第百二十五話 幕間。或いは藤田くんと有森さん。その2
寒風吹きすさぶ……訳では無いが、どことなく冷たい雰囲気を纏わす桐生の絶対零度の視線で寒くも無いのに体を震わせる。その視線の矛先は俺では無いのにも拘わらずこの視線の寒さ、それならもう、それを直接受けている藤田は一体、どうなっているのかと言うと……
「……おう」
あ、これ、あかんやつや。似非関西弁が飛び出してしまうほど動揺し、目がクロールを行っている藤田が俺に視線を合わせた。
「ひ、ひろゆき~」
「……おう」
「な、なんで俺、こんな所に連れ出された上に正座までさせられてんの? っていうか、お前もなんで正座してんの?」
「……なんでだろう?」
正座する藤田の隣で、俺も正座。いや、下手人である藤田が正座するのは分かるんだけど、なんで俺まで正座させられないと行けないんだよ?
「……なんとなく、昨日の藤田君の態度を見ていると貴方にも腹が立って来たのよ。あっちにふらふら、こっちにふらふらしている貴方と昨日の藤田君が重なってね」
「……正座、します」
完全な八つ当たり感が酷いが……まあ、そう言われたらそれも一理あるので俺は黙って正座を継続することを選ぶ。そんな俺に、きょとんとした顔を浮かべて藤田が視線を桐生に移した。
「ええっと……浩之が気が多いのは分かるとして……」
「おい! 冤罪だろう!」
「どこがだよ。桐生という許嫁が居ながら、賀茂、鈴木という二大美女侍らせて、その上でお前、あの後輩ちゃんにほっぺにちゅーされたんだろ? 気が多いの代名詞みたいなモンじゃねーか。気が多いヤツ出せ、って言われたら俺は一番に浩之差し出すぞ?」
「……はい」
なんも言えねえ。いや、不可抗力もあるんだよ!?
「……そうね。確かに、東九条君に比べれば藤田君なんて可愛いものかも知れないわね? っていうか、今の聞いて余計に腹が立って来たわ。東九条君、帰ったらお説教ね!」
……巻き込まれ事故だ。絶望を浮かべる俺をチラリと見やり、藤田が大袈裟にため息を吐いて見せた。
「……いや、そもそも可愛いものも何も……俺、なんかしたか? 昨日? 昨日、俺、桐生を怒らせる様な事したっけ?」
そう言って首を傾げる藤田。バカ、お前、此処でそんな惚けた態度を取るな! 桐生の絶対零度の視線をまた浴びるぞ?
「……良くもまあ、そんな惚けた事をのたまうわね……!」
「ひぅ! な、なんだよ! そ、そんな怖い目すんなよ~」
ギンっと擬音の付きそうな桐生の視線に情けない声を上げる藤田。まあ、うん、気持ちは分かるよ。
「……昨日、貴方、何処に行ってたのかしら……?」
「き、昨日? 昨日は……」
言い掛けて、藤田が言葉を詰まらす。その後、気まずそうに口を開いた。
「ええっと……見てたのか?」
「ええ、バッチリとね。誰よ、あの子?」
睨みつける桐生の表情に、うっと言葉を詰まらす藤田。そのまま視線を右往左往、誤魔化す様にきょろきょろとする。
「その、な? 俺と桐生、昨日打ち上げの予約取ろうとしてカラオケボックス行ったんだよ。そしたらお前と……その、女の子が」
「……そっか。アレ、見られたか。あっちゃー……」
「そ、その……なんだ? あ、あれって妹だよな? 藤田の妹なんだろ、あれ? 別に、彼女とかじゃないよな!?」
「……なに慌ててんだよ、浩之」
いや、慌てるって。お前、アレが『実は俺の彼女~』なんて発言飛び出して見ろ。桐生が憤怒の表情浮かべるぞ? 『有森が可哀想!』って。『胸まで揉んだんだから責任取れ!』って。
「……はぁ。見られたならしょうがねーか。あの子はアレだ。一年の西島琴美ちゃんだよ。知ってるだろ、浩之?」
「……西島琴美、か」
……うん。
「……って、誰?」
なんでお前、俺が知ってる前提で話すの? 知らねーよ、一年の女子なんて。
「……おいおい、親友だろ、俺達? 忘れたのかよ? ホレ! こないだ、俺がフラれた!」
「……おお」
……あったね、そんな事も。確か、アレだろ? バスケ部の佐島君とどっちが先に告白するかで揉めて、バスケ勝負した例のあの時の子か!
「……いや、待て。忘れたも何も、俺、名前を聞いたの初めてなんだが」
「そうだっけ? まあ、ともかく、あの子が俺がこないだフラれた子なんだよ」
そう言って小さくため息を吐く藤田。
「……その、こないだの市民大会、あったろ?」
「……ああ」
「……ええ」
「あの試合、琴音ちゃんも観に来てたらしくてな? なんでも佐島に『俺、試合に出るから観に来てくれ。絶対、活躍するから!』って……まあ、結果は一回戦敗退だったらしいけど。しかも、ボロ負けで」
「……ピエロじゃん、佐島君」
つうか、あのバスケ部の実力で良く佐島君も誘えたな。ギャンブラー過ぎね?
「……んでまあ、わざわざ体育館に来たのに一回戦負けのチーム見て帰るのもなんだかな~って感じになったらしくて……バスケも見るのは好きだったんだってさ、元々。それでまあ、試合を観て帰ったらしいんだけどな? その……たまたま、俺らが出てる試合を観てくれたらしくて」
「……待て。イヤな予感がする。それ以上は――」
「……格好いい、って……思ったって……」
「――……マジか」
……いや……マジかよ。その展開は流石に想像も出来なかったんだが。
「……それで? それがどうして昨日みたいに、二人でカラオケに行くことになるのかしら?」
「……一昨日、琴音ちゃんが放課後に俺らのクラスに来てな? 俺に謝ったんだよ。『ごめんなさい。先日は、酷い事をしました』って。それで、『お詫びにカラオケでもどうですか』って……」
「それでノコノコ付いて行ったの、貴方は!?」
「う、うお! の、ノコノコって……ええ? ひ、浩之? 俺、なんで怒られてるの?」
完全に理解不能。そんな視線を俺に向ける藤田。あー……
「いや……その、なんだ? それで? その『琴音ちゃん』? は……どうなんだ?」
「どうって?」
「いや、その……ホレ、お前、有森の事良いヤツとか言ってたじゃん?」
「? 何でここで有森が出て来るんだよ?」
コイツ……! 鈍すぎかっ!
「……もう良いわ。行きましょう、東九条君」
「……え? い、意味が分からんのだが……」
「もう良いって言ってるでしょ! 見損なったわ、藤田君! そんな人とは思わなかった!」
ふんっとそっぽを向いて足音も荒く屋上の出口に向かう桐生。その姿を茫然と見つめる藤田の肩に手を置いて。
「……すまん、藤田。ちょっと桐生も頭に血が昇ってて……上手く説明するから、許してやってくれ。悪気はないんだ、アイツも」
「いや、桐生が俺に怒るって事はきっと俺が何か悪い事したんだろうな、って事は分かるんだけど、何したか全然、想像が付かないっていうか……」
「……いいや、別にお前は悪く無いと思うぞ」
「……んじゃ、なんであんなに桐生、怒ってるの?」
行くわよ、東九条君! なんて出口で声を荒げる桐生に片手をあげて。
「……あいつ、ハッピーエンド推奨派だから」
は? なんて間抜けな顔をする藤田を置いて、俺は桐生の後に続いて屋上を後にした。




