第百五十四話 桐生さんのお気にいりに隠された意外な事実……と書くとオーバー過ぎるかも
「さあ、東九条君! 早く行きましょう!」
「焦るなって。まだ俺、靴も履いて無いんだから」
玄関先でウキウキを体現したかのような桐生の姿に苦笑を浮かべながら俺は靴を履く。と、そこでようやく気付いた。
「……珍しいな。ワンピース?」
今日の桐生の服装は白を基調としたワンピースだ。飾りっ気の少ないその服はスレンダーな桐生に良く似合う。そんな桐生に視線を向けながら、そう言えば初めて見る服装だな、なんて思い出してみる。
「ええ。折角だし、着てみたのよ」
「前から持ってたのか、それ?」
「買ったのは結構前なんだけど……中々着る機会が無かったのよね。どう? 似合うかしら?」
冗談めかしてそういう桐生。どちらかと言えば『お出かけ』と言えば体育会系の……アラウンド・ワンとか、バスケの練習とかで活動的な服装しか見て無かった様な桐生のその姿は新鮮に映った。
「……あー……うん」
「……なによ? 似合わない?」
「忌憚のない意見で良い?」
「……うん」
「めっちゃ似合ってる」
「……あう」
俺の言葉に『ボン』と音を立てそうな勢いで顔を真っ赤に染める桐生。いや、そんなに照れられると俺も恥ずかしいんだが。
「……あ、ありがと……こ、この服、一目惚れで買ったんだけど……そ、そう言って貰えるとお世辞でも嬉しいわ」
「……俺がお世辞とか言えると思うか? 忌憚のない意見って言っただろ? 遠慮なんかしねーよ。そもそもお前、良い所のお嬢様だろ? そういう清楚系な服装、似合うよな。シンプルだからこそ映えるっていうか……」
「……止めて。それ以上言われると顔、戻らなくなるから」
ツンっとそっぽを向いてそういう桐生。まあ、怒ってないのは分かるんで良しとしようか。
「……本当に似合ってるぞ」
「……お願い、本当に止めて? 嬉しいのよ? 嬉しいんだけど……」
チラリとこちらに視線を向けて不満そうにほっぺを膨らます桐生。なんだかその姿が可愛らしくて、思わず頬を突いてみると『ぷしゅ』と音を立てて桐生の口から空気が抜けた。
「……もう。それにしても貴方、ちゃんと女の子を褒められるのね?」
「……俺の事をなんだと思ってんだよ」
「へたれ?」
「……間違ってないけどさ」
今度は俺がジト目を向ける番。そんな俺を楽しそうに見やりながら桐生が言葉を続けた。
「冗談よ。いえ、まあ冗談ではないけど……」
「おい!」
「ふふふ。でも、それだけ褒められるのってやっぱり幼馴染のご指導のお陰かしら? 涼子さんとか智美さんに、『褒めろ!』とでも言われたの?」
「あー……」
……まあ、涼子も智美も瑞穂も、妹の茜も年頃の女の子だし。やれバーゲンだ、やれセールだと荷物持ちで随分付き合わされたし……その後は決まってファンションショーだったもんな。つうか、売り場の試着室前で散々羞恥に耐えながら品評したというのに、なんで家に帰ってまでファンションショーに付き合わなければならなかったのか、未だに疑問ではある。一回見たのに。
「……ある意味では間違ってない。ないがまあ、それよりは……凜さんの影響が大きいかな?」
「凜さん?」
「涼子のお母さん」
「……ああ。東九条君の初恋の」
「……」
まあ……それも間違ってはいないが。じゃなくて。
「その凜さんに言われたんだよ。『女の子が服を買うというのは、誰かに褒めて貰いたい時だ。友人か、家族か、恋人か、どれかは分からんがな』って」
「へぇ。そうなの?」
「普通に必要に駆られてってのもあるんだろうけど……ともかく、『いいか、浩之。そんな大事な場面に付き合って欲しいと言われた以上、どっちでもいいとか、似合って無いのに似合ってるとか嘘を吐くな。その代わり、お前が本当に似合ってると思ったら全力で褒めてやれ』って教えを受けている」
そんな教えを保育園の頃に受けた上に、実践する機会が恐らく世の男性諸君よりは多かったので、別に服装を褒めるのにそこまで照れも抵抗も無い。別に自慢じゃないぞ? 俺の荷物持ち回数が異常に多かっただけで。
「そう……いい教えじゃない。共感を覚えるわ」
「まあ、良いモノは良いしな。お前のそれだって、好きだから買ったんだろ? 良いと思うぞ。似合ってるし」
「……今の話を聞けば本音って分かるから……さっきより照れるわ」
「嘘は言わねーって。それにお前、やっぱりお嬢様だよな」
「どういう意味? 清楚系ってこと?」
「じゃなくて」
桐生の言葉に首を左右に振って。
「それ、『カモリン』だろ?」
「……え?」
「あれ? 違う?」
「ち、違わないけど……貴方、『カモリン』知ってるの? 女性向けのブランドなんだけど……ああ、幼馴染で誰か好きなの? 『カモリン』」
「涼子や瑞穂、茜は子供っぽいし、智美は男っぽいだろ? 『カモリン』は似合わねーよ」
綺麗めな服装だしな、カモリンって。
「……明美様とか?」
「あー……明美なら持っている可能性はあるか」
知らんけど。っていうかだな?
「やっぱりお前、スゲーな。カモリンって結構良い値段するだろ? 一般の高校生じゃ買えねーぞ?」
「え、ええ。決して安くはないし……というか、正直私のお小遣いでは手が出ないわね。一目惚れで、どうしても欲しかったからお父様にお願いしてお年玉の前借りさせて貰ってやっと手に入れたのよ」
「……お年玉の前借りとかするんだな、お前も」
「その辺りは私の家、厳しいから。単純にくれたりはしないわ」
流石、豪之介さん。苦労人だけあって子供に湯水の様にお金を与えない姿勢は好感が持てる。いや、どの目線での意見だよって話だけど。
「……でも、じゃあなんで? さっきの話を聞いたら、貴方の周りでカモリンの服を持っている人、居ないでしょ? なんで知ってるの? もしかして、ファッション結構詳しかったりするの?」
「あー……」
なんでっていうか……まあ、その服だったら型紙の時から知ってるしな。
「それ、凜さんが作ってるし」
「……え?」
だから。
「その服……つうか、『カモリン』ってブランドのデザイナー、涼子のお母さんの賀茂凜さん」
俺の言葉に、桐生の絶叫が響いた。