第百五十五話 人を見る目と貴方が私にくれたもの。そして、失いたくないもの。
昨日更新飛ばしちゃった……ごめんなさい!! 忙しかったんです……
「……まさか、涼子さんのお母様が『カモリン』だったとは……」
最寄駅から二駅、俺の実家の最寄駅に降りた。電車内でもずっとブツブツ言っていた桐生だが未だに現実に脳の処理が追い付いていないのか、不満……ではないのだろうが、なんとも釈然としない顔を浮かべて見せるその姿に苦笑を浮かべる。
「まだ言ってんのかよ?」
「だって……カモリンだもん。驚いたわよ」
「まあ、そうかも知れんが」
「涼子さん、羨ましいわ。いつでもカモリンの新作が手に入るって事でしょ?」
「あー……」
その辺りは微妙なラインかも。
「カモリンの服って基本的に年齢層高めな服が多いだろ? 大人っぽい高校生でなんとか似合うかな? って感じじゃん?」
「……まあね」
「大して涼子ってこう……童顔というか、子供っぽいというか……」
「……愛らしくて可愛いとは思うわよ」
「でも、『綺麗』かって……これは言い方が悪いか。『大人っぽい』かって言えば、疑問符は付くだろ?」
「……まあ」
「だから、涼子自身はカモリンの服、持って無いんだよ。自分でも『私には似合わないよ』って言ってるし」
「……涼子さんに似合う様な服は作らないの、涼子さんのお母様は」
「しないな。個人的には売れると思うが……」
その辺はプライドがあるのか、凜さんはガンとして涼子に似合う服をデザインする事はしない。
「同感ね。少しオシャレで背伸びした感じのある子供向けの服も作れば宜しいのに。カモリンのデザインを残しつつ、そういう作風も出来ると思うけど……」
「俺もそう思うが……まあ、凜さん曰く『私の服が似合うぐらい、大人の女になれ』らしい」
この辺りの感覚はデザイナー本人にしか分からんのだろうが。色んなブランドが子供向けのブランド展開しているし、そういう事もすれば良いのに、とは思う。
「……難しいわね」
「まあ、職人気質な人ではあるしな。デザインしている時が一番楽しいらしいし、そのデザインで嘘……というか、したく無い事はしないんだろう。つうか、自分で言ってたし。『したくない仕事はしないのがいい仕事をするコツだ』って」
「羨ましい話ね」
「その後、『浩之もそうなりたければ若いうちに努力しておけよ? やりたい事だけ出来れば人生楽しいぞ?』って言ってたが」
「……教育的にどうかしら、それ」
「まあ、自身が若いうちに苦労してるからだろ。豪之介さんだってそうだろ?」
「……まあね。今も楽しい仕事だけしているかどうかは知らないけど……少なくとも、若い時に苦労したから今は金銭的には余裕があるわね」
「そういう事だよ」
俺の言葉に肩を竦めて見せる桐生。と、その後何かを言いたげにもじもじとし出した。どうした?
