第百四十二話 もしそれが、正しいとしても。間違ってないとしても。
屋上に続く階段を上がって扉を開ける。放課後という時間帯、昼休み程混んでない時間帯であり目当ての人物は直ぐに見つかった。
「よう」
「お疲れさん、ヒロ。掃除当番だっけ?」
「そうだよ」
「お疲れさま、浩之ちゃん。ごめんね、呼び出して」
「気にするな。俺も話したい事あったし」
そう言って給水塔の壁にドカッと腰を降ろした俺を見つめる二人に声を掛ける。
「……んで? 『放課後、話があるから屋上』って呼び出しあったけど……なんだよ?」
「惚けないでよ? 分かるでしょ、呼び出した理由。話したい事、あるんでしょ、アンタも」
「……」
「昨日、電話があったのよ。明美から」
……やっぱりな。
「……それは……迷惑掛けたな」
「別に迷惑じゃないけど……ああ、ううん。迷惑かな? 明美、滅茶苦茶怒ってたもん。『貴方が居ながら、許嫁とはどういうことですか!』って……別に私がヒロの管理しているワケじゃないのにね?」
苦笑を浮かべる智美。そんな智美の言葉を継ぐように、涼子も口を開いた。
「私の所にも電話があったよ? 『涼子さん。貴方ほどの人が居ながら、浩之さんの言動をしっかり管理しておいて下さい』って」
「……全方位に喧嘩を売るスタイルかよ、アイツ」
すまん、マジで。俺の又従姉妹のせいで迷惑掛けたな。
「それは良いんだけど……明美ちゃん、『貴方達が言って無いようですので、私が彩音様に一言物申させて頂きました』って言ってたのよね。それで……ねえ、智美ちゃん?」
「……明美って、思い込んだら結構『こう』でしょ? だからまあ……桐生さん大丈夫かなって思ったんだけど……」
そう言って心配そうにこちらを見やる二人にため息を吐いて見せる。
「……昨日の夜から部屋、出て来てねーよ。今日は体調が優れないから休むって」
「……あー……」
「……そっかー……」
俺の言葉に肩を落とす涼子と智美。そんな二人に、少しだけ苦笑を浮かべて見せる。
「……まあ、結構キツイ事言ってたしな、アイツ」
「そう……でしょうね。明美だし」
「だよね。明美ちゃんだもん」
「……正しいんだが、お前らの間で明美の評価ってどんなんだよ?」
「ある意味、桐生さんより悪役令嬢っぽいかも。いや、悪役令嬢とはまた違うんだけど……こう、『敵』に関しては一切の容赦がないというか」
「そうだね。味方にすると心強いけど、敵には回したくないタイプだね、明美ちゃん」
「……」
……まあ、気持ちは分からんでは無いが。
「……んで? そんな明美は桐生さんになんて言ったのよ?」
「いや、なんてって……」
「明美が言ってたよ。『私が喋れば、私のフィルターを通しますので。どのように彩音様に言ったかは浩之さんに聞いて下さい』って」
「……」
丸投げかよ、アイツ。
「……俺は桐生に相応しくないって言われたんだよ」
「桐生さんに相応しくない? 桐生さんが相応しくないじゃなくて……ヒロが相応しくないってこと?」
「……桐生の家って実業家だろ? そんで、許嫁って事は何時かは俺が桐生の家の事業を継ぐことになる。そんな能力はお前に無いだろうって……まあ、ざっくり言えばこんな感じだ」
「……ああ、なるほど」
「分かるの、涼子?」
「桐生さんの家は……言っても良いのかな? 桐生さんのお父さんが作った会社で、ワンマン経営って事でしょ?」
「……分かるのか?」
「……そういう意味では確かに浩之ちゃんじゃあ難しいかも知れないね。経営者って非情な決断を下さなくちゃいけないけど、浩之ちゃん優しいし……それに……」
「……頭も悪いってか?」
「そ、そこまでは言ってないよ!! ただ……ひ、浩之ちゃんはやれば出来る子なのにな~って思っただけで!」
「……それ、言ってるのと一緒」
もっと言えばそれ、やらない子に必ず言うヤツだからな?
「……まあ、そんな訳で俺には桐生の相手は無理だって言われたんだよ」
「……なるほど。それじゃ、桐生さん、傷ついたかもね」
俺の言葉に納得する涼子とは対照的に首を捻る智美。なんだよ?
