第百五十六話 男同士でする話って、大体バカ話
買い物を済ました俺たちは一度家に帰って荷物を置き、その足でそのまま目的地であるカラオケボックスに向かう。『今日は演歌は封印ね』と少しばかりがっかりした様な……それでいて『最近話題のポップスを練習したの!』と拳を握る桐生に苦笑を浮かべつつ、俺たちは目当てのカラオケボックスに着いた。
「おーっす、浩之」
「東九条先輩、桐生先輩、こんにちは! ご無沙汰しています!」
カラオケボックスの前では藤田と有森が既に待っていて、こちらに手を振っていた。俺もそんな二人に手を振り返し二人の元に歩みを進める。
「早いな。二人とも」
「さっきまで有森と一緒に映画見てたんだよ」
「なるほど、デートね」
「まあ、そうだな。面白かったからお前らも行って来たらどうだ?」
「ちなみにどんな映画?」
「最近、バンバンCMやってるだろ? ハリウッドの大作だよ。アクション映画」
「……ほう」
「お前、好きだろ?」
「嫌いではないな。恋愛映画よりはいくらかマシだ」
嫌いでは無いが。
「……まあ、テストが終わってまだ公開してたら考えるよ」
「テスト? なんのテストだよ?」
「なんのテストって……おい、俺ら学生だろ? 定期テストに決まってんだろうが」
「はぁ? 定期テストってお前、まだ一か月くらいあるぞ? おいおい、お前、何時からそんな真面目な人間になったんだよ?」
驚いた様に目を丸くする藤田。まあ、そうだよな。コイツも俺と似たり寄ったり、さして勉強をして来た人間ではないし。
「……色々あんだよ」
「……溜ってるんなら話くらいは聞くが?」
「……別に溜まってもないけど」
でも……そうだな。
「……カラオケ終わったらな」
◇◆◇
「許嫁の解消!?」
「馬鹿! 声が大きい!」
「す、すまん」
無事にカラオケも終わり……まあ、桐生が『一曲だけ』と言いながら数曲演歌を入れて俺、藤田、秀明の三人が『ひゅん』ってなったり、智美がノリノリでアニソン入れたけど誰一人知らずにダダ滑りしたりと色々あったが、取り敢えず無事に終わり、今は俺と藤田、それに秀明の三人で午前中に買えなかった物の買い出しに来ていた。流石に野菜とか米とかは俺と桐生で運ぶのは厳しいしな。
「……でもなんでそんな事になるんですか? お二人、仲睦まじいのに」
そう言って首を傾げる秀明にため息一つ。
「……明美が来たんだよ」
「明美さんですか? 京都の?」
「そう」
「誰だよ、『明美さん』って」
「又従姉妹なんだよ、俺の」
「又従姉妹……はぁ」
俺の言葉に大袈裟にため息を吐いてヤレヤレと首を振って見せる藤田。なんだよ?
「いや……文学系幼馴染に、運動系幼馴染、イイトコのご令嬢に、可愛い後輩の妹キャラと来て、今度は親戚の女の子? どんだけ手が広いんだよ、お前」
「失礼な事を言うな!!」
どんな認識だよ、お前の俺に対する認識って!
「ですが……まあ、涼子さんも智美さんも綺麗ですし、瑞穂だって可愛い方でしょ? 桐生先輩は言うまでもないですし……明美さんもですよね?」
「そうなのか、秀明?」
藤田の言葉に秀明は頷き、口を開く。
「はい! と言ってももう数年逢ってないんで何とも言えないんですが……少なくとも、最後に逢った時は凄い綺麗な方でした」
「……あのまま大きくなっているよ」
「んじゃ、絶対美人でしょ?」
「……まあ」
美人なのは認めるよ、うん。
「……よく考えたらすげーリア充だよな、お前って。爆発する?」
「……彼女持ちのお前に言われるとは思わなかった」
「これはアレだよ。秀明の気持ちの代弁だよ。なあ、秀明?」
「そうっすね! 浩之さん、爆発して下さい!」
「お前も良い顔で言い切るな!」
しかも親指グッと立てて! 絶望した! 可愛い後輩だと思っていたのに……!
