第百五十八話 祭りの後に……いや、むしろこっからが祭!!
「……盛り上がったわね」
「……だな」
先ほどまで十人弱が集まった大所帯だった我が家も、人が帰った今ではなんだか閑散として寂しく見える。これがデフォルト状態である事は充分承知してはいるが、あの喧噪を考えればそう思うのも仕方ないだろう。
「それにしても……涼子さんのカレー、本当に美味しかったわね。ほっぺたが落ちるかと思ったわ」
「表現の仕方が昭和だな。なんだよ、ほっぺたが落ちるって」
「それぐらい美味しかったって事よ。結構な量を用意してくれてるし……明日もカレーね!」
嬉しそうにそう笑う桐生。まあ、明日もカレーは全く問題ない。つうか、むしろ明日のカレーの方が今日より美味いからな。やっぱり一晩寝かせてこそだろう、カレーは。
「……楽しかったか?」
「ええ、勿論! ゲームも盛り上がったし、カレーは美味しかったし、皆と一杯お喋り出来たし……古川君はちょっと、気になったけど……」
少しだけ眉根を寄せる桐生。まあ、今日の秀明はずっと『茜……いや、でも……ええ……』と一人でブツブツ言ってたからな。そのたびに、『秀明、ウザい!』って瑞穂にバシバシ叩かれてたけど。
「まあ、色々悩むんだよ、若人は」
「……藤田君のニヤニヤした顔を見る限り、悩みの原因は貴方と藤田君のせいの気がしてならないんだけど?」
「……」
……鋭いでござるな、桐生氏。
「ノーコメントで。まあ、良いんだよ。そんなに悪い話をした訳じゃないし、気にするな」
「そう? 貴方がそう言うなら、まあ……良いけど」
少しだけ釈然としない顔をしながら、それでもこくりと頷くと、楽しそうに笑った。
「……でも……本当に楽しかった」
「……そっか」
「もうね、本当に楽しかったの! お友達が家に来てくれることなんて、今まで一度も無かったから……最初はちょっと緊張してたのよ?」
「緊張する要素、無くね?」
だってお前、涼子とか智美だぞ? 今までだって充分会ってるし……初対面ってワケじゃねーだろうが。
「そうだけど……こう、『窓の所に埃が溜まってるよ~』とか涼子さんに言われたらどうしようかと」
「涼子は姑じゃないんだが」
「まあそれは冗談だけど……自分の『ホーム』に招くって経験が無かったから。心情的にも、物理的にも。だから、もしかして私が当たり前と思ってることが人と違ったらどうしようかって、そう思ったりしたのよ」
「……その理論で行くと一緒に住んでる俺も変なヤツにならね?」
「冷静に考えるとそうなんだけどね? 言ったでしょ? それぐらい、緊張してたのよ」
そう言ってクスリと笑う桐生。
「……でも、そんな緊張も皆が来てくれて楽しそうにしてる姿を観たら一遍に吹き飛んじゃった」
「だろうな」
むしろ、お前が一番はしゃいでたまであるんじゃね? ゲームの時とか、キャラ変わったんじゃねーかってぐらい絶叫してたし。
「う……そ、それを言われると恥ずかしいんだけど……でも、楽しかったんだもん」
「まあ、良いんじゃねーか?」
「……良いのかな?」
誰もイヤそうな顔はしてなかったし。それにな?
「楽しい時にスかした顔してるよりよっぱど良いさ。皆、桐生の『止めて! 折角一位なのに!! あー! 智美さん、それはズルいわよ!!』ってセリフで爆笑してたじゃん」
「……あれはズルいわよ。折角私、一位だったのに」
「そういうゲームだっての、アレ」
「そうだけど……」
不満そうにそんな顔を浮かべた後、桐生は穏やかに微笑む。
「でも……本当に楽しかったわ。それもこれも、全部東九条君のお陰ね」
「オーバーな」
俺の功績じゃねーだろ、今回のやつ。
「オーバーなものですか。だって私、貴方と出逢ってからずっと楽しいもん。二人で何かをするのも、皆と何かをするのも経験無かったのに……今では沢山、経験させて貰ってる」
「……どうした、急に」
「……急かな? でもね? 私、ずっと思っていたのよ。貴方には感謝しなくちゃって」
「ちょくちょく感謝されてる気はするが……」
「そうだけど……改めて、言わせて」
そう言ってこちらに向き直り。
「――ありがとう、東九条君。貴方に逢えて……私は、とっても幸せです」
「……本当にどうしたよ、急に。なに? 俺、死ぬの?」
「縁起でも無い事言わないの! そうじゃなくて……なにかしらね? 今日が終わると東九条君、勉強一生懸命するんでしょ?」
「まあな」
「その……わ、私の為に」
「……お前の為じゃない、とは言わんが……一番は自分の為だな。自分で選んだんだし」
「そ、そう……その、そう言って貰えると嬉しいわ……で、でもね? だからこそ、此処できちんとお礼を言っておきたかったのよ」
「……さよか」
「うん。そ、それでね? えっと……」
「……」
「……私、貴方と離れ離れになるのは……凄く、イヤ」
「……俺もだよ」
「だから……わ、私がこういうのもなんだかちょっと違う気もするんだけど……」
――私の為に、頑張って、と。
「……私、貴方と一緒に居ると凄く幸せだから……だから、お願い。頑張って。私を、幸せのままで居させて?」
上目遣いでそういう桐生。そんな桐生の頭をポンポンと撫でる。
「……心配すんな。俺だって、手放す気はねーよ」
「……うん」
「……だからまあ……こっからの俺はちょっと本気モードだ」
「あるの、そんなモードが」
「あるに決まってんだろ? そもそもな? お前は俺と一緒だと幸せって言ってくれるが……それは俺だってそうだよ」
「……え?」
「まあ、ともかく……そんな幸せな?」
――手放してやるつもりは、毛頭ねえよ、と。
そう言ってニヤリと笑って見せる。そんな俺の顔をぽーっとした顔で見つめてくる桐生。どうした?
「どうした?」
「……え? う、ううん……その……ちょっと、格好いいと思って。な、なんか胸が『きゅう』ってなった」
「……」
……や、止めて。そんな潤んだ目で見つめないで下さい、桐生さん。凄く気恥しいんだが!
「さ、さて。それじゃ俺、ちょっと勉強してくる!」
照れ隠しを含め、そう言って見せる。いやまあ、照れ隠しだけじゃなくて勉強はしなくちゃいけないんだ――
「え?」
――し……って、え?
「……いや、『え?』ってなんだよ、『え?』って。勉強しなくちゃダメなの知ってるだろ?」
「し、知ってるけど! え? きょ、今日から? 明日からじゃないの?」
「いや、前も言ったけど俺の成績かなり悪いの。一日でも時間は逢ったほうが良いだろ?」
「で、でも! よ、夜も遅いし!」
「……まだ九時前だぞ?」
っていうか。
「……なんだ? 勉強して欲しく無いのか? 悪い成績でも良いと?」
「そ、そうじゃない! そうじゃないけど!」
両手の人差し指を合わせてもじもじとしながら。
「……今日はもうちょっと二人でゆっくりしたいな~って……思った、から」
……だから、マジで止めて。鼻血出るから。
「……五分」
「……三十分」
「……十分」
「……二十分」
「……十五分。これで妥協してくれない?」
俺の言葉に、桐生が嬉しそうに頷いた。俺? 俺だってまあ……嬉しいよ、うん。