第百五十七話 身近にあった、優良物件
「……茜、ですか……?」
俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべる秀明。そんな秀明を見ながら、藤田が俺に言葉を掛けて来る。
「浩之の妹? 茜ちゃんって言うのか? なに? 可愛いの?」
「兄の口からは言いにくいが……どう思う、秀明?」
「いや……そりゃ、茜は可愛いとは思いますよ、普通に。中学校の時とか結構告白されてたって聞いてますし、瑞穂から」
「……マジで?」
「え? 知らなかったんですか?」
「……知らなかった。知ってるのはアイツのあだ名が『狂犬』だって事ぐらいなんだが?」
「……まあ、見た目は良いですから、茜。っていうか、浩之さん? 『狂犬』ってあだ名の実妹を薦めるってどうなんです? 俺、保健所かなんかです? 凄腕のドッグトレーナーかなんかと勘違いしてます?」
ジト目の秀明からそっと目を逸らす。い、いや、違うんだよ!
「へ、へー……兄妹揃って凄いな、そりゃ」
そんな空気を誤魔化すように藤田が言葉を発する。ナイス、藤田!
「お、俺は告白なんかされてないぞ?」
「そりゃ浩之さんは涼子さんとか智美さん、それに瑞穂が居たから。ウチの中学の女バスの子とか、浩之さんの事『格好いい!』って言ってましたよ。まあ、観賞用ですが」
「……俺が?」
「バスケしてる時は格好いいですからね、浩之さん」
「……バスケ限定なのね、俺」
いや、別にイケメン枠ではないけどさ。でも、やっぱり俺の青春が灰色なのは幼馴染ズのせいなんだな。いや、別に恨んだりはしてないけど……ねえ? ちょっと憧れるじゃん。
「何を贅沢な事言ってんだよ、お前。刺されるぞ? 今だって充分良い環境じゃねーか」
「いや……そりゃ、まあ」
「まあ、話を戻そう。んで? 秀明的にはどうなんだ、その茜ちゃんは」
「……いや、茜ですよ?」
「……どういう意味?」
「浩之さんの前で言うのはアレですけど……こう、幼馴染なんで……恋愛対象とは見れないというか……瑞穂と一緒で、こう……なんでしょう? 上手く言えないんですが」
うーんと宙を見つめて思い悩む秀明。確かにそりゃそうだろうが……でもな?
「別に妹を薦めるワケじゃないが……俺的には秀明と茜は結構お似合いだと思う……というか、ベターな組み合わせだと思う」
「……どういう意味だ? ベターな組み合わせって」
「最初の話に戻るが……まあ、アレだ。俺と桐生の許嫁が反対されたって話しただろ?」
「したな」
「その理由の一番が……まあ、俺の能力的な話なんだよ。明美ってのが本家の一人娘なんだが、その明美が『東九条から浩之さんみたいな能力の低い人を出したとなると、地位が』みたいな……ざっくり言えばそういう話だな。まあ、だからそれを認めて貰う為に、定期テストでいい点取らなきゃいけないんだよ」
「……」
「どうした?」
「いや……本家とか、なんか大層な話だなって。お前の家、そんな名家だったんだな。まあ、許嫁が居る時点でなんとなくそんな気はしてたけど……」
「許嫁は完全に別枠だけどな。まあ、そんな訳で最近思ったんだよ。結婚って『家』と『家』だよな~って」
「……なるほど」
「お前だって有森と結婚まで考えてんだろ?」
「まあな」
「そうなったら、やっぱりある程度『つり合い』ってあるんだよ。家柄とかもだけど、能力的な所も。愛があれば大丈夫、ってのはきっと、お話の中だけの話だ」
「……一理あるな」
そうやって頷く藤田。そんな藤田の仕草に、秀明が驚いた様に声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 俺、彼女は欲しいけど、結婚まで考えてませんよ!? なんか話が一気に大きくなってませんか!?」
慌てた様にそういう秀明。そんな秀明に、藤田がにっこりと笑みを浮かべる。
「いや、多分お前、最初に付き合った子と結婚すると思う」
「藤田先輩!?」
「だってお前、ずっと鈴木の事好きだったんだろ? 小学校の頃からだろうから……十年弱?」
「ま、まあ」
「そんな一途なお前が好きになった子を大事にしない、とはちょっと思えない」
「いや、そりゃ大事にはしますよ? しますけど……あ、相手だってある事だから……」
まあ、確かにな。
「でも、それが茜だったらどうだ?」
「あ、茜?」
「俺の家は……まあ、名家だが、ウチは分家だしそんなに行儀作法とかは煩くない」
「……」
