第百四十三話 それは頼む相手が違うんじゃない?
ごめんなさい、二日酔いで寝てました……
「勉強を教えてって……って云うか浩之ちゃん、取り敢えず頭上げてよ」
俺の言葉と行動に若干の戸惑いを見せながら、そういう涼子。その言葉に従って頭を上げると、視線の先に少しだけ困った様な表情を浮かべる涼子。
「ダメか?」
「ダメってワケじゃないけど……勉強、か」
顎に手を当てて『んー』と悩んで見せる涼子。
「……正直、明美が『認める』って云うのがどういう事か分からないんだよ。何をしたら認めてくれるのか、どれをしたら認めてくれるのか、或いは何をしても認めてくれないのか……それは分からない」
「……」
「でも……『事業を継ぐほど優秀ではない』って言われた以上、『優秀』である事を証明しなくちゃいけないと思う。そう思ったら、まず一番初めに手を付けるのは勉強かなって……そう、思ったんだけど……」
……あれ? 反応薄い? もしかして、違う?
「……違う、かな?」
「……別に違わなくはない、かな? 私には経営の事はよく分からないけど、勉強が出来ないよりは出来た方が良いと思うんだけど……」
「だろ? だったら――」
「でもさ?」
そう言って視線をこちらに向けて。
「……浩之ちゃん、それを私に言うかな~? 私だって浩之ちゃんの事、好きなんだよ?」
じとーっとした視線を。
「それは……」
「はっきり言えばさ? 明美ちゃんが出て来てややこしい事になったけど……私と智美ちゃん、それに瑞穂ちゃんにとってはラッキーと言えばラッキーなんだよね? だって、桐生さんとの結婚を明美ちゃんが認めてくれないなら、それって私たちにもチャンスが出て来たってことじゃない?」
「……」
「むざむざそのチャンスを潰して、浩之ちゃんに勉強を教えるのはどうかな~?」
そう言ってつーんっとそっぽを向いて見せる涼子。そんな姿に、智美が声を上げた。
「涼子! アンタ、ヒロが頭下げて頼んでるんだよ? 助けてあげなさいよ!」
「……智美ちゃんはそれで良いの? 桐生さんと浩之ちゃんが結婚しても? その為にする努力の手伝いするって……なんだか、本末転倒な気はしないの?」
コクン、と首を傾げてそう問う涼子。その姿に、智美は堂々と胸を張って。
「しない!」
「なんで?」
「ヒロが頑張りたいって言ってるから。そりゃ、涼子のいう事も分かるよ? でもね? 頑張ろうってヒロが思ったなら、手伝って上げた方が良いに決まってるじゃん」
「それが自分にとって不幸な事になっても?」
「それでも、だよ。ヒロが一生懸命やって……それで成功したら喜んで上げたい。失敗したら慰めてあげたい。そういう関わり方をしたいんだよ、私は」
そう言って智美は俺を見つめて。
「――頑張って、ヒロ。私は応援する」
「……さんきゅ」
「まあ、でも? 無理だって分かったら直ぐに放り出して来てくれても良いよ? 私のこの豊満なナイスバディで慰めてあげましょう!」
そう言って『さ、れっつはぐ!』と腕を広げる智美。アホか。
「……しねーよ」
「そりゃ残念。ともかくまあ、頑張りなさいな。勉強なら私はなんの役にも立たないだろうけど……まあ、応援はしてるから」
「……ありがとよ」
『良き良き』と手を振って見せる智美に軽く頭を下げて俺は涼子に向き直る。
「……すまん、涼子。俺、デリカシーが無かった」
「……」
「……勉強は自分で頑張る。その……ごめんな?」
そう言って涼子にも頭を下げる。昨日から怒涛の展開で頭が付いて行って無かったけど……そりゃ、涼子の言う通りだよな。好意を寄せてくれる女の子に対して別の女の子の事を頼むのは違うわ、そりゃ。
「……はぁ」
「……」
「……頭上げてよ、浩之ちゃん。これじゃ私が凄く我儘言ったみたいじゃん。悪者みたいじゃん!」
「……いや、我儘とは思わないし……悪いとも思わない。むしろ当たり前だと思うし」
「……まあ、浩之ちゃんが頑張りたいって言うんだったら助けるのはやぶさかではないし……一生懸命な浩之ちゃんを近くで見守るって考えたら役得と言えば役得、かな?」
ぶつぶつとそう言った後、涼子は少しだけ微笑んで俺に視線を向けた。
「……わかったよ、浩之ちゃん。勉強、教えるよ」
「……良いのか?」
「……個人的にはあんまり納得いってないけど……でも、智美ちゃんの気持ちも浩之ちゃんの気持ちも分かるからね。さっき私もちょっと煽ったし……まあ、浩之ちゃんが頑張りたいって言うなら、私もお手伝いするよ」
「……悪い」
「良いよ。幼馴染だしね、私達。助け合いは大事だから。まあ、何かしらで返して貰えればいいかな? 具体的にはデートとか良いね!」
「……」
デートは……どうだろう? つうか、流石に今の状態で涼子とデートって色々問題無いか?
「全部問題が解決してからで良いよ。桐生さんには私から言うし。『貴方達の為に頑張ったんだから、それぐらいの役得はあって良いよね!』って」
「……そのセリフは悪者っぽいが」
「そこでの悪者なら良いかな、別に。恋愛に正義は無いしね~。強いて言うなら勝ったものが正義だよ!」
そう言ってビシッと親指を立てて笑う涼子。
「涼子、それはズルくない?」
「ズルくないよ。悔しかったら智美ちゃんも浩之ちゃんに勉強教えてあげればー?」
「ぐぅ……それは……」
悔しそうに唇を噛む智美。と、その視線を俺に向けた。
「そういえば最近、聞いて無いけど……ヒロ、アンタ前回の学力テスト学年何位だったの? 明美が腰を抜かすぐらいの順位って言ったけど、中途半端な順位じゃ無理だよね? 確か、涼子は……」
「五位だよ」
「だよね? まあ、それぐらいは目指さないといけないと思うけど……」
そう尋ねた智美だけではなく、涼子までこちらに視線を向ける。そんな二人から視線を外して。
「……百五十二位」
「「…………は?」」
「だ、だから! 百五十二位だよ!」
「え? 三百二十人中って事だよね?」
「ま、真ん中よりはちょっと良いだろ!」
「そうだけど……私だって百位以内だよ? 前回、八十九位だし」
「……へ? お前、俺より頭良いの!? バスケばっかしてるくせに!」
「……失礼な。そりゃ、涼子ほどは出来ないけど、結構コツコツしてるもん、私。ヒロとは違うのだよ、ヒロとは」
そう言って胸を張る智美。マジか……俺の順位、低すぎ?
「……浩之ちゃん……流石に百五十位をうろうろしてる学力じゃ、五位以内どころか一桁順位も難しいと思うんだけど……」
困った様に眉をハの字にして見せる涼子。だ、だよね?
「……分かった」
「……分かった?」
ああ、と頷き。
「……五十位くらいで認めてくれない、かな~って……そう、交渉してみようかと思う」
「「……え?」」
「えって……えーっと……だ、ダメ?」
俺の言葉に二人でじとっとした目を向けて。
「「――格好悪い」」
……だよね、ハイ。頑張ります……