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第百四十八話 なんで? なんで? なんで?


 家に帰ると室内の電気は一つも付いていなかった。まあ、夕方の五時で明るいと言えば明るいが……家に帰った方のどちらかが電気を付ける事の多い我が家ではなんだか物悲しい。

「……ただいま」

 玄関で声をあげてみるも返答はなし。ため息を吐いてリビングに足を向けると、そこに俺が作り置きしていた朝御飯が無い事で桐生がしっかり朝飯を食べた事にほっと一息。自室に戻ってカバンを放り投げると、そのまま桐生の部屋の前に立つ。飾りっ気のないドアの前で深呼吸をひとつして、俺は扉をコンコンコンと三度ノックする。

「……おーい、桐生。居るか~?」

 返答はない。

「……今日の晩飯、なんにする? まあ、食材見なくちゃいけないけど……なるだけ好きなもん、作ってやるぞ? 何が食べたい?」

 ……返答はない。

「…………何時までも部屋に閉じこもってもアレだろ? ほれ、朝飯食えたんだし、外に出られるってネタは上がってんだ。さっさと出て来い」

 ……返答は、ない。少しだけ諦めてため息を吐き、俺は桐生の部屋の前にずるずると座り込む。

「……さっきな? 明美の家に行ってたんだ」

 室内から『ガサ』っと何かが動く音にちょっとだけ安堵。取り敢えず聞いているのは分かったし……今思ったけど、これで桐生がトイレとかに行ってました~、だったら、部屋の前で独り言状態だもんな。流石に恥ずかしすぎるぞ、それは。

「……何しに行ったって思ってるか? 色々あったけど……まあ、ざっくり言えば『お前との許嫁を認めてくれ』って……まあ、そう言いに行って来たんだよ」

 室内から息を呑む音が聞こえた。距離感から……こいつ、扉の前にいるな?

「……でもまあ、明美の言っている事も一理あるんだよな? 今の俺じゃ、お前の隣に並び立つのは相応しく無いだろ? だから」

 一息。



「――次の定期テスト、学年十番以内だったら認めてくれるって。まあ、認めるっていうか明美は見逃してくれるってだけだけど……それでも、それって一歩前進だろ?」



 まあ、これからは今まで以上に勉強を頑張らなくちゃいけないって考えると若干厳しいものがあるが……まあ、自分で決めた事だしな。

「……とまあ、そういう事でちょっくら勉強してくる。お前も腹が減ったら言いに来い。それで……まあ、暇なら勉強教えてくれると助かる。じゃあ、俺は部屋に帰っているから」

 そう言って座り込んで背もたれにしていたドアから立ち上がり、廊下を歩いて自室へ――



「――待って!」



『ゴチン!』と、物凄く良い音が廊下中に響いた。座ったまんま立ち上がったせいか、桐生の開けたドアが思いっきり後頭部にクリーンヒット。目から星が飛ぶようなそんな痛みに、俺は後頭部を抱えてその場に蹲る。

「? っ!! ご、ごめん! ひ、東九条君、大丈夫!?」

「つ……だ、大丈夫……」

 いや、大丈夫では無いのだが。痛いよ? 物凄く痛いよ?

「……大丈夫。問題ないよ。それより、やっと部屋から出て来たな」

 それでも俺は男の子だし。後頭部をさすりさすり立ち上がり、桐生に笑顔を向ける。そこには、涙目でこちらを見つめる桐生の姿があった。

「……涙目にならなくても。怒ってないぞ、俺。事故だ、事故」

「ち、違う! そうじゃ……いや、そ、それもそうだけど! 本当に大丈夫なの!? 頭は危ないって言うし、病院に行く!?」

「行かねーよ」

 そもそも、『どんな状況で後頭部をぶつけたのか』とか説明するの恥ずかしいし。だってお前、さっきの青春ドラマそのままだろうが。

「……ともかく大丈夫だから。泣くなよな?」

 涙目のままこちらに視線を向ける桐生。少しだけ迷った後、俺は人差し指で桐生の涙を拭う。

「……怒ってないって言っただろ?」

「……そうじゃない」

「んじゃ、どうした?」

「どうしたって……そ、その……」

 少しだけ言い淀み、視線を右往左往させる桐生。黙って桐生の言葉を待つ俺に、おずおずと切り出した。

「……その……な、なんで?」

 ……質問の意図が分かりません。

「なんでって……なにが? 何がなんで?」

「だ、だって! あ、明美様の所に行っていたんでしょう!? そ、それで、なんで十番以内に入る話になるのよ!!」

「いや、なんでって……むしろ他にどんな話があると思ったんだよ、お前?」

 許嫁を認めて貰う話し合い以外で……いや、まあ、一年近くあってないし旧交を温めるって線もあるけど……

「……普通に考えて、お前との許嫁を認めて貰う以外になく無いか?」

 昨日の今日で流石に世間話出来る程、俺、図太くないし。

「だ、だから! それがなんでよ!!」

「……いや、マジで意味が分からないんだけど?」

 さっきから何言ってるんだ、コイツ? いきなり日本語不自由になったけど、何が『なんで』か、全然――



「――わ、私は……てっきり、明美様の元に行ってしまうのかと……そう、思った」



 ――すうっと、体中の血が引いて行く感覚。ダメだ、ダメだ。怒るなよ、俺。

「……なんだ? お前、俺が明美の元に……明美と結婚した方が良いと思ったのか? そんなに不義理かな、俺?」

「ち、違うわよ! 馬鹿な事言わないで! そんな訳、あるはずないでしょ! 怒るわよ!!」

 烈火の如く怒る桐生。その姿と対照的に、俺の頬が自然に吊り上がる。これで『明美のところに行けば?』なんて言われたら目も当てられないしな。

「……良かったよ。『明美の所に行け』って言われたらどうしようかと思った」

「そ、そんなわけないでしょ! そんな訳ないけど……」

「ないけど?」

「……そ、その……昨日、明美様、言っていたでしょ? その……」

「俺はお前に相応しくないって?」

「そ、それは……う、うん……あ、わ、私が言ったワケじゃないわよ!!」

「分かってるよ」

 慌てた様に否定をする桐生に苦笑を浮かべて手を左右に振って見せる。そんな仕草にほっとした様な顔を浮かべた後、桐生が上目遣いでこちらを見やる。

「そ、その……ああは言ったけど……しょ、正直、私と、その……け、結婚したら、く、苦労はすると思うのよね?」

「……まあな」

「で、でもね? 明美様の話だと……その、簡単というか……苦労をしないというか……」

「小学生でも出来るらしいしな。でもな? だからこそ、俺は学年で十番以内に入るって言って来たんだよ。お前に相応しくないって言われたくないからな?」

「……」

「……桐生?」

「……なんで?」

「……お前今日、なんでばっかりだな?」

 ホントに。そんな俺のジト目に、桐生は意を決した様に口を開いて。



「――なんで……なんで、そこまでしてくれるの……?」




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― 新着の感想 ―
[一言] どの科目のテストかは指定してないから、ここは保健体育に賭けるべき。 男女の同棲生活っていうアドバンテージを活かせば、10位どころか学年トップも夢ではない。
[一言] 智美には言わせてもらえなかった言葉のリベンジ 察しろとか判れよとか言ったらぶっ飛ばされても文句は言えない割と正念場
[良い点] 弱りきった桐生さんも可愛い
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