第百二十九話 幕間。或いは藤田くんと有森さん。その6
「きゃ! つ、冷たい! な、なに!? なにする――」
驚いた様に頭を押さえ、顔に怒りの表情を浮かべて振り返る西島。が、振り返った先に女子としては大柄な有森の仁王立ち姿があったからか、驚いた様に息を呑む。が、それも一瞬、再び顔に怒りの表情を浮かべて有森を睨む。
「ちょっと! 何するのよ!」
「アンタが藤田先輩馬鹿にするからでしょうが。アンタなんかに馬鹿にされるほど、藤田先輩は安い男じゃ無いわよ」
「はぁ? 意味が分かんないんですけど! 藤田先輩を馬鹿にした? それがどうしたのよ!」
「それがどうした? アンタさ? 普通に考えて、先輩馬鹿にして良いと思ってんの? さっき藤田先輩から聞いたけど、アンタ藤田先輩利用して古川君とか東九条先輩にお近づきになろうとしてたんじゃないの? そんな先輩、良くこき下ろせるよね? ちょっと信じられないんだけど?」
「はぁ? っていうか藤田先輩、喋ったんですか!? 有り得なくないです? サイテー!!」
「ちょっと前、自分が藤田先輩に告白されたって笑い話にしといて良くもまあ……まあ?仮に藤田先輩が喋ってなくても、すぐわかるわよ、そんだけ古川君と東九条先輩にベッタリ媚びてる姿見れば。さっきから見てれば、なに? このワクド、何時からホストクラブになったの? なに二人侍らせて良い気になってんのよ?」
「良い気になんてなって無いわよ! 良いでしょ、別に! 関係ないでしょ、アンタに!」
「……そもそも私達と一緒に居たんだけど、古川君。東九条先輩は桐生先輩と一緒に居たし。勝手にアンタが割って入って、関係ないは通じないんじゃない?」
「っていうか、そもそもなんでアンタ、そんなに藤田先輩庇うのよ! さっきから言ってるけど、アンタに関係ないでしょ!」
「だから、関係あるに決まってるでしょ? 藤田先輩、バスケは確かに素人だよ? でもね? 東九条先輩が困ってるって聞いて、一生懸命練習して……それで、試合に出てあれだけ活躍したの。それを教えたのは私なの。それを……なに? ただ走り回ってるだけ? 馬鹿にしないでくれる? アレ、作戦なの。しかも、他の人じゃ出来ない、藤田先輩だけにしか出来ない作戦なのよ。まあ? 男漁りに体育館来てるようなクソビッチには分かんないかも知れないけどね?」
「く……び、ビッチ!? だ、誰に言ってんのよ、誰に! なによ、ビッチって! 自分がそんなデカくて男に相手にされないからって、嫉妬するのも良い加減にしてくれない!?」
「まあ、私は大女だし? 確かに男子より女子からの方がモテるけどさ? アンタになんかこれっぽっちも嫉妬しないわよ」
そう言ってフンっと鼻を鳴らす有森。その姿にぐぐぐと唇を噛みしめる西島。と、そんな西島の顔が醜く歪んだ。
「――あ、分かった。アンタ、藤田先輩の事、好きなんでしょ?」
これ以上ないぐらい、馬鹿にする笑顔で。
「きゃは! 有り得なくなーい? 藤田先輩、どこが良いの? お調子者だし、馬鹿だし、今回だって『お願いしますぅ』ってちょっと可愛く頼んだらホイホイお願い聞いてくれる軽い人だよ? そんな人が良いなんて趣味ワルーイ」
嘲笑するように笑う西島。その視線を冷静に受け流して。
「――好きだと、悪い?」
「……は?」
「アンタみたいに脳みその代わりにスポンジ詰まってる女に馬鹿にされるほどの男じゃ無いの、藤田先輩は」
「……ま、マジで?」
「マジよ。当たり前じゃん。私、藤田先輩、大好きだもん」
そう言って藤田の方をチラリとみる有森。視線を藤田に向けると……おお、固まってらっしゃる。そんな藤田を見て、少しだけ寂しそうに有森は笑った。
「……雰囲気悪くさせたわね。ごめん、瑞穂、先に帰る」
そう言って席を立ち、出口に走る有森。
「藤田! 追いかけろ!」
「……へ?」
未だに固まったままの藤田。有森はもう既に自動ドアを潜って……
「良いから! 早く行け!」
「……? ……っ!! 分かった!」
弾かれた様に飛び上がり、出口に向かう藤田。その姿を冷静に見つめていると、秀明がポケットからハンカチを取り出して西島に渡す。
「サイアク! なによ、あの女! ちょっと、待ちなさいよ――って、え?」
「使いなよ。頭、濡れたでしょ?」
「……! う、うん! あ、アリガト……優しいね、古川君! 好きになっちゃったらどうするの? 責任、とってくれる?」
