第百二十七話 幕間。或いは藤田くんと有森さん。その4
「さっきも言いましたけど、ちょっと遊びに行こうかって話になったんですよ。この三人には今回、お世話になりっぱなしでしたし……恩返しもしたいなって」
セットのドリンクを啜りながらそう言う瑞穂。あれから六人掛けの席に移動し、俺の目の前を陣取った瑞穂はドリンクを飲み干すとポテトに手を伸ばす。
「それで、カラオケにでも行こうかってなったところで……その、藤田先輩と西島さんが二人で歩いているのが見えて」
「……知ってんのか?」
「へ? ああ、西島さんですか? 私、同じクラスなんですよ。まあ、彼女は部活とかもしてないのであんまり親交は深く無いんですが。どっちかって言うとギャル系? って言うんですかね? オシャレに余念がない感じなんで話も合わないですし」
「まあお前、オールウェイズジャージだもんな」
「そんな事は無いですよ! 失礼ですね! 私だってTPOはわきまえます!」
「はいはい。にしても……ギャル? 黒髪だった気がするんだが……」
「ウチ、変な所で校則厳しいでしょ? 屋上の出入り自由なのに、髪染めるの禁止じゃないですか」
「……まあな」
そこそこの進学校でもあるし、入ってくる人間が皆『そこそこ優秀』って所も輪を掛けてか、ウチの学校は校則違反者自体はそういない。
「まあ、それは良いんですよ。それで……その場面を雫が見ちゃったから」
そう言ってチラリと視線を有森に向ける。ぐすっと涙目になりながら、それでも気丈に笑って見せる有森。
「あ、あはは~! す、済みません、取り乱しちゃいまして! そ、その……ま、まあ、皆様ご存じかも知れませんが、私、ちょーっとだけ藤田先輩に憧れてましてですね! だからまあ、ちょっと藤田先輩に彼女が居たってのがショックだっただけで! いや~、びっくりしましたよ! ガサツ、ガサツとあの瑞穂にすら言われていた私にも乙女回路が備わっていたのかって! いやいや、でもこんな所で起動するくらいならない方が良いのに! 仕事するんなら最初からしろ! って感じですよね~」
明らかな空元気。そんな有森の肩に桐生が優しく手を乗せる。
「え、えっと……桐生、先輩?」
「……良いのよ」
「……きりゅう……せんぱい……」
「……そんなに気丈に振舞わないで。私達……いいえ、私じゃ、貴方の助けにはならないかも知れないけど……それでも、そんな空元気を出さないで? 何も出来なくても、慰めるぐらいは出来るから」
桐生の言葉に有森の顔が歪む。そんな有森の頭を抱え、桐生は胸元に抱きしめた。
「……ほら。吐き出しなさい」
どれぐらいの時間があったか。桐生の胸元から、有森の絞り出すような声が聞こえて来た。
「……うぐぅ……つらい……ですよぉ……なんですか、あのかわいいこ……あんなこ、私じゃ、勝てる訳ないじゃないですかぁ……」
「何言ってるの。貴方だって充分可愛いわよ」
「……可愛くなんて……無いですよ……私なんて身長も高いし、ガサツだし、料理も下手だし」
自分を卑下する有森。そんな有森に、桐生は優しい笑顔を浮かべて。
「……よしよし。大丈夫よ。私だって可愛げは無いし、口は悪いし、料理下手だもん」
頭上から降ってきた桐生の言葉に、きょとんとした表情を浮かべて桐生を見やる有森。『ん?』なんて惚けた顔をして見せる桐生の表情に、有森の顔にも笑顔が浮かんだ。
「……なんですか、それ」
「あら? 慰めとしては下手くそだったかしら?」
「……下手くそすぎますよ。傷の舐めあいじゃないですか」
「いいじゃない。たまには」
そう言って尚も笑う桐生に、ついに有森も噴き出す。
「……浩之さん」
「……なんだ、秀明?」
「……桐生先輩、『悪役令嬢』って呼ばれてるって聞いた事あったんですけど……聖女様かなんかの間違いですかね?」
「……誤解されやすいヤツではあるんだよ、間違いなく」
一遍、懐に入れたら猫可愛がりするヤツではあると思うが。情に厚いのは情に厚いんだよ。
「……そうっすか。それじゃ――」
秀明がそこまで喋った所で。
「――あれ? 浩之……っていうか、秀明? え? 皆も?」
不意に聞こえて来たのは藤田の声と。
