第百五十話 作戦を立ててみよう。いや、作戦ってほど大したもんじゃないけど。
「……そう言えば」
湯気の立ち上るカップラーメンを啜りながら、桐生が視線をこちらに向ける。少しだけ抱き合い、なんとなく気恥しくなってどちらからともなく離れた後、俺たちはリビングに移動し、晩御飯でも食べようか、となったが……なんだか面倒くさくなって、カップラーメンでいいか、という事で今に至る。ちなみに俺はカップ焼きそばだ。
「どうした?」
「東九条君の成績って、どれいくらいなの?」
「……」
「……」
「……聞く?」
「……え? な、なんでそんなにためるのよ? ご、五十番くらいなんでしょ?」
「……惜しいな」
「お、惜しい?」
「それにプラス百をすれば大体あってる」
「プラス百って……え? 百五十番台ってこと!?」
驚きに目を見張る桐生。そ、そんな顔すんなよ……へこむだろ?
「……まあ、厳しい戦いである事は俺も理解している。百四十番以上順位あげないといけないしな。正直、必勝法的なモノもねーし……まあ、やるしかないが」
「それにしたって……」
流石にもうちょっと良いかと思っていたのだろう、桐生の顔の驚きは取れる気配がない。「そんなに心配するな」
「心配する成績よ、これ」
「……そうだろうけど。そんなにはっきり言うなよ」
マジでへこむぞ、おい。
「……まあ、確かに成績的には厳しいものがあるが……ただな? モチベーションは結構高い」
「……竹槍で飛行機を落とすなんていう精神論だけじゃ、成績は上がらないわよ?」
「そりゃそうだろうけど……でもな? やる気があるかないか、ってのは結構重要だぞ? これは俺の個人的な肌感覚だけど」
実際、バスケだってそうだ。技術的な問題もあるが、最後は気合がモノをいう所だってあるのはある。
「……それは最低限技術が伴ってからの話でしょ?」
「……まあな。なもんで、ちょっと勉強を教えてくれると助かる」
そう言って桐生に頭を下げる俺。そんな俺の頭上に桐生のため息が落ちる。
「……頭を上げてよ。勉強なんて教えるに決まってる……ううん、教えさせて欲しいわよ。だって貴方、私の為に頑張ってくれるのよ? 『頑張れ』なんて無責任に応援だけなんてしないわよ。ちゃんと私にも関わらせてよ?」
照れた様にそっぽを向く桐生。その頬が少しだけ朱に染まっている姿に苦笑を浮かべ、俺は口を開いた。
「そりゃ助かる。正直、文系はなんとかなる……事もないが、こないだ教えて貰った桐生式国語勉強法で乗り切ろうかと」
「桐生式勉強法って……まあ良いわ。社会は?」
「日本史だ」
「日本史……私は世界史選択だから、教えて上げられそうにないわね」
「まあ、日本史は暗記科目だし……そこはなんとか頑張るよ」
これこそまさに『根性』って感じだし。
「理科は? 物化?」
「物理と生物。物理はともかく、生物も暗記科目だし……これも頑張るよ」
「……さっきから頑張るしか言って無い気がするけど……」
「……確かに」
でも生物や日本史って、もう『頑張る』しかなくないか? そりゃ、ある程度のテクニック的な事はあるんだろうが……結局、覚えたか覚えて無いかの差だし。暗記ゲーだろ、あれ?
「……言いたいことはあるけど、まあ間違っても居ないわね。反復して定着させるしかないかな?」
「……ちなみに学年一位の勉強法はどんなもんよ?」
「生物と世界史に関しては今言った通り、反復して記憶の定着を図るしかないわね。具体的には覚えるまでやる、よ」
「……どれくらい?」
「生物なら大学受験に必要な範囲は問題集で十回ぐらいやったかしら? その記憶が定着して居れば、生物自体は比較的点数が安定しやすいし……計算自体も遺伝とか光合成速度くらいだしね」
「……高二で?」
「高一で。だから今の授業は殆ど復習ね」
「……すげーな、おい」
「まあ、中学校は私立の中高一貫校だったから進度が早かったのもあるのよ。空いた時間は皆『内職』してたし……その流れで私も勉強していたって事もあるわ」
そっか。そう言えばこいつ、中学校まで私立のお嬢様学校だったな。
「友達も居なくてすることも無かったしね」
「……自虐ぶっこむのやめてくれる?」
悲しくなるから。
「まあ、私の勉強法はあんまり参考にならないかも知れないけど」
「いや……でも、そうだな。定期テストは範囲も狭いし、一月あるから……丸暗記のつもりでやっても良いかもな」
「……一応言っておくけど、丸暗記は効率悪いわよ? ちゃんと系統立てて覚えた方が良いわ」
「生物に系統立てて覚えるとかあんの?」
「そりゃあるわよ。まあ、それはおいおい、ね。それよりも」
そう言ってラーメンのスープを啜ってカップを置く。
「……問題は数学ね。得意?」
「……俺、文系なんだよな」
「苦手ってことで間違いない?」
「……苦手なんてレベルではない」
正直、赤点じゃなければ良いと思ってるレベルではある。一応、私立文系狙いだし。
「……でもまあ、桐生に釣りあうって考えると私立文系じゃ厳しいのか?」
別に私立文系馬鹿にしている訳ではないのだが……まあ、俺、田舎者だし。国立の方が勉強沢山しているイメージはある。
「別に私立文系でも良いと思うけど……私のお父様だって私立文系だし」
「そうなの? IT系の企業をしてるんじゃなかったか?」
「お父様曰く、『プログラムは文系』らしいわ。コンピューター『言語』っていうくらいだし、間違っては無いのかも知れないけど……」
「イメージ湧きにくいわな」
「そうね。まあ、ともかくそういう意味では別に私立文系でも良いと思うわ」
「それは豪之介さんが経営者としての才覚があっただけだろ? 今の新入社員は……所謂『一流大学』出てるんじゃねーの?」
「……まあ」
「なら俺が半端な大学出てたらダメだろ」
「……勉強だけが全てじゃないんじゃない?」
「それは本当に勉強出来る奴か、勉強以上に特技がある人間しか言っちゃダメなヤツなの」
今の俺が言ったら負け犬の遠吠えにしか聞こえないし。
「……まあ、取り敢えずやるしかないな。と、いう訳で勉強してくる」
空になったカップ焼きそばのカップをシンクで洗い水を切って、そのままリビングから出ようとして。
「……ねえ」
「ん? どうした?」
「そ、その……勉強するの?」
「当たり前だろ?」
「う……あ、当たり前なんだけど! そ、その……き、昨日はしてないじゃない?」
「勉強か?」
「そうじゃないわよ、バカ……そ、その……ま、毎日するって言ったやつ!」
「毎日する……?」
毎日するって……
「そ、その……う、後ろから『ぎゅー』……」
「……」
「……」
「……勉強できなくなるぞ、俺」
「わ、分かってる! じゃ、邪魔しようってワケじゃないんだけど……そ、その……きょ、今日は凄く嬉しくて! 東九条君が私の為に頑張ってくれるって思うと、その……胸がきゅーって締め付けられるっていうか、その……」
頬を真っ赤に染めて上目遣いにこっちをチラチラ。庇護欲をそそる様な可愛らしい姿に、思わず俺もぐっと来るも……でも、ダメだ。やっぱり、ちゃんと勉強をしなくちゃ――
「……十分間だけな?」
――や、やるから! 十分後にはちゃんとやるから!!