第六話 悪役令嬢! ……悪役、令嬢?
教室を出て、廊下を歩き校庭に出る。隣には、もしかたら学校一の有名人かも知れない桐生が歩いているという事もあり、注目度がいつもとは段違いだ。まあ、智美や涼子と歩いてても羨望と嫉妬の視線を浴びるからよくある事と言えばよくある事なんだが……そういう、ある意味では好意的な視線ではなく、なんというか『恐怖』って思われてる気がする。
「ねえ」
モーゼの海割りの様に校庭に集まる人が黙って俺らの進路を開けて辿り着いた校門で不意に桐生が口を開いた。
「……なんだよ?」
「いつまでも黙ってても暇だし、なにかお喋りしない?」
「……そうか?」
むしろココでお前ときゃっきゃうふふと会話していたら余計に注目を浴びそうで怖いんだが。と、いうかだな?
「なに? お前、俺とお喋りしたいの?」
「逆になんでお喋りしたくないと思うの?」
「なんでって……」
『アンタ個人に興味はない』ってバッサリだったじゃん。視線で俺の言いたいことに気付いたのか、ちょっとだけ気まずそうに視線を逸らした。
「その……悪かったわよ。ちょっと朝は気が動転してて……で、でもさ? 私も聞いたのは土曜日だけど、びっくりすると思わない!? だって急に『許嫁が居るよ、同棲してね?』なんて言われれば!」
「声がでかい!」
校門の前で同棲とか言うな! チラチラこっち見てるから!
「ご、ごめん……それで、まあ……ちょっと色々こんがらがって、つい八つ当たりして……本音が出ちゃった」
「あ、本音は本音なのね?」
謝っているようで罵倒するスタイル、斬新ですね!
「失礼だとは思ったけど……でも普通、そうじゃない? 逢った事も……まあ、見た事ぐらいはある男の子に興味を持つと思う? 余程魅力的ならそういう事もあるでしょうけど……貴方、興味持たれる程自分の事モテるとでも思ってんの? 自意識過剰?」
「……思ってないけど、一々バッサリ切り過ぎじゃね?」
泣くよ、俺? 泣いちゃうよ?
「まあ、鈴木さんとか賀茂さんが幼馴染とはいえ、高校でもずっと一緒に居る所を見る限り、悪い人間ではないだろう、ぐらいは想像が付くけど」
「智美と涼子?」
「引くてあまたの彼女たちが彼氏も作らずに貴方の側をうろちょろしてるんだもん。貴方にそれだけの魅力があるか、好みが壊滅的に悪いか、洗脳してるかのどれかでしょ?」
「……最後の二つに悪意を感じるが」
まあ、言わんとしている事は分からんではない。智美も涼子もモテるしな。と、いうかだな。
「……意外に喋りやすいのな、お前」
「意外ってなによ、意外って」
「いや、だって……あくや――」
「私、そのあだ名嫌いって言ったわよね?」
「――……そ、その、さっきの藤田の話を聞いてたらさ? もうちょっとキツいアタリされるかと思ったんだが」
それが開口一番……ではないが、『ごめん』だもんな。悪役令嬢の口から出ちゃダメな言葉ナンバー1だと思うんだが。
「ああ、さっきの話?」
「そう。ちなみにアレ、事実?」
「まあ、六割方事実ね。ただ、私にも言い分があるの。聞く?」
「……聞こうか」
「告白に関しては『なあ、桐生、付き合おうぜ! 俺、顔もイケてるし良いだろ?』ってアウストラロピテクスの生き残りみたいな顔の癖にそんな事を話しかけて来たから。頭もお猿さん並みだったし、運動神経も中途半端。そのくせ、勢いとしつこさだけは超一流で。『付き合うつもりはない』って言ったのに『照れるなよ』とか脳みそに蛆虫沸いてるんじゃないかってぐらい意味の分からない言葉が出て来たから……つい」
「……勉強してる子を罵倒したのは?」
「『良いわね~、桐生さんは。頭も良くて可愛くて、お金持ちだもんね~? 人生、楽勝ってカンジ?』って小馬鹿にしたように言われたのよね? そもそも、テストで百点取ったのは私の努力の賜物よ。小杉さんが六十三点だったのはテスト期間中にも拘わらず、カラオケ行ったりしたからじゃない。だから、『ちゃんと勉強すれば貴方も百点取れるわよ』みたいな事を言ったんだけど……どうもそれが癪に障ったみたいで」
「……バレー部は?」