「うわぁー! 聖上の古川秀明君だ! うわ、うわ! 東九条浩之先輩もいる! 藤田先輩、ナイスです!」
件の人物、西島琴音の声だった。うん……まあ、同じ高校なら活動範囲は大体被るよね? にしても、被り過ぎじゃない、今日? ワクド、他に客はいないのにさ~。
◇◆◇
「私、こないだの試合を観て一遍に古川君のファンになっちゃって! 絶対お逢いしたいって思ってたんですよね! それで藤田先輩にお願いしたら……こんなに早くお逢いできるなんて!」
「は、はぁ」
「もうこないだのプレイとかきゅんきゅん来ちゃって! 身長も高くてイケメンで、バスケも出来るなんて、もう最高! って感じで!」
「……は、ははは」
二人掛け――最初に俺と桐生が座ってた席に秀明を無理矢理引きずり込んでマシンガンの様に話しかける西島。そんな西島を見るとは無しに見ながら、俺は声を掛ける。
「……なにこれ?」
隣に座ってコーラを啜る藤田に。
「なにこれって……説明したじゃん、さっき」
「……聞いた?」
「……聞いた覚えはないのだけれど?」
俺と桐生、揃って首を傾げる。そんな俺らにため息をつき、藤田は言葉を続けた。
「お前ら……俺の話、聞いて無かったのかよ? 昨日、琴音ちゃんが来たって。そんで言われたの。格好良かったって」
「……藤田が、だろ?」
「秀明が、だよ。まあ、浩之もだけど……本命は秀明っぽいな」
「「……」」
……な、なにそれ?
「……ちょっと待って。整理しても良いかしら」
「おう」
「ええっと……あの西島さん? だったかしら? あの子は貴方の事を格好いいと言った」
「言ってない」
「……言った訳では無いの?」
「そうだよ。つうか俺、あの試合で格好いい所、あったか?」
……いや、無いとは言えんが……でもまあ確かに、素人受けする派手さは無かったかも知れん。秀明、アリウープ決めてるし。
「……それで? なんでそれを貴方に言うのよ、あの西島さんは」
「いや、なんでって……秀明以外、皆先輩だろ? それならお前、普通は一度でも話した事あるヤツの所に相談持って行かないか?」
「そう? え? そうなの、東九条君?」
「……俺に振るなよ」
マジで。だが……まあ、言わんとしている事は分からんでもない。
「確認なんだが……お前、一遍あの西島にフラれてるんだよな?」
「そうだよ。なんだよ? 傷口に塩を塗り込む感じ?」
「いや、そうじゃなくて……普通、そんな人に相談ごと、持って行くか?」
正気の沙汰とは思えんのだが。メンタル、強すぎじゃね?
「さあ? でも最善を期す為に遮二無二突っ込む姿勢は嫌いじゃないぞ、俺? 普通は話しかけにくい相手にも話を持って行くって、スゲーじゃん。ちゃんと御免なさいしてくれたし。だから、相談に乗ってたの」
「……ああ」
「……そうね。藤田君ってこういう人よね。でも、それじゃなんであの時に言わなかったの? 格好良かったって言われたって言ったら、普通は貴方が言われたと思うじゃない?」
「思うか?」
「思うの!」
「……そうか? でもまあ、普通に考えて後輩の恋愛話を関係ないお前らに話するか? 俺のならともかく。まあ、あの姿見たら気付くだろうからもう良いだろうけど……流石に言えないだろ? あの段階じゃ」
「……うぐ」
……正論を。正論だが。
「……もう一つ、良いか?」
「別に一つでも二つでも良いが……なんだ?」
「お前さ、あの子の事好きだったんだよな? そんな相手の恋路の手伝いって、嫌じゃねーの?」
「なんで?」
「なんでって……」
「一遍フラれたしな。スッパリ諦められたから、未練も何にも無いさ。そうなれば、残るのは好きだった女、って事実だろ? それに……」
そう言って、チラリと視線を二人掛けの席――未だに喋り続ける西島と、困惑する秀明に向ける。
「浩之は桐生さんが居るからともかく……秀明ってフリーだろ?」
「たぶん」
智美にフラれて彼女が出来たとは聞いてないし……たぶん、フリーだろう。
「秀明、すげー良いヤツじゃん?」
「……まあな」
「琴音ちゃんが惚れたって言って、もし秀明が悪くないって思って……そんで二人が付き合ったらさ? 琴音ちゃん、幸せになれると思うんだよな」
そう言って綺麗に微笑んで。
