第百二十八話 幕間。或いは藤田くんと有森さん。その5
「あ! 東九条先輩! こちらに来てくださったんですか! 嬉しいですー!」
俺が席の近くまで行くと嬉しそうに笑顔を見せる西島。なるほど、藤田がホレるだけあって、笑顔が中々可愛らしい。
「あ、浩之さん! こちらに来てくれたんですね! それじゃ、俺、あっちに行ってきますね!」
俺が来たことに安堵の表情を浮かべると、直ぐに席を立とうとする秀明。ちょ、おま! 俺を生贄に捧げて逃げる気なのかよ!
「どこ行くのよ~、古川君。折角あの試合のMVP二人がそろい踏みなんだし、もうちょっと付き合ってよ~」
「あー……いやね、西島さん? 此処、二人掛けじゃん? 流石に三人で座ると迷惑だしさ?」
「それじゃ、あそこの四人掛けのボックス席に移りましょう!」
「ええ!? で、でも、ほら、他のお客さんの迷惑になるし!」
「迷惑? 他のお客さんなんて居ないし、大丈夫だよ! さ、いこ!」
返答も待たず、自身のトレイを持って四人掛けのボックス席――先ほどまで俺が座っていた席の背中合わせの席に座ってこちらにおいでおいでをしている西島。そんな姿をため息一つ、俺は秀明にじとーっとした視線を向ける。
「おい、裏切り者」
「な、なんですか、裏切り者って」
「お前、今俺をアイツの生贄に差し出して逃げようとしやがったろ? 折角助けに来てやったのに……薄情な後輩だな?」
「うぐ……で、でも! 俺ばっかりっすよ? 俺ばっかりマシンガントークの的っすよ!誰も助けてくれないし!」
「……まあ、それはそうだが……でも、仕方ねーだろ? 西島はお前にご執心なんだし」
「……」
「……なんだよ?」
「いえ……まあ、良いじゃないですか。ともかく行きましょう、浩之さん」
なんとも言えない『もにょ』としたものを抱えながら、俺と秀明は西島の対面に腰を降ろし――ああ、桐生の射貫くような視線が刺さるね、此処。口元が小さく動いて……『う・わ・き』って、違うわ!!
「? どうしました、東九条先輩?」
「あ、ああ。いや、なんでもない」
背を向けている西島は気付かないだろうが、正直めっさ怖い。睨みつける桐生から目を逸らし、わざとらしくコホンと息を吐いて見せる。
「……んで? なんの話してたんだ?」
「こないだの試合の話です! 佐島先輩に誘われて見に行ったんですけど、古川君も東九条先輩も物凄く格好良くて! 一遍にファンになっちゃいました! 特に東九条先輩の最後のブザービート、滅茶苦茶格好良かったです!」
「……そうかい」
まあ……なんだ。言われて悪い気はしないな、うん。ただ、桐生の視線が厳しいが。
「しかもスリーポイント、バンバン決めてるし! もう、本当に凄いって! なんでこんな凄い人がバスケ部じゃないんだろうって感じで!」
「に、西島さん? そ、その、浩之さんは……」
気を遣った様に秀明が会話のカットに入る。いや、別に気を遣って貰わなくても良いんだが……
「……あー、でもまあ、今のウチの男子バスケ部じゃ東九条先輩の良さは活きないですよね~。弱いですし、ウチの部」
「……活きる活きないはともかく、まあ部活でバスケするよりは遊びでバスケの方が楽しいんだよ、俺は」
「そうなんですか? それは勿体ない気がしますけど……でも、それを言うなら今回の試合のメンバーもちょっと残念でしたよね?」
「……残念?」
「そうですよ。だって東九条先輩と古川君は凄かったけど、後の一人は藤田先輩でしょ? なんていうか……一人だけ、『おまけ』感が強いって言うか」
「……おまけ? 藤田が?」
「そうですよ~。折角、強いチームだったのに、藤田先輩だけ明らかに『おまけ』だったじゃないですか! 藤田先輩が一人入るだけで一気に足を引っ張ってる感があるっていうか……こないだの試合だって、藤田先輩がもっとシュート決めてたら楽になってたのに! もうちょっとマシな人はいなかったんですか、東九条先輩?」
「……藤田は充分以上の戦力だったぞ?」
「えー……」
俺の言葉に思う所があるのか、明らかに不満そうな顔を浮かべる西島。が、それも一瞬。ポンっと手を打って見せた。なんだ?
「あ、優しさですか? バスケ上手いだけじゃなくて、友達まで庇うなんて東九条先輩、優しいですね~。憧れちゃう~。私、友達想いの人、結構良いなって思うんですよね~」
そう言って、コーラを飲みながら上目遣いを見せる西島。そんな西島に、秀明が声を掛けた。
「……西島さん、バスケ好きなんじゃないの? わざわざ試合を観に来るぐらいだから、バスケ好きなのかと思ったんだけど?」
「へ?」
「だから、バスケ好きなら藤田先輩のディナイとか、結構凄かったよ? 分かるでしょ? アレで、相手チームのパワーフォワードに序盤は全然仕事させてなかったし」
「? ディナイ? なにそれ? 私、そんな難しい言葉は分からないけど……それ、凄いの?」
「……凄いのって……あれ? バスケに興味があったんじゃないの?」
「バスケ自体はあんまし。ただ、しつこい先輩が居たから観に行っただけだし。あ! でもバスケ選手は好きだよ! 運動神経良くて背も高いし、足が長くてすらっとしてるじゃん! 古川君なんて顔もイケてるし! もう、優良物件! ってカンジ!」
そう言ってキャハっと可愛らしく笑って見せる西島。
「東九条先輩も格好いいですよね~。なんか、普段は冴えない感じなのに、試合であんな凄い姿見たらギャップできゅんきゅんしちゃいますし~」
「……」
「その点、藤田先輩ってホント冴えなかったですよね~。冴えないだけっていうか、ギャップも何にもあったもんじゃないっていうか……なんかコート内を無様に走り回っていたけじゃないですかぁ。あ、東九条先輩、藤田先輩と仲良いんですよね?」
「……まあな」
「じゃあ、知ってます? 私、昔藤田先輩に告白されたことがあるんですよ! いきなり声かけられて『好きです』って……もうね? ギャグかと。つり合い、とれる訳無いじゃないですか~」
「……」
……仰る通りだな。
「つり合いなんか取れる訳ねーよ。お前と藤田じゃ」
「そうでしょ~? 東九条先輩もそう思います? あ、『浩之先輩』って呼んでも良いですかぁ?」
「うん。死んでもイヤ」
「……え?」
「おい! おま――」
西島の一連の言葉に激高した様に秀明が言葉を上げかけて。
「――おい。お前今、なんて言った?」
その言葉を制するように。
俺の視界に入ったのは、カップに入ったコーラを逆さにして、頭から西島に飲ませる有森の姿だった。