第五話 先生、大変です! 藤田君が息をしていません!
「ヒロ、帰ろ? 涼子誘ってさ。なんか甘いものたべたーい」
「……お前は健忘症かなんかなの?」
放課後、憂鬱な気分で帰り支度をしていた俺に掛かる声、智美だ。俺にそう言われてきょとんとした顔を見せた後、『ああ』とばかりに手を打って見せた。
「ヒロ、デートだっけ?」
「馬鹿! 声が大きい!」
そんな声でデートとか言うな! 面倒くさい事になるに決まってんだろ!
「……なんだ、浩之……デートなのか……」
ほら見ろ! その言葉を聞きつけた恋愛ゾンビ共が群がって――
「――藤田? どうしたよ、そんな顔して?」
一時間目の体育の時にはキラキラと輝いていた顔には生気のカケラも見当たらない。ええっと……どうした、藤田?
「……ふ……笑ってくれ、浩之。哀れな俺を」
「笑ってくれって……あ、もしかして」
「言うな! それ以上言うな! 武士の情けだ!」
「……」
……ならば、なにも聞くまい。
「……なんだよ……『っていうか、誰ですか?』って……」
「……聞くまいと思ったのに」
「……こないだ話したじゃん。一目惚れだったのに……」
「……」
……なんだろう? 若干、発想がストーカーなんだけど。
「……そんな俺に比べて浩之はデート、だと……?」
「いや、ちゃうねん」
「なんでそんな似非関西弁を使うんだよ! なんだ? デートか? 誰と行くんだ! 吐け! 吐きやがれ!」
「ちょ、止めろ! 肩を掴んで前後に振るな!」
でちゃう! お昼に食べたサバの煮込定食が出ちゃう!
「分かった! 言うから! 言うから止めろ!」
「さあ、言え! 誰と行く? 何処に行くんだ! 鈴木か? 賀茂か? どっちにしろ、美少女侍らせやがってぇええええ!!!」
「……も、もう……藤田、美少女なんて……」
「お前は照れるな、智美」
藤田の言葉に頬に手を当てて『やんやん』と体を小さく揺する智美。女子にしては高身長の女性がやるソレは、端的に言って気持ち悪い。
「……別にそんな色気のある話じゃねーよ。あー……まあ、ちょっと家の用事でな? この後、ちょっと寄るところがあるって話だ」
「家の用事?」
「俺の親父と向こうの親父が親しくてな。ちょっと頼まれごとがあるんだよ」
俺の親父と桐生の親父さんが親しい……かどうかはともかく、まあ、知らない仲ではないし、金で結ばれた関係は何よりも硬いとかいうので間違いではない。桐生の親父さんからの依頼で、『新居を見に行く』というミッションが発生しているのも間違ってない。
「……ヒロ」
「……なんだよ? 別に嘘は言って無いだろ?」
「嘘は言って無いけど……なんか、狡いな」
「狡いとはなんだ、狡いとは」
藤田に聞かれないよう、ひそひそと智美と会話をする。そんな俺たちを胡乱な目で見つめ、藤田は小さく息を吐いた。
「はぁ~。ま、浩之だしな」
「どういう意味だよ?」
「別にお前は今からがっつかなくても良いって話だよ。鈴木に賀茂、可愛い幼馴染がいて……羨ましいやつめ!」
「羨ましいって……そうか?」
「そうに決まってんだろ! つうか、そもそも贅沢なんだよ、お前は! 俺だったら鈴木や賀茂置いて他の女と遊びになんて行かねーもん」
「ねー! 藤田もそう思うでしょ?」
「思う思う! と、いう事で鈴木! 俺と二人で――」
「あ、無理」
「――遊びにって、早い! 喰い気味じゃんか!」
「皆とならともかく、藤田と二人は無いかな~。勘違いされてもイヤだしぃ?」
「……くっ……浩之……俺はお前が妬ましい……!」
「……どうしろっていうんだよ、俺に」
別に俺が望んで幼馴染になった訳じゃねーし。つうか藤田。泣くことはねーだろ、泣くことは。
「……まあ、良い。それで? その女子って誰よ?」
「……黙秘権は?」
「ねーよ」
……はぁ。
「……桐生」
「は?」
「だから、桐生だよ。桐生彩音。知らないのか?」
どうせアイツ、こっちに来るって言ってたしな。それなら遅かれ早かれバレるし、下手に隠し事した方がなんだか面倒くさくなりそう。そう思い答えた俺を見る藤田の視線が――あれ? なんで?
「……なんでそんな憐みの籠った視線を俺に向けるの?」
「いや……だって、桐生ってアレだろ? 『悪役令嬢』」
「……まあ」
「顔良し、スタイル良し、頭良し、運動神経良し、なのに性格と口が壊滅的に悪い、あの桐生彩音だろ?」
「……まあ、間違ってはないだろうけど……やっぱり有名なんだな、アイツ」
俺も『桐生って云う、顔はめっちゃ良いけど性格がめっちゃ悪いヤツがいる』ぐらいは知ってたけどさ。
「知らないのか? 一年の頃に告白して来た男子に『貴方、鏡見たの? というか、良く私に告白出来たわね、その程度の顔で? なに? 男は顔じゃない? そうね? 確かにその通りだわ? でもね? それじゃ、貴方、何か誇るものがあるの? お金? 運動神経? 頭?』ってボッコボコにしたらしいぞ」
「……」
「勉強頑張ってる女子に対しても『貴方、こんな事も分らないの? 本当に勉強をしてるのかしら? こんな問題、誰でも解けるハズだけど?』って言ったとかって話もあったな」
「……」
「それから……ああ、バレー部の女子の話もあったな? 練習中にいきなり現れたかと思うと『ほらほらほら! これぐらい取ってみなさいな? おーっほほほほ!』ってスパイクを滅多打ちにして、二人辞めさせたとか!」
興が乗って来たのか、声を大にして喋る藤田。
「そんな桐生と二人でお出かけだろ? なにその罰ゲームって感じじゃん? はーっははは! 浩之、可哀想なヤツめ! 天罰だ、天罰! 心が折れてしまえ」
楽しそうに、本当に楽しそうに喋る藤田。その、あまりに嬉しそうな表情に『あれ? 俺、コイツと友人関係で良いのかな?』と思わないでもない。思わないでもないが……まあ、許そう。
「……随分、面白そうな話をしているわね? なに? 私も混ぜて貰えるかしら?」
――その顔が、これから絶望に染まるんだから。
「おお、混ざれ混ざれええええええええええええええええええ!!!」
「あら? 良いのかしら? 『悪役令嬢』である私が、私自身の噂に混ざっても?」
「き、ききききき桐生さん!? い、いや、これは、あの、そ、その……」
完全にパニックになる藤田。そんな藤田をちらっとだけ視界におさめると、桐生は視線を俺に向けた。
「待たせたわね」
「別に待っちゃいねーよ」
「そう? それじゃ行きましょうか。それじゃ……鈴木さん、だったかしら? さようなら」
「あ、私の名前知ってる感じ?」
「貴方は有名人ですもの」
「いやー、それほどでも。桐生さん程じゃないよ?」
「『悪役令嬢』で?」
「そ、そういう意味じゃないわよ!」
「冗談よ。それじゃあね」
そう言って小さく智美に手を振ると、俺に『行くぞ、オラ』と目だけで合図して。
「――ああ、そうそう? 藤田君……だったかしら? 貴方の事、覚えたから」
……怖えぇよ。藤田、泡吹いてるじゃねーか。
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