「その……あ、貴方は良いの?」
「俺?」
「ほ、ほら……わ、私と結婚したら桐生家の事業を継ぐ……のは私だけど、やっぱりある程度お手伝いはして貰う……と、思うのよ」
「まあ……そうだろうな」
流石に全てを桐生に任せてのんべんだらりと暮らすのも……まあ、悪くは無いんだろうが気を遣いすぎる。人間ダメになりそうだし。
「……貴方にだって、やりたい仕事とか、そういうの……無かったのかな、って」
「……あー……」
「小さい頃の夢とか、無かったの?」
「どうだろう? バスケはしてたけど、NBAに行きたいとか思った事無いしな」
昔よりハードルは下がったとはいえ、日本人がNBAプレイヤーなんて夢のまた夢だったしな。実業団でバスケ、とか、プロリーグに行ってとかも考えた事は無かった気がする。
「……何の気なしに大学に行って、何の気なしに就職してた気がするな」
「ご家業を継がれたり、とかは?」
「そんな話も聞いた事ねーな。そう考えたらお前も明美もスゲーよな。ちゃんと家の事考えてるんだし」
まだ高校生、恐らくもっと若い時から色々考えて動いていたんだろうな、こいつら。それに比べて俺は……と考えると若干、情けなくなってくる。肩を落とした俺に、桐生が慌てて声を掛けて来た。
「わ、私達が特殊なだけよ。普通の高校生ならそこまでは考えないと思うわよ!」
「フォローありがとうよ」
「ふぉ、フォローじゃなくて! 本当に、私とか明美様が特殊なだけよ。まだ高校生ですもの。今の段階で進む道が完全に決まってる人なんて、数えるくらいしか居ないわよ」
そう言いながら手をわちゃわちゃと振って見せる桐生の姿に苦笑を浮かべる。良い奴だよな、こいつ。
「……あれ? でもお前、前に言って無かった?」
「……なにを?」
「『役員として過ごして貰えばいい』とか、『座敷牢での生活みたいなもの』とか……そんな事。結構自由に過ごせよ、みたいな事を言われた気がするが……」
「あ、あれは……ご、ごめんなさい……」
「ああ、すまん! せ、責めてるワケじゃなくて! 別に意地悪を言っている訳でもなくて……なんだろう?」
こう、桐生が元々期待していたのは俺の『血筋』であって俺の『能力』じゃない。まあ、流石に明美にああ言われたら考える事はあるだろうが……それこそ、やり方次第ではなんとでもなる気がする。
「……私ね、あの時の貴方に言った暴言で二つ後悔している事があるわ」
「二つ?」
「一つは貴方の事を見ようともせず、貴方の『血』だけを求める様な発言をしたこと」
「でも……それはしょうがなくね?」
俺、別に凄い人間でもないし。
「ううん。そんな事ない」
「……」
「最初は……正直、貴方の『血筋』が手に入れば良かった。能力なんか期待してなかったし、貴方に何かを任せる必要なんかないと、そう思っていた」
「……まあ、うん」
そうなるよな、そりゃ。
「でも……貴方と一緒に暮らして、貴方と二人で色々なことをして思ったの。貴方は凄い人だって。勿論、経営者としての能力は分からないけど……貴方は私に色んな世界を教えてくれた。楽しいも、嬉しいも、悲しいも」
それに『嫉妬』もね、と小さく笑って。
「……貴方と一緒に仕事をしたら、もっと我が家の業績は伸びると思う。ううん、別に業績が伸びなくても良い。貴方と一緒に仕事が出来たら……貴方が隣にいてくれたら」
――私は、『幸せ』だ、と。
「……だから、あの時は本当にごめんなさい。物凄く、失礼な事を言ったわ。叶うなら、あの時に戻って自分の頬を張りたい気分よ」
「……そこまで思うなよ」
しゅんとする桐生の頭を軽く撫でる。そうすると、嬉しそうに目を細めた桐生が上目遣いでこちらを見やる。
「……ね?」
「……なにが?」
「……貴方は私がして欲しい事、してくれる。今こうやって頭を撫でて貰うと……私はほっとした気分になるし、嬉しい気分になるし……それでいて、なんだか胸の裏側を擽られている様な気分になるの」
こんな気持ちは初めて、と。
「……だからね? その……一つ、訂正させて欲しいの」
「訂正? 良いけど……なにを?」
「あのね、あのね?」
そう言って、俺の服の袖をきゅっと握って。
「……貴方に『他所に女を囲っても構わない』って言った事」
「……あったな、そんな事も」
「……本当に、あの時の自分を殴り飛ばしたいわ」
「ヴァイオレンスな発言だな。心配するな。そんな器用な事はしねーよ」
「……うん。貴方ならそうだと思う。思うけど……やっぱり不安なのよ」
上目づかいでこちらを見やり。
「……他の子に余所見なんかしたら、いやだよ?」
懇願するようにそういう桐生に、俺は苦笑を浮かべて、それでも深く頷いた。