「……どうした?」
「……いや……別に、私もそんなに桐生さんの事知ってる訳じゃないけどさ? こう……桐生さんって負けず嫌いな所、あるじゃん?」
「……まあな」
「明美に言われたことはショックだろうけど、学校に来れなくなるほどショック受ける事かなって。なんとなく、桐生さんのイメージに合わないって言うか……その、間違ってたら御免だけど」
「……」
「……もしかして、まだなんかある?」
「……明美、言ってたんだよ。涼子や智美、或いは瑞穂と……こう、なんて言うの? 俺が付き合ったりするのは許せるけど、桐生は許せないって」
「……なんで?」
「……」
一息。
「……別に俺じゃなくても良いだろ、って。東九条の血だったら、誰でも良いんじゃないかって」
「……」
「……」
「……それは……」
「……流石に言い過ぎだよ、明美ちゃん」
「……」
「……ヒロ?」
黙りこくった俺に、智美が心配そうな顔を向ける。その顔に苦笑を浮かべながら、俺は小さく頭を振った。
「……でも……ちょっとだけ、思ったんだ。確かに今の俺じゃ、桐生の家の事業の手伝いなんて出来ない。『東九条』って名前を桐生が欲しいんなら……それも選択肢として『あり』なのかな、って」
「……」
「……明美の言ってたことな? 最初に桐生にも言われたんだよ。『別に貴方じゃなくても良い』って。『名家の血なら誰でも良い』って。そうなると……確かに、俺がいる意味ってないんじゃないかな、って」
初めて会った時に言われた言葉がよぎる。
『勘違いしないでよ? 別に『アンタ』の事を見ていたワケじゃないわ。私が見ていたのは『東九条』よ』
「……確かに、桐生は『俺』の事なんか見て無かったなってな」
今思えば、酷い出逢いだったよ、うん。
「……それで?」
「ん?」
「……ヒロはそれで良いの? 桐生さんとの許嫁を解消して、それで……他の東九条の分家の人と桐生さんが結婚して……それで、良いの?」
「……」
「……」
「……今のままなら、それが良いだろうな。桐生にとっても……」
いいや。
「『桐生家』にとっても、それが一番の選択肢だ」
俺の言葉を聞くが早いか、智美が俺の傍まで歩み寄って。
「――見損なったわよ、ヒロ」
俺の胸倉を掴み上げる。
「……いてーよ」
「痛い? そりゃそうでしょ、痛くしてるんだから。別に、桐生さんの味方をしてあげる義理は無いけどさ? アンタ、本当にそれで良いと思ってるの? 一番良い選択肢? 何処がよ!!」
「と、智美ちゃん! 止めて!」
そう言って智美を引き離す涼子。そのまま、俺に非難の目を向ける。
「……やり方はともかく、智美ちゃんの言う通りだよ! 浩之ちゃん、最低だよ! 桐生さんの気持ち、考えてあげたの? 可哀想だと思わないの? ちょっと明美ちゃんに言われたからって、そんな簡単に諦めるなんて、桐生さんが――」
「――は? 諦める?」
「――可哀想だ……って……え?」
「なんで俺が諦めるんだよ?」
「いや……だって……さっき、『他の人が良い』言ったじゃない。アレ、嘘なの?」
「嘘じゃねーよ。他の人の方が桐生家の発展……発展? ともかく、事業はもっと上手く回るだろう? 実際、俺には能力ねーし」
「だ、だったら!」
「――今の俺なら、な」
「……」
「……」
「確かに今の俺なら、きっと桐生家の役には立たんだろうし……明美の言う通り、他の分家の人間が桐生家の婿に入った方が良いだろう。『今の』俺なら、間違いなくそう思う」
「……それって」
「……でもな? 許嫁って言っても、まだまだ結婚するまで時間があるんだ。なら、俺にだって成長の余地は残ってるんじゃねーか?」
涼子、言ったよな? 俺、やれば出来る子なんだろう?
「……浩之ちゃん」
「だから、俺も涼子に話があったんだよ」
もし、仮に。
「わ、私に話?」
明美の言う事が、正しいとしても。間違っていないとしても。
「ああ」
そんな事は関係ない。
「俺に、勉強を教えてくれないか、涼子? 今度の定期テストで……明美が腰を抜かすほどの順位が取れる程に」
――このまま簡単に諦めてなんか、やるもんか。
此処が一番主人公っぽいんで此処で切りました。次回でフォロー!