方が良いだろ、勉強なんて。優等生組の発言を聞く限り」
「……まあな」
「なんだよ? 不満か?」
「いや、不満じゃねーけど……それが出来ないから、俺ら劣等生組なんだろ?」
「……まあな」
色々誘惑が多い世界だしな。いや、意思の弱さが一番なんだが。
「それじゃ、邪魔しちゃ悪いか?」
「いや……まあ、どうせ集中できるのなんて一時間とか二時間くらいだろ? ワクドで飯食ってその後、そのまま勉強するわ」
「そっか……んじゃまあ、行くか」
そう言って藤田は教室のドアまで歩き。
「……ワクドで勉強するのか? いや、家に帰ってすれば?」
振り返りそういう藤田に一つ、ため息を吐いて。
「……勉強出来ねーんだよ、家じゃ」
そんな俺の言葉に藤田が首を捻った。
◇◆◇
「……んで? 勉強出来ねーって、なんで?」
左手に持ったビッグワクドにかぶりつきながら、右手に持ったポテトで俺を指す藤田。そんな藤田の視線に、ダブルチーズバーガーを齧りながら俺は言葉を返す。
「その……桐生が居るだろ?」
「……なんだ? 喧嘩か?」
心配そうに眉根を寄せる藤田。そんな藤田に俺は黙って首を左右に振る。
「お陰様で至って仲は良好だよ。その……なんだ。桐生も、俺が頑張る事を応援してくれてるし」
「……」
「……なんだよ?」
「いや、愛されてるね~って思って。まあ、桐生の立場からしてみればそうだよな。自分の為に頑張ってくれるなんて、嬉しいんだろ?」
「……まあ」
「それも、自分との許嫁関係を守るため、だもんな。それを桐生が応援してくれるって事は……」
「……それ以上言うな。分かってるから」
「はいはい。ご馳走様~」
「……ご馳走になってるのは俺だけどな」
にやにやと笑う藤田を睨みながら、俺はバーガーにかぶりつく。くそ! イヤな笑い浮かべやがって。
「……あれ? でもじゃあ、なんで? なんで家で勉強出来ねーんだ? 桐生も応援してくれるって事は、邪魔されたりするワケじゃねーんだろ?」
「ああ。全然、邪魔じゃないんだが……」
……ああ、イヤ。
「……邪魔かも」
「……は?」
「いや、邪魔って言うと語弊があるんだが……その、な? すげー応援してくれるんだよ。具体的には『東九条君、お茶が入ったわ』とか『東九条君、今日から料理は私が作るから』とか……『分からない所があったら直ぐに聞いてね!』とか」
「良い事じゃん。なに贅沢な――」
「いや、有り難いんだよ? 有り難いんだが……三十分置きにお茶持って来られても」
「――……そ、それは……」
「気になるんだろうな。そのたびに、『どっか分からない所はない?』って聞いて来るんだよ。んでまあ、はじめたばっかりだからそんなに躓く所もねーだろ?」
「……まあ、開始早々躓いてたら不安だな」
「だから『特にない』って言うんだけど……そしたらアイツ、ちょっとしょんぼりした顔をして『そう……』って肩を落として部屋から出て行くんだよ」
「……」
「いやな? 本当にありがたいんだよ? そこまで心配してくれて、応援してくれようとしてくれるのは。でもな? お前、有森がしょんぼりした顔してたらどうするよ?」
「……どうにかしようと思うな」
「だろ? だからまあ、分からない所見つけて聞きに行くんだけど……そしたらさ? すげー良い笑顔で『どこ!』って聞いてくるんだよ。そんで教えて貰うんだが……あいつ、意外に教え方上手いからさ。よく分かるんだよ」
「……いいじゃん」
「んで、お礼言うだろ? そしたらまあ、『お役に立てた!』と言わんばかりにこう……良い笑顔をするワケで」
犬だったら絶対尻尾振ってるぞ、アレ。
「……んでまあ、チラチラと俺の手見て来るんだよ」
「……なんで?」
「……」
「……溜めるなよ。なんでだよ?」
「その……頭撫でろって」
「……」
「……」
「……褒めろってこと?」
「……ああ」
「……」
「……」
「……なんというか……あ、愛されてるんじゃね?」
困った様な、それでいて誤魔化すように笑う藤田。いや、まあ……正直愛されてるとは思うよ? 思うんだけど。
「……意思が弱いのは百も承知で言うけどな? 正直……集中できん」
そう言ってため息を吐く俺に、藤田が黙ってポテトを差し出してくれた。