第百二十四話 幕間。或いは藤田くんと有森さん。その1
大会が終わった翌々日。俺は桐生と二人で街中をぶらぶらと歩いていた。理由? 『皆、頑張ったんで打ち上げをしよう!』という智美の発案で、一番暇であろう俺と桐生が幹事に抜擢されたワケ。
「……何処が良いかしらね?」
「そうだな……まあ、無難にカラオケとかじゃねーか? 瑞穂も参加できるし、アラウンドワンみたいなスポーツ系は除くと、やっぱカラオケかゲーセンだろ?」
『場所はヒロと桐生さんのセンスに任せるよ!』という智美の有り難いお言葉……というか、丸投げ丸出しの言葉であてもなく歩いているのだ。
「カラオケ……少し練習した方が良いかしら?」
「……演歌メインだもんな、お前」
「演歌、ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど……」
なんだろう。あの桐生の好きな歌手は結構暗い雰囲気の歌多いし。もうちょっと明るい選曲の方が喜ばれるのは喜ばれるが……
「……ちょっと一緒に行く?」
「六時間耐久演歌とか勘弁して下さい」
「そうならない為に演歌以外を練習するんじゃない。っていうか、最近の新しい歌も知らないし……帰りにレンタルショップに寄っても良い?」
「良いけど……つうか、カラオケで確定で良いのか?」
「カラオケ、ダメかしら?」
「……智美も涼子も瑞穂もカラオケ好きだし……知らんけど、有森とか藤原も現役女子高生だし、カラオケ嫌いじゃねーだろう。秀明と藤田は知らんが、大丈夫だろ」
「知らんって」
「まあ、どっちも場の空気を乱すヤツじゃないしな。普通に歌えるんじゃね?」
っていうか、それだけのメンツで集まればカラオケって言うよりワイワイ話してってのがメインになりそうだしな。そう考えると、カラオケボックスっていう『場所』を押さえるのがイメージとしては近いか。
「……そう。それじゃ、カラオケボックスに寄って予約しましょうか。来週の土曜日の一時からで良かったかしら?」
「だな。時間は……三時間くらいか?」
「次の日休みだし、もうちょっとゆっくりでも良いんじゃない?」
「いや……これはお前の許可待ちになるんだが」
「なに?」
「涼子がさ? 『こないだ、美味しいご飯作れなかったからリベンジしたい! 浩之ちゃん、台所貸してよ!』って」
「こないだ……ああ、あの相手チームのビデオを見た時?」
「そう。後輩たちがびっくりするぐらいの料理を作りたいんだって。んでまあ、四時くらいから仕込み始めれば七時くらいには食べれるからって……」
「……二次会を我が家でしたい、という話かしら」
「有体に言えば」
ウチの家、結構広いし……こないだ実家から持って帰ったパーティーゲームの類もあるからな。時間つぶしには最適だと思うんだが……
「……良いわよ、別に。むしろ、そんなにお金も掛からないし良いんじゃないかしら?」
「……良いの?」
「良いわよ。賀茂さんの料理は美味しいし、むしろ有難う、という感じかしら」
そこまで喋り、桐生は顎に人差し指を当てて『んー』と考え込む。
「……でも、そうね? 一個だけ、条件出してもいいかしら?」
「条件?」
「そう。キッチンと家を提供するんですもの。それぐらいは私にメリットがあっても良くない?」
「……一応、聞いて置く。なんだよ?」
「その料理に使う食料の買い出し、私と東九条君で行かない?」
「……それ、お前にメリットあんの?」
むしろ涼子からしたら万々歳じゃね? 十人弱集まる食事会の買い出しっていったら結構な量になるだろうし、それを俺らが代行するんだったら問題ない気もするが……
「つうかその買い出しはそもそも俺と藤田と秀明の三人で行こうかと思ってたんだが」
やっぱりこういう力仕事は男の俺らの仕事だと思うんだが。
「流石に一人で結構な量の材料を持つのは厳しいぞ?」
「そこは私も手伝うわよ。こう見えても力あるし」
「……お前が良いなら良いけど……」
「良いわよ。それじゃ、決まりね