第百五十二話 友達だから、してあげたい。
瞳を揺らしながらそう尋ねる桐生。そんな桐生の姿に首を捻りながら、智美は口を開いた。
「えっと……なんでって、なにが?」
「そうだよ、桐生さん。どうしたの?」
智美同様に涼子も疑問を口にする。そんな二人に戸惑った様に目を左右に動かし、おずおずと桐生が言葉を発する。
「その……今、東九条君が頑張って勉強をしようとしてくれているのって……明美様に認めて貰う為なのよ? わ、私との許嫁を、認めて貰う為に、勉強を頑張ってくれているの。そ、それって……そ、その……あ、貴方達にとって」
メリットが、無いんじゃないの? と。
「……あー、なるほど。そういう事ね」
桐生の言葉に少しだけ納得した様に頷く智美。そんな智美に、涼子は苦笑を浮かべて見せる。
「ほら、智美ちゃん。桐生さんもこう言ってるでしょ? 手伝わない方が良かったんじゃない?」
「か、賀茂さん! そ、そんな事は!!」
「冗談だよ、桐生さん。でも、桐生さんが言いたいことは凄い分かる。なんで私たちが手伝ってくれてるんだろう? なんでメリットが無い事をしてくれるんだろう? ひょっとしたら」
なにか、裏があるかも知れない、と。
「……まあ、そこまで桐生さんが考えてるかどうかは分かんないけど……タダより高いモノはない、とも言うしね」
「……そうね。お父様も言っていたわ。『無条件の善意、なんてモノはない。絶対に、なにか裏がある』って」
「んー……まあ、そうかもね。んじゃ、何か裏があると思う?」
「……分からないから、聞いてるの」
困った様に眉をハの字にする桐生。そんな桐生に、智美は肩を竦めてみせる。
「えっと……桐生さん、雫が藤田の事を好きになった瞬間、見てるんだっけ? ほら、バスケの朝練の時」
「ええ」
「雫、言ってたのよね。『藤田先輩の好きな所は一杯あるんですけど……一番好きな所は、人の為に頑張れるところです』って」
「……そうね。でもそれ、惚気かしら?」
「聞いてて胸焼けしそうだった。まあ、それはともかく……藤田の考え自体は、私は理解出来るんだ。『友達が困っていたら助ける』、『友達が喜んでくれたら嬉しい』、その二点に関して、私は……そうだね、私だってそう思うし」
「……」
「だから……まあ、アレだよ。友達が一生懸命やっているんだから、私だって協力はしようかなって思う。それってそんなに変な事かな?」
こくん、と首を傾げて見せる智美に桐生が何かを言おうとして口を閉じ、苦笑を浮かべる。
「……そう。分かったわ。それじゃ……うん、ありがとう、東九条君の為に」
「……へ?」
「……え?」
「ひ、東九条君の為って……あれ? 私、別にヒロの為にやった訳じゃないよ?」
「……え?」
「あ、いや、ヒロが勉強しようと思うのは良い事だと思うし……そもそも、帰宅部で暇な癖に、私より成績悪いってどういうことだ、って思うけど」
「……悪かったよ」
忙しかったんだよ。その……ゲームとか、漫画とか、誘惑が多すぎて。
「……勿論、ヒロが頑張ろうって思ってるから助けてあげたいって思ったのもあったけど……でもさ? 今回の一番の被害者って絶対桐生さんじゃん?」
「わ、私?」
「桐生さんぐらい可愛かったら、言い方悪いけど男なんて選び放題な訳じゃん? そんな中……まあ、ぶっちゃけ見た目は冴えないヒロの結婚相手なんかにさせられてさ?」
「……間違っちゃいないが、流石にはっきり言い過ぎじゃね?」
「大丈夫。アンタの良さはアレよ。深く付き合って分かるモンだし。スルメとかと一緒」
「……藤田と同じ事言いやがって」
「だから……私や涼子、それに瑞穂がヒロの事を『いいな』って思うのはまあ、当然な訳よ。だって付き合い長いんだし」
「……」
「でもさ? 今は桐生さんだってヒロの魅力に気付いたんじゃない? 少なくとも、手放したくない程度には?」
そう言って悪戯っ子の様な笑みを浮かべる智美。そんな智美に、少しだけ照れた様に頬を赤く染めてそっぽを向き、桐生がコクリと頷いた。
「まあ、明美の言っている事も分かんない訳じゃないけど……あの子、ヒロに殆ど一目惚れだからさ? こう……なんていうの? 桐生さんみたいな『入口』を許せないって思ってるんだと思うんだよね」
「……」
「でも、そんなの明美の勝手じゃん? そりゃ、ヒロのお家の事情まで口は出せないけど……でもさ? ヒロのおじ様が良いって思って決めた縁談な訳でしょ? 正直、明美はなに勝手な事言ってんのよ、って思ってるもん」
「……そ、その……あ、ありがとう……」
「ん? お礼言われる様なこと言ったかな? ま、いっか。だからまあ、今回は桐生さんの味方をしようって思ったんだよ。あ! でも、ヒロと桐生さんの結婚を認めたかどうかは別だよ!! これからも、ヒロにはガンガンとアタックしていくから!」
そう言って親指をぐっと立てる智美。そんな仕草に、桐生が苦笑を浮かべる。
「……そう。そうね。ありがとう、鈴木さん」
「気にすんなー。楽に行こうぜ~」
「気にするわよ」
「いや、本当に気にしないで。あ、でも、気にするならヒロ、譲ってくれる?」
「それは本末転倒じゃないかしら?」
「確かに」
そう言って二人で笑いあう。その後、桐生がポツリと呟いた。
「……いい人ね、鈴木さん」
「そう?」
「良い人よ。見ず知らず、とは言わないまでも……知り合いの為に、此処までしてくれるって、そんなの――」
「ちょい待ち」
「――絶対、良い人……え?」
「誰が知り合いだ、誰が」
「だ、誰がって……え? わ、私達、知り合いじゃないの?」
少しだけ戸惑った様な表情を浮かべる桐生。そんな姿に、智美はため息を吐いて。
「……あのさ? こうやってお昼ご飯食べて、一緒にカラオケに行って、バスケットまで一緒にして、今度の土曜日はお家にお呼ばれするんだよ? それって、知り合いじゃなくて」
そう言ってニカっと笑って。
「――『友達』に決まってんじゃん」
私と一緒の業界にお勤めの方ならご存じでしょうが、3月1日に試験がありまして……しかもダブルヘッダーになっているのでそろそろお勉強しなくちゃいけないので更新ペース落ちそうです。申し訳ない……