「縁が無かったけど……それでも、ホレた女が幸せになるっていい事じゃね? 俺の力では無くても」
「「……聖人か」」
桐生と声がハモッた。
「ひひひひ東九条君!? な、なんなのこの人!? え? ちょっと、理解が追い付かないんだけど!?」
「落ち着け、動揺しすぎだ。藤田だぞ? 想定内だろ? ほれ、素数でも数えろ」
「そ、そうね。藤田君ですものね。想定内よね! ええっと……1、3、5、7、9……」
「桐生、それは素数ちゃう。偶数や」
「……奇数ですよ。なんですか? 浩之先輩まで動揺して、変な関西弁まで使って」
俺の隣に陣取った瑞穂がじとーっとした目を向けて来る。いや、ちゃうねん。
「はぁ……それで、藤田先輩……と、そういえばちゃんと御礼、言って無かったですね。済みません、先日はお世話になりました」
「おう、後輩ちゃん。怪我の具合はどうだ?」
「後輩ちゃんって……川北です。川北瑞穂です。お陰様でリハビリは順調です」
「そっか。そりゃ良かった! リハビリ、苦しいと思うけど頑張れよ?」
「ありがとうございます! と……ええっと、私からもちょっと聞いて良いですか?」
「ん? 構わんけど……どした?」
「その……藤田先輩、西島さんの事、好きでは無いんですよね?」
「あー……そうだな。今は別に」
「そうですか。なら、もし……誰かに告られたら、付き合っちゃう! とかあります?」
「俺が?」
「そうです。例えば、可愛い子が『藤田先輩、好きです!』って来たら、コロッと行っちゃうこともあったりします?」
『ちょっと、瑞穂!』なんて慌てて止めに入る有森。そんな有森の姿を見て、ニマニマと笑顔を浮かべる瑞穂。性格悪いな、おい。
「……その辺にしとけ、瑞穂。藤田だって困るだろ?」
「えー……だって、気になるじゃないですか~」
「……藤田は惚れっぽいヤツなの。だから、ちょっと可愛い子に好きって言われたら――」
「あー……ない、かな?」
「――すぐに……なに? な、ない? お、お前がか!?」
いや、だってお前、あの西島は一目惚れで特攻で玉砕じゃねーのかよ!
「……どんだけ俺の事を軽い男だと思ってるんだよ。そりゃ、そういう時期だってあったけど……今はねーよ」
一息。
「そもそも俺、好きな子居るし。余所見はしねーよ」
「……なん……だと……」
あ、あの藤田が……
「……え? ちょっと待って? 藤田君、好きな子いるの?」
「居るけど……え? ダメ? 俺、人を好きになる権利もなし?」
「いや、無しじゃないけど……それって」
そこまで喋りかけ言葉を止める桐生。そんな桐生を不思議そうに見た後、藤田は視線を川北に向ける。
「だから、後輩ちゃん……じゃなくて、川北」
「は、はい」
何時にない、真剣な眼差しの藤田。そんな藤田の視線に、瑞穂が居住まいを正して。
「――ごめん。気持ちは嬉しいけど……お前とは、付き合えない」
【悲報】瑞穂氏、フラれる。
「……は?」
「……」
「……」
「……はい?」
「……っぷ」
「……っく」
「……は……ははっはは! み、瑞穂? ざ、残念だったな~……っくっくく」
最初に噴出したのは、藤原。続いて、有森、俺。桐生? お腹抱えて机に突っ伏して肩震わしてるよ。
「――っ!! な、なに勘違いしてやがりますですか! わ、私が藤田先輩の事が好き!? あ、有り得ないですよ! いえ、そりゃ、貴方が良い人なのは知ってますけど……っていうか、藤田先輩も知ってるでしょ! 私は浩之先輩ガチ勢なんです!!」
顔を真っ赤にして怒る瑞穂。そんな姿に、藤田が慌てた様に言葉を継いだ。
「そ、そうなのか? いや、浩之には桐生さんが居るから……てっきり諦めて俺に乗り換えたのかと……す、すまん!!」
「まだです! まだ負けて無いんです! 勝負は下駄を履くまで分かんないですよ!!」
そんな風に激怒の表情を浮かべる瑞穂に、俺が苦笑を浮かべていると。
「……ん?」
二人掛けの席に座った秀明から、哀願の眼差しが届く。まるっきり『助けて下さい』を地で行く秀明にため息をひとつ。
「……ちょっと行って来るわ」
そう断って俺は席を立つと、秀明の元へ歩みをすすめた。
こういうヤツですよ、藤田って。