「それは完全にデマ。そんなに暇じゃないし、私」
そう言って詰まらなそうにそっぽを向く桐生。んー……。
「……要は曲解されて広まってるってところ?」
「まあ、噂に尾鰭が付くのは仕方ないわよ」
「否定は?」
「自慢じゃないけど、私は容姿も整っているし、頭も良いし、運動神経抜群だし、お金持ちなのよ」
「すげー自慢じゃん」
「ただの事実確認よ。だから、そんな私に声を掛ける男子は多いわ。当然、嫉妬だって浴びるし、面白くも思われない。そんな私がわざわざ噂の火消しなんかして回ったら絶対弱みを見つけたと思って今以上に攻めて来るに決まってるじゃん」
「その……友達とかは?」
「居ないわね。正直、欲しいともあんまり思わない」
「強がりに聞こえるんだが?」
「強がりってワケじゃないけど……まあ、本当に信頼できる友人なら、有って嬉しくないというつもりはないわよ? でもね? 私の周りに居る子って、私を蹴落とそうとする子か、私に取り入ろうとする子しかいた事が無いのよ。中学校は私立のお嬢さま学校だったし……私なんて特に、成り上がり者の小娘だからね。随分と辛酸舐めさせられたわよ」
「それは……大変だったな」
「まあね。でも、慣れれば楽と言えば楽、かな? あれでしょ? メッセージアプリに直ぐに返信しないと仲間外れにされるんでしょ? イヤよ、そんな友人関係」
「そういうグループもあるにはあるが……」
「流石に一日携帯とにらめっこなんて、リソースの無駄遣いでしょ?」
「……まあな」
あれは俺もどうかと思うが。
「にしても……まあ、随分とぺらぺらと自分の事喋るな?」
「鬱陶しい?」
「いや、そうじゃないけど……初対面だろ、俺ら?」
「直接話すのは初めてね」
「だからまあ、不思議と言えば不思議かな?」
俺の――というか、恐らく全ての生徒がイメージする『悪役令嬢』っぽくないと言うか……上手く言えんが、コイツ、悪役令嬢って言われるほど悪い奴じゃねーんじゃねーか?
「そう? だって私と貴方、許嫁でしょ? そしてこのまま行けば……具体的には私に東九条以上の良縁が見つかるか、貴方のお父様が借金を完済するかしない限り、高い確率で婚姻関係が成るわ」
「……そうだな。親父の借金のせいで……」
「……悪いとは思ってるわよ」
「思ってんの?」
「思ってるわよ! だって貴方、こんなの殆ど人身売買じゃない」
「いや、そうだけど……でも、俺の親父の借金のせいだし」
「そうね。それも否定はしないわ。それでもよ」
そう言って立ち止まると、真摯な表情を見せて頭を下げる。
「……ごめんなさい。ウチの父のせいで、迷惑を掛けるわ」
「……頭上げろって。お互い様だろ? 謝罪は辞めよう」
「……あなたがそう言ってくれるなら」
「ああ。それにしても、朝とはえらい違いだな」
「だから、悪かったわよ。冷静で無かった自覚はあるし……そもそも私、口は悪いのよ。間違いなく」
「自覚あるなら治せば?」
「これは私の『盾』みたいなものだから。軽々と外すことも出来ないの。でも、口ほど性格は悪くないつもりよ?」
「……」
まあな。此処まで話聞いてりゃ、悪い奴じゃ――少なくとも、噂よりはましだと思う。
「話が逸れたわ。どのみち何時か婚姻が成るのであれば、今の内から円滑な人間関係は築いて置いて損はないと思うのよ。貴方を伴侶として愛する自信は……そうね、正直今はない」
「ひどい言い草だな、おい」
「貴方、あるの? 私を伴侶として愛する自信」
「……ねーな」
「でしょ? でも、長い間連れ添えば『情』は沸くかも知れないじゃない、お互いに。なら、そこを目指して頑張りましょうと……まあ、そういう話よ」
「前向きだな」
「そう? どっちかって言うと後ろ向きだと思うけど?」
それもそっか。
「……まあ、これから一緒に暮らすんだもんな。いがみ合っても仕方ないか」
「でしょ? だからまあ」
仲良くしましょう、と。
「よろしくお願いね、許嫁さん」
「……よろしく、許嫁」
差し出された手を、俺は握り返した。
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