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第百三十二話 意外に多才な藤田君と、積極的な桐生さん。


 翌日。なんだか色々精神的にやられた俺は登校早々机に突っ伏す。昨日は勢いで頷いたものの……恋人っぽい事ってなんだよ?

「おっす、浩之! おはよう!」

 そんな俺の頭上から掛かる声に顔を上げる。と、そこには昨日男前な告白をして見事彼女持ちになった藤田が良い笑顔で立っていた。

「……おはよ」

「お? なんだ、なんだ? 暗くねーか? もっと元気出して行こうぜ~」

「……お前は元気だよな」

「そりゃ、元気にもなるさ! だって俺……」

 そう言ってニヒヒと気持ち悪い笑顔を浮かべながら親指を立てる藤田。



「――昨日から、彼女持ちだし!」



「……うぜぇ」

 心の底からの声が漏れた。え? コイツってこんなに……ああ、そうだ。最近コイツの株爆上げだったから忘れてたけど、基本コイツお調子者だった。

「うぜぇって酷く無いか? もうちょっと喜んでくれよ、お前も!」

「正直に言おう。喜ばしい事だとは思ってる」

「お、おう……なんかそんなに素直に言われると、ちょっと不気味なんだが……こう、『調子に乗るな!』的な突っ込みが来るかと思ったんだけど……」

「別にお前が彼女持ちになったのを祝福しているワケじゃない。いや、祝福はしているが……どっちかって言うと、有森がきちんとお前と付き合えたのが喜ばしい」

「ひどくね!?」

 いや、別にお前がどうでも良いという訳では無いんだぞ? でもまあ、アレだ。お前よりは有森の方が気に掛かったという訳だ。ばっちり恋に落ちる瞬間も見たし、責任の一端は俺にあったからな。上手く行って欲しいとは思ってたし。

「……親友甲斐の無いやつだな、お前」

「うるせぇよ。んで? どうだ? 彼女持ち初日の気分は」

「……気分? そうだな」

 にっこりと笑って。



「……最高」



 そう言ってだらしない笑顔を見せながら、手に持った袋を掲げて見せる藤田。なんだよ、それ?

「なんだ、それ?」

「弁当だよ、弁当! 今日の昼、一緒に食う約束してるんだ! 『……ご迷惑じゃ無ければ、明日……一緒にお弁当食べませんか?』って有森が! 可愛くね? 俺の彼女!!」

「はいはい。可愛い可愛い。良かったな、愛妻弁当貰って」

『そうなんだよ~』と自慢げに緩む藤田の顔。そんな想像をする俺に、藤田は少しばかり苦笑を浮かべて見せる。

「いや……これ、俺の手作りなんだよ」

「……なに?」

 え? そうなの? なに? 料理男子が流行ってるの、今?

「有森、料理はそんなに得意じゃないらしくてさ? でも、折角付き合って初日だし……別にコンビニ弁当とか購買のパンでも良いっちゃ良いんだけど……ホレ、やっぱり、手作り弁当って……良いじゃん?」

「……ごめん、あんまり賛同できないかも」

 いや、別に男が料理を作るのがダメとは言わんよ? 俺だって作るし。でもさ? こう……女子の手作り弁当って憧れあるじゃん。っていうかさ?

「……有森、なんか言って無かったか? お前が弁当作る事に関して」

「『ウチの彼氏、気遣いも出来て優しくて料理も出来るなんて……』って言ってた」

「のろけ?」

「……その後地面に手を付いて項垂れてたから、ショックは受けてたと思うぞ」

「……」

 ……だろうな。なに? 彼女のメンタル折りに行くスタイルなの?

「っていうかお前、料理出来たんだな?」

「おう! まあ、そうはいっても簡単なモンばっかりだけどな。ホレ、一駅先の駅前に喫茶店あんじゃん? あそこでバイトしてんだよ、俺。キッチン担当だから、一通りは作れるぞ?」

「……意外に多才だよな、お前」

「『これ!』ってのが無いだけだけどな。器用貧乏って言うのか?」

「……その能力が勉強に生きれば良かったのに」

「やかましいわ」

 そう言って俺の肩を小突く藤田。いてーよ。

「まあ、程々にしとけ。有森、ガチでヘコますなよ?」

「あー……そうだな。俺的には別に料理なんて出来る方が作れば良いと思ってるんだけど……でも、それで有森が悩むのも考えもんだし、ちょっと気を付けるわ」

「そうしてやれ」

 お前なら出来るだろ? 人に優しくするプロだし。


◇◆◇


「おかえりさなさい」

「ただいま」

 学校から家に帰ると、桐生はリビングで本を読んでいた。ちらっと表紙を覗き見ると……なんだか難しそうな人名が並んでいた。

「……なにそれ?」

「小説。ロシア文学ね。読む?」

「……日本人の名前ですら覚えられないのに、ロシア人の人名とか覚えられそうにないから遠慮しとく」

 長いしな、ロシア人の名前って。あれだろ? なんとかスキーとか、なんたらヴィチとか付くんだろ?

