第百三十九話 襲来、又従姉妹!
「……粗茶ですが」
「ありがとうございます、彩音様。ああ、彩音様もお久しぶりですね。息災でしたか? お逢いしたのは……確か、昨年の」
「ええ、明美様。昨年のクリスマスパーティーですね。お久しぶりです」
お嬢様然としてオホホと笑う桐生と……又従姉妹である明美。一見、和やかな対談だが、明美の視線が物凄く冷たいから、さっきから震えが止まらないんだが。
「まあ……お久しぶりと言えば浩之さんもお久しぶりですが? むしろ、彩音様よりお久しぶりでは無いですか? それほど、京都はお嫌いで?」
「……悪かったよ」
ソファにもたれ掛かったまま手を振って見せる。余裕そう? いいえ、怖すぎて足が震えてるから座っているだけです。
「……んで? なんの用だよ?」
「なんの用、とは?」
「惚けんな。引っ越しってなんだよ、引っ越しって。お前、学校はどうするつもりだ?」
明美の実家は前々から言っている通り、京都にあるし、当然学校だって京都の某お嬢様女子高に通ってる。って……まさか。
「……転校とかするつもりじゃねーだろうな?」
「今年、生徒会の執行部に入っていますから。流石に私の都合だけで今の学校業務を放り出す訳には行きませんので……高校は今まで通りです」
「……どうするんだよ、それ」
まさか此処から通うってワケじゃねーよな? 何時間掛かると思ってんだよ。
「平日は今まで通り、京都の実家から通います。土日だけ、こちらの家に住もうかと」
「……なんつう無駄な」
これだから金持ちは。だってお前、交通費だって馬鹿になんねーぞ、それ。そんな事する意味、あんの?
「……誰のせいだと思っているのですか、浩之さん?」
「……誰のせいだよ?」
胡乱な目を向ける俺に、ため息をひとつ。
「桐生彩音様と『許嫁』になったとお聞きしましたが?」
……あー……バレた?
「……ウチの親父、コンクリートのブーツ履いて鴨川にダイブさせられちゃう?」
「維新の前までならその可能性はありましたね。流石に、現代日本ではそこまでしませんが」
一息。
「――お父様、大層お怒りです」
「……」
……やっぱり。
「無論、分家の決定全てに異を唱える、などという時代錯誤な事をするつもりはありません。ありませんがしかし、婚姻とはどう言い繕っても『家』と『家』の事柄です。特に我が家はある程度格式のある家です。婚姻の相手は良く選ぶべきですし……ある程度、本家の意向も斟酌して欲しい、という意見も分からないでは無いでしょう、浩之さん?」
「……まあ」
『恋人は選べるが、その親までは選べない』とはよく聞く言葉だし。なんだかんだで、相手の家とのお付き合いは大事だしな。
「……それはまあ、悪かった」
「……浩之さんのせいではない、とは茜さんにも聞いております。実際、先ほどおじ様にお逢いした際に事情は全てお聞きしましたので」
「……一応、もう一回聞くけど……コンクリブーツ鴨川大水泳大会は」
「開催されませんので、ご安心を」
そう言ってお茶を一啜り。
「……本来であれば、おじ様を京都の本家に召喚して事情説明を行って貰う予定でしたが……なんといってもおじ様ですので。召喚に応じるとは思えません」
「……なんか御免」
頑なに京都に帰りたがらないからな、親父。どんだけ本家嫌いなんだよ。
「かと言ってお父様がこちらに来るのも頂けない話です」
「忙しいのか、本家?」
「いいえ。本家の当主が忙しなく動かなくてはいけない事態になれば東九条の家は終わりです。そうではなく、世間体の問題です。分家の不始末の事情を本家の当主が出張って聞きました、なんて本家の格を落としますので」
「……」
……たぶん、親父もこういう所がイヤだったんだろうな~って思う。自由人だし、親父。
「なので、私が『名代』としてこちらに来ました。事情をお聴きし、然るべき判断を付けなさいとお父様から全権を委任された……そうですね、お目付け役とでも思って頂ければ」
「お目付け役って」
大仰だな、おい。
「言い得て妙ではありますが。私には今回の『許嫁』の全権を委任されています」
そう言って、一息。
「――場合によっては白紙撤回まで視野に入れておりますので、悪しからず」
「っ!!」
桐生が息を呑んだのが分かった。そんな桐生をチラリと見た後、優雅にお茶を飲む明美に。
「……白紙撤回って。そんなの、お前に決める権利があんのかよ?」
なんだろう? なんだか、無性に腹が立った。
「ありますよ。全権を委任されておりますので」
「……言い方を変える。本家に、そんな権限があるのか?」
「ありますよ」
「ありますって……んなもん、ある訳――」
「――そういう家系なのですよ、浩之さん、ウチは。浩之さんは興味が無かったようですが」
「――っ」
「……今の私は東九条本家当主、東九条輝久の名代です。東九条本家は分家に対して庇護をする義務があります。そして、分家はその庇護を受ける代わりに本家に対して報告を行う義務があります。おじ様はまあ、東九条がお嫌いでしょうが……でもね、浩之さん? おじ様だって『東九条』の名で得をした事だってある筈なんですよ?」
そう言って桐生を見やる明美。
「実際、彩音様のお父様だっておじ様が『東九条』でなければ融資を決定したでしょうか? 何処の有象無象か分からない、そんな家に融資を決定したでしょうか?」
「そ、それは……」
「そこに『東九条』というバイアスがかかったのは事実でしょう。実際、東九条の家は分家に対する庇護は手厚いですし。お父様だって、おじ様が失敗したら助けるつもりもあった筈です。それぐらいの余力は本家にもありますから」
「……」
「本家の庇護にありながら、その特権だけを享受するのは如何なものでしょう? 別に、箸の上げ下げまで指導するつもりはありませんが、『東九条』という看板を利用するだけ利用して、後は好き勝手にさせてくれ、というのでは道理が通らないと思いませんか?」
「……まあ」
正論ではある。
「それも踏まえて、こちらに引っ越しをさせて貰いました。流石に今回の事象は大きな失点ですしね。現状の東九条分家次期当主である浩之さんの素行調査も兼ねるのと……後はまあ、役得ですかね」
「役得?」
「こちらの話です。さて、それを踏まえた上で現状での私を見解を申し上げます」
そう言って明美はにっこりと笑い。
「――私はこの許嫁に関して、『反対』です」