「いや、でも本当に羨ましいですよ、浩之さん。そりゃ、藤田先輩みたいに一人の女性に慕われるのも良いですけど……やっぱり、ねえ?」
「……まあ、若干男の夢みたいな展開ではあるわな。なんなの? お前、ハーレムラブコメの主人公かなんかなの?」
「いや、そんなつもりは無いが……」
っていうか。
「……珍しいな、秀明。お前、バスケが恋人みたいな奴なのに。こういう話に乗って来ることってあんまり無かった様な気がするが」
「いや、そりゃバスケは好きですよ? 好きですけど……でも俺だって一応、健全な男子高校生なワケじゃ無いですか? 『そういう』ことに興味が無いと言えば……まあ、嘘になります」
若干照れ臭そうにそう言う秀明。そんな秀明に、藤田が少しだけ気遣うように声を掛けた。
「その……なんだ? 秀明は好きな子は……ああ、ええっと……」
「気を遣って貰わなくて大丈夫っす。智美さんの事はもう、吹っ切れましたから」
そう言って笑い。
「……そもそも、告白した後輩の前で『ヒロが、ヒロが』って嬉しそうに話すって……酷くないですか、智美さん……」
遠い目を浮かべる。と、智美……!
「……いえ、良いんですよ? そうやって浩之さんに一途な智美さんを好きになった訳ですし、幸せそうに浩之さんの事を話す智美さん見てたら可愛い人だな、とは思うんですよ? でも……若干、心が抉られます」
「……元気出せ、秀明。後でなんか奢ってやるから」
「……藤田先輩!!」
少しだけ目を潤ませながら藤田を見上げ……る事はなく、身長差から見下ろす秀明。そんな秀明の肩をポンっと叩き、藤田は言葉を継いだ。
「っていうか、秀明、普通にモテそうだけどな。まあ、彼女が居ないのは今まで片思い期間が長いから仕方ないとして……ちょっと良いな、って思った子に声を掛けたりとかしないのか? つうか、どんな子がタイプなんだよ?」
「……タイプ……タイプと言われると困るんですが……でも、そうですね。やっぱり自分がバスケ好きですし、バスケ一緒に出来たら嬉しいです。いや、バスケじゃなくても良いんですけど、アウトドア派なら」
「……鈴木じゃん」
「……だから片思いしてたんですよ」
「……そうだな。顔のタイプは?」
「……あんまり拘りはないっす」
「本音は?」
「……可愛い方が嬉しいっす。出来れば、綺麗系よりも可愛い系の方が好きですね」
「……鈴木じゃないじゃん」
「……それはそれですよ」
「出たな、都合の良い言葉。でもさ? それなら川北とかお前のタイプにドンピシャじゃねえか? バスケ大好きで、可愛い系。性格だって良いんだろ、あの子? なあ、浩之?」
「……なんで分かるんだよ」
いや、悪いヤツじゃないが。
「類は友を呼ぶって言うじゃん。お前の周りにいる奴は良いヤツに決まってるだろ?」
「……」
「……」
「……なんだよ?」
「いえ……その筆頭が目の前にいるな~って」
「? 何の話だ、秀明?」
きょとんとする藤田に肩を竦めて見せる秀明。
「なんでもないです。ないですが……そうですね、瑞穂は無いです」
「なんで?」
「なんでって……瑞穂、浩之さんの事好きじゃないですか。ぶっちゃけ、智美さんより脈が無いと思いますし。横恋慕はしませんよ、もう」
「……実感が籠ってるな、おい。じゃあ、告白されたら?」
「あー……でもやっぱりない、ですかね? いや、どの立場でって話なんですけど……なんとなく、瑞穂と付き合ってる姿は想像出来ないんで。ライバル関係が近いかも知れないです」
「……なるほどな」
「……後、器の小さい話で恐縮なんですが……瑞穂、ずっと浩之さんの事好きだったし、その姿を見続けて来ているので……なんとなく、比べられそうでイヤっていうのもあります」
「……分からんでもない。器の小さい話だとは思うが」
秀明の言葉に藤田が苦笑を浮かべて頷く。うん、まあ……俺も分からんでも無いが。
「……まあ、ともかく秀明の彼女持ちの道程は遠いって話か……おい、浩之? 誰か居ないのか? 秀明の好みに合いそうな子」
「俺だって別に女子の知り合いが多い訳じゃねーぞ? だから紹介して上げれるような子は居ないんだが……」
「だが? なんだよ、含みのある言い方だな?」
「だが……まあ、一人だけ秀明の好みに合致しそうな子はいる」
「え? 居るの?」
「だ、誰ですか? 教えて下さいよ、浩之さん!」
「いや、教えてくださいって」
お前、そもそも知ってるだろ?
「茜だよ。俺の妹の、東九条茜」