第百五十一話 コミュ力の高さは成績の良さに繋がる事もある。上手く使えば、だけど。
翌日の昼休み。『今後の勉強会の事もあるし、一緒に昼食でもどう? 桐生さんも呼んで』という涼子の誘いを受け、俺と桐生は連れ立って屋上に向かった。
「……おっす」
「お誘い頂きありがとうございます、賀茂さん」
「いいよ~。それより桐生さん、元気出た?」
「……お陰様で。ご心配をおかけしたみたいね。ごめんなさい。その上で食事にまでお誘い頂いて」
「わわわ。いいよ、いいよ。そんなに畏まられたら私も緊張しちゃうから」
「……そう?」
「うん。私も一緒に食事したかったし。それに、明日の事もあるでしょ? どうするのかな~って思ってね? 中止にする?」
今日は金曜日。明日は土曜日で、前々から決まっていた『お疲れ様会』だ。
「今の浩之ちゃんの成績でも、テスト一か月前の今の時期ならちょっとぐらい遊んでも大丈夫かな~とは思うけど……」
そう言って少しだけ心配そうな表情を浮かべる涼子。
「……大丈夫。予定通りやろう」
「……本当に?」
「もう予約もしたしな、カラオケボックス。それに……まあ、俺の都合で中止にも出来んだろ」
「……うん。まあ、浩之ちゃんがそれで良いなら良いけど。桐生さんも大丈夫なの?」
「……そうね。これが試験一週間前なら話も違うけど……まだ一か月くらいある訳だし、一日ぐらいは良いのじゃないかしら」
「……余裕だね?」
「……そうでもないけど……逆にこの一日が響いて、と言うならどの道ダメじゃないかとは思ってるわ」
「……確かに」
……仰る通りだな。そもそも切羽詰まってる訳だし、俺。俵に足が掛かったなんてレベルじゃ無いぐらいにヤバいのはヤバいしな。
「……まあ、後はやる事やるだけだな。頑張るしかねーし」
そう言って肩を竦めて俺は涼子の布いてくれたシートの上に腰を降ろしかけて。
「……あれ? 智美は? 呼んでねーの?」
呼ばなくても来る智美が来ていない事に気付く。そんな俺の言葉に、涼子は少しだけ首を傾げて見せた。
「いや、呼んでるよ? ちょっと寄るところあるから先に食べててって言ってたけど……浩之ちゃん、何処に行くか聞いて無いの?」
「いや、聞いて無いが……」
そう言えばアイツ、昼休みが始まると同時に教室出ていったな~なんて考えていると、屋上の扉が開く音がした。
「おーい、皆~。お待たせ~」
声の方に視線を向けると、そこには茶封筒を持って手をブンブンと振る智美の姿があった。俺たちの姿を見つけると、そのままこちらに走って来る。
「走るなよ」
「いいじゃん、廊下じゃないし」
「お行儀の話だよ」
シートの上に並んだお弁当箱に視線を向けて『美味しそうー』なんて言う智美にジト目を向けていると、そんな俺の視線に気付いた智美が人差し指を立ててチッチッチと指を左右に振って見せる。おい。イラっとするぞ、それ?
「そんな事言って良いのかな~、浩之君? 折角、君の為に『良いモノ』を持ってきてあげたというのに~」
そう言って俺の目の前に手に持った茶封筒を掲げて見せる智美。なんだよ、それ?
「雨宮先輩、覚えてる?」
「覚えてる」
女子バスケ部のキャプテンだった人だろ?
「雨宮先輩、お姉さんがいるんだけどね? お姉さんも天英館の出身なんだ。今は東京の大学に行っているんだけど、成績優秀者で……雨宮先輩もそんなお姉さんの妹だからさ? 御多分に漏れず成績優秀なんだ」
「……それで?」
「鈍いな~、ヒロ。はい、これ!」
智美はそう言うと俺に茶封筒を手渡す。首を傾げる俺に『開けてみろ』と目だけで促す智美にA4の封筒を開けてみて。
「……これって」
俺の言葉にニヤリとした笑みを浮かべて。
「――定期テストの過去問、五年分!」
「……五年分……」
「まあ、雨宮先輩も先輩のお姉さんも日本史は取って無かったから日本史だけは去年の分しかないけど、それでもないよりは全然マシでしょ?」
そう言って親指をグッと立てて見せる智美。そんな智美に、俺の隣で封筒の中身を見ていた桐生が感嘆の声を上げた。
「……凄いわね、これ。五年分って……」
「雨宮先輩のお姉さんって妹想いだからね。先輩曰く『度の越えたシスコン』らしいんだけど……ともかく、先輩の為に過去問をずっと手に入れ続けてくれたらしいのよ。お姉さんの時とか去年の時とかと教科担当変わってない先生もいるから、問題の傾向ぐらいは掴めるんじゃないかな?」
にっこり笑ってそういう智美。
「……わりーな、智美」
「ん。まあ、私は今回の勉強会に関して出来る事って精々、応援ぐらいしか無いからね~。涼子や桐生さんみたいに勉強教えて上げる事も出来ないし……だからまあ、これぐらいはね」
俺の感謝に照れ臭そうに笑って手を振る智美。いや、にしても……
「……本当に、ありがとうな」
「や、やだな~。そこまで感謝されると照れるじゃん! それに、私はただ過去問貰っただけだしね。お礼は雨宮先輩に直接言ってよ」
「……分かった」
もう一度頭を下げる俺。そんな俺の手元から、封筒がひょいっと抜かれた。涼子だ。
「でも、智美ちゃんお手柄だよ? これは智美ちゃんにしか出来ない事だよ」
「そ、そう?」
「そうだよ。正直、『教科書の範囲を丸暗記して貰おうかな~』って思ってたけど……流石、智美ちゃん! 凄いよ!」
……まあ、コミュ力モンスターだしな、智美。友達の多さも知り合いの多さも段違いだし。
「……その視線は何かしら、東九条君?」
「……なんにも」
「……貴方だってさして私と変わりがないと思うけど?」
「……まあ、確かに」
俺だって先輩の知り合いなんて居ないしな。
「浩之ちゃん……この場合、智美ちゃんかな? この過去問、週明けまで借りて良い?」
「私は良いけど……ヒロは?」
「智美が良いなら良いけど……なんで?」
「折角過去問あるんだし、傾向をピックアップしよう。きっと、五年間必ず出る問題ってあると思うんだよね? 担当の先生が変わっても、絶対出す問題、みたいな重要な問題が」
「……ありそうな気はするな、確かに」
「それを優先的に取り組もう。その次は現在担当している先生が出した問題、五年間で出た事のある問題、残った時間を教科書の復習に当てようよ。そうすれば、点数の底上げは固いと思うけど……どう?」
「……確かに」
闇雲に勉強するよりはいい様な気がする。目標って言うか……まあ、色々対策が立てやすいし。
「……それを涼子がしてくれるのか?」
「うん」
「……ありがとう」
「いいよ。智美ちゃんが此処までしてくれたんだし……私も頑張らないとね」
「……助かる」
「それに、浩之ちゃんに任せていたらなんかやらない気もするし。そういう面倒くさい事、嫌いでしょ?」
「面倒くさい事が嫌いな事は認めるが、流石にやるぞ」
ジト目の俺に対して、ニコニコ笑いながら、『ごめーん』なんて言って見せる涼子。そんな姿を見つめながらため息を吐くと。
「……ねえ」
俺達を見つめながら。
「――なんで……なんで、皆、そこまでしてくれるの?」
そんな言葉が、桐生の口から漏れた。