「……数ページ進んで、『コイツ、誰だっけ』ってなりそうだからな」

「もう」

 そう言って苦笑を浮かべて本を閉じる桐生。そのまま、視線を俺に向ける。

「……今日、有森さんにメールしたのよ」

「……アドレス、知ってるのか?」

「……」

「……」

「……『なんて送ったんだ?』って聞かれると思ったのに、まさかの斜め上の返答だったわね。知ってるわよ、アドレスぐらい!」

「そ、そっか。それはすまん」

 いや、だって桐生だし。

「私だって少しずつ成長してるの! ともかく……彼女、今日付き合って初日でしょ? 私たちも『恋人っぽい』ことをしようって思ってる訳だし、ちょっと参考にさせて貰えないかな~って」

「……なるほど。先達に聞くのか」

 桐生は言わずもがな、俺だって周りのカップルは藤田と有森しか知らないからな。なに、この恋愛経験値の低さ。

「……お前、恋愛小説好きって言って無かったっけ?」

「好きよ」

「無いの? 小説にそういう描写」

「恋愛小説は好きなんだけど……恋愛小説って、『付き合う』までは凄く丁寧にやるのに、付き合った後の描写って少ないのよね」

「……そうなの?」

 まあ、付き合うまでのアレコレを楽しむもんなんだろうしな、アレ。付き合った後の描写ってデートシーンぐらいか?

「無い訳じゃないけど……基本、恋のさや当て相手が出て~、みたいなパターンが多いのよ。それがダメってワケじゃないんだけど……ねえ?」

「参考にはならんわな」

「まあ、そうよ」

「んで? 有森からはなんか参考になる話を聞いたのか?」

「……」

「……なんだよ?」

「『藤田先輩、料理も完璧なんですけど……どうしたら良いですか。桐生先輩! お願いです、料理、教えて下さい!』って返信が来たわ」

「お前……それ、聞く相手絶対間違ってるぞ?」

「……その通りだけどはっきり言われたらそこはかとなく腹が立つわね。大丈夫、『料理は一日にしてならずよ。取り敢えず、練習あるのみだから! どうしても詰まったら、メール頂戴』って返しておいたから」

「……お前、それって」

「……教えてあげるとも、得意だとも言って無いわよ? う、嘘は付いて無いわ。メール頂戴って言っただけだもん!」

「出来ないって言えよ?」

「ちょ、ちょっとは出来るもん!! と、ともかく! それで有森さん、落ち込んだんだって!」

「……だろうな~」

 気持ちは分かる。へこんだ有森の姿が目の前に浮かぶよ。

「……あら? 貴方も思うの? 別に得意な方が作れば良いんじゃない?」

「そうだけど……でもさ? 例えばお前がナンパとかされて、俺の助けも借りずにナンパ相手を叩きのめしたら俺、ちょっと自信失うぞ?」

 あるじゃん、イメージって。こう、女の子は男が守る、みたいな。料理はそれの女子版みたいな。

「……まあ、それはそうね。一応、心にとめて置くわ」

「……叩きのめす自信、あるの?」

「これでも一応、お嬢様だし。護身術は一通り覚えたわ」

 ……マジか。俺、いらないじゃん。

「別に貴方をボディガードにしたいワケじゃないから良いのよ。そ、その……あ、貴方は傍に居てくれれば、それで……」

「そ、そうか」

 そう言ってチラチラとこちらを見やる桐生。その……ちょっと照れるんですが。

「と、ともかく! 有森さん、随分落ち込んでたんだけど……そうしたらね? 藤田君が、『ぎゅ』って抱きしめてくれたんだって! 『ぎゅ』って!」

「……やるじゃん」

「『別に料理が出来るとか出来ないで、お前の事好きになった訳じゃないから』って……有森さん、凄く嬉しかったらしいの!」

「……まあ、そうだろうな」

 さっきまでへこんでいた有森が目に浮かんでいたが、今度は有森の笑顔が目に浮かぶようだ。

「そ、それでね? その話を聞いて、思ったの! やっぱり恋人と友人の違いはスキンシップじゃないかな~って!」

「……」

「友達同士では出来ない事も、恋人同士では出来るんじゃないかって、そう思ったのよ!」

 ……ああ、これ。すげー嫌な予感がする。

「だ、だからね、東九条君?」

 潤んだ瞳でこちらを見つめて。



「――そ、その……『ぎゅ』って……して?」



 ……初日からハードル高いな、おい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 直訳:私を抱いて
[良い点] 藤田君の評価が話数を重ねる毎に爆上がりしてますね。 [気になる点] この作品の時代設定が分からないですが、ここ最近はメールって余り使わずにLINE等のメッセージアプリを使いますよね?
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