「そう?」
潤んだ瞳でそう言う西島に、秀明はにっこり笑って。
「でもごめん。俺、性格悪い子、苦手なんだ」
「……へ?」
「……っていうか、藤田先輩もこの子の何処が良かったんですかね? 俺、藤田先輩の事、人間として尊敬してますけど……女の趣味、悪いんじゃないんですか?」
「おい。それ以上言うな。有森に失礼だぞ? 成長したんだよ、アイツも」
「そうなんっすかね~。まあ、有森さん、あんないい子ですしね。ようやく女性を見る目が出来たって事っすね、藤田先輩も」
「偉そうな事言うな。初恋拗らせた癖に」
「うぐ……そ、それ、言います? 酷いっす……あ、西島さん? そのハンカチ、返さなくて良いから。どっかで捨てといて?」
俺と秀明のやり取りをポカンと見守っていた西島。その表情に朱の色が差したのは、羞恥からか……
「な、なに言ってんのよ、アンタ! だ、誰が性格が悪いですって!!」
怒りからだな、こりゃ。
「え? 気づいてないの? 君だよ、君。鏡見たら?」
「な、なによ! 偉そうに! ちょっとイケてるからって……」
「いや、別に俺がイケてるとは思ってないけど……っていうか、イケてるイケて無い関係ないよね? 君の性格の悪さと。藤田先輩の爪の垢でも……ああ、無理かもね、その底意地の悪さじゃ」
「は、はぁ!? なによ! アンタまで藤田先輩? バッカじゃないの? あんな馬鹿な男を庇うなんて、所詮アンタも――」
「――おい」
……あれ? 今の低い声って誰?
「――それ以上、俺の大事な『親友』を馬鹿にするなよ?」
……ああ、俺の声か。こんなに低い声出るのね、俺。
「ひぅ!」
怯えた様な声を上げる西島。そんな西島の後ろで、影が動いた。
「……そうね。私も、私の大事な友人を馬鹿にされるのは我慢ならないわ。それ以上言うなら……及ばずながら、私も加勢するわよ、東九条君?」
「……過小評価しすぎじゃない?」
及び過ぎだから、桐生。お前が出てきたら鬼に核弾頭だから。確実にオーバーキルだから。黙って座っとけ。
「……桐生? !? あ、悪役令嬢!?」
「あら? 流石、私ね? 一年生にまで二つ名が轟いているなんて」
……白々しい。知ってるくせに。
「――でもね? 私、そのあだ名、嫌いなのよね? 一度言った人間、再起不能にするぐらいには」
にっこりと――綺麗なんだよ? 綺麗なんだけど、悪魔の微笑みにしか見えない笑顔を浮かべる桐生に、顔面蒼白になる西島。カバンを引っ掴むと、そのまま自動ドアにダッシュ。
「お、覚えてなさい!」
そんな、三下の様な捨て台詞を。
「――あら? 良いの? 覚えてて? 折角、忘れてあげようと思ったのに」
「わ、忘れなさいよね! 私も忘れるから!!」
――残さない。転がる様に自動ドアから逃げる西島を見つめてフンっと鼻を鳴らし、桐生は席を立ったまま俺達を見回す。なに?
「……それじゃ、行きましょうか?」
「……止めを刺しに?」
「……貴方ね? 私の事なんだと思ってるのよ? 有森さんと藤田君を探しに行くに決まってるでしょ?」
「……」
「……な、なによ?」
「それ……お前の単純な興味じゃねーの?」
……露骨に目を逸らしやがったぞ、コイツ。そっとしておいてやろうという気持ちは無いのか、お前には。
「そ、それは……で、でもね! もしこれがどうなるか分からないって言うなら、私だって遠慮するわよ? フラれる姿を見られるのもイヤでしょうし! で、でも、これ、絶対百パーセント上手く行くパターンじゃない? 幸福になるパターンじゃないの!?」
「……まあ」
「でしょ! これがダメなら、結婚式もダメじゃない! 一緒でしょ! 幸福になる瞬間を皆に見せるんだから!!」
「いや、その理屈はおかしい」
「おかしく無いわよ! そ、それなら、その……ゆ、友人としてきゅんきゅん成分を補給しても、バチは当たらないんじゃないじゃないかしら! ラブ警察的に!!」
「……」
「……」
「……浩之さん」
「……なんだ?」
「……有森さん慰めてる時は優しい令嬢、西島さん追い詰めてる時は悪役令嬢だったんですけど……結局、桐生先輩ってなに令嬢なんですか?」
「……ポンコツ令嬢じゃね?」
『ぽ、ポンコツってなによ!』という桐生の抗議は無視するとして……まあ、普通に心配だしな。探しに行くか。
ポンコツ令嬢桐生さん。