「ウチの親父は経営者なんかしてるけど、正直大きくする気もないだろうし、別に跡を継げとかいう話もないから、したいことすりゃいい」
「……」
「お前、小さい頃から俺んち来てるから俺の親父とか母さんは顔見知り……ってレベルじゃねーな。溺愛とは言わんが可愛がられてたろうが」
「……まあ、はい。有り難い話です」
幼馴染ズが女性ばっかりだったからか、俺の『弟分』である秀明の事は親父も母親も凄く可愛がっていた。まあ、涼子や智美、瑞穂なんかは比較的家が近いのでしょっちゅう我が家に来ていたが、秀明はちょっと家が遠くてあんまり来ていなかったため、もの珍しさもあったのだろうが。ほれ、いっつも一緒に居る孫も可愛いけど、遠くから来た孫の可愛さとは別みたいな感じだ。
「結婚まで行くとしたら、両親とも顔見知りって大きいぞ? お前なら両親も反対しないし……俺もまあ、賛成だ。藤田?」
「なんだ?」
「有森の両親に挨拶って考えると胃が痛くならないか?」
「……考えない様にしてはいる」
そう言って胃の辺りをさする藤田。まあ、気持ちは分かるが。俺だって豪之介さんとの電話マジで勘弁だもん。
「茜とだったらその辺り、まるっと解決だぞ? まああの親父の事だから『娘はやらん!』って冗談で言うかも知れんが」
「い、いや、そうかも知れませんが! で、でも、それって! なんか違いませんか?」
「なにが?」
「なにがって……その、結婚とかはともかく……こう、つ、付き合うってそうじゃなくないです? こう、メリットとかそんなんじゃなくて……相手の事が好きで付き合うもんじゃないんですか?」
間違っている事を言っているだろうか? と疑問符を浮かべる秀明。そんな秀明に、俺はきょとんとした表情を浮かべる。
「え? お前、茜の事嫌いなの?」
「き、嫌いじゃないですよ! そりゃ、幼馴染ですし、普通に好きですよ? 小さい頃から知ってるし、何考えてるかも大体分かるし……」
「顔だって別に嫌いな顔じゃないんだろ?」
「そ、そりゃ……まあ、可愛いとは思ってますよ」
「んじゃ、何が不満なんだよ? なんだ? 兄貴が俺だと嫌なのか?」
「そ、そんな事は無いですよ! な、無いですけど……だって、幼馴染だし! そういう対象に見れないって言うか……」
そういう秀明に藤田がため息をひとつ。
「秀明……『幼馴染だから』なんていう言い訳は通じないと思うぞ、俺」
「な、なんでですか!」
「なんでって」
そう言ってジトっとした目を秀明に向けて。
「――鈴木だって幼馴染だろ? 既に幼馴染に惚れた実績、あるじゃん」
「……え? い、いや、でも!」
「なんか違うか、浩之?」
「いや、違わない」
「そ、そうですけど! で、でも、茜の気持ちもあるじゃないですか!」
「あいつ、『秀明が告白してきたら三回くらい振って付き合ってあげる』って言ってた。それぐらいには好きって」
「三回もフラれるんですか、俺!?」
「茜的には最上級の親愛表現っぽいが。嫌いなヤツは百回告白されても無理って言ってたし……それに、お前さっき言ってただろ? 瑞穂と付き合うと俺と比べられるって」
「……まあ、はい。器の小さな話ですが」
「俺だって思うから気にするな。まあともかく、茜にはそれが無い」
「……そうですか? むしろ茜なんて、他の誰より浩之さんと比べて来そうなんですが」
「……いや、まあ……うん。でも、それは家族としてだろ? 家族としては仲は良好だと思うが……少なくとも、異性的な『好き』はない」
若干、ブラコンっぽい所はあるが。まあ、俺も微妙にシスコンなんでお互い様という事で。
「……まあ、総括すると茜は『顔は好み、性格も嫌いじゃない、相手の家の了承も取れる、お互いに良く知ってる』と……まあ、お前にとっては優良物件になる訳だ」
「……そ、それは……」
「……ちなみに浩之は妹ちゃんが秀明と付き合っても良いのか?」
「なんとなく面映ゆいのは面映ゆいな」
「……どっちなんだよ、それ? あんだけ妹ちゃん薦めておいて」
「お前が俺に『誰か紹介してやれ』って言うから身近な優良物件あるぞ、って教えただけだ。でもまあ、変な男連れてくるよりは秀明の方が百倍良い」
浮気もせんだろうしな、こいつ。茜だって情が深いし、良いカップルになれそうだとは思う。
「……」
「ま、お前が好きな様にすれば良いけど……個人的には悪くないと思うぞ? それよりもさっさと買い物だ! あんまりうだうだしてると涼子が怒るぞ」
悩む秀明の背中をおして、俺たちは買い物を済ます為にスーパー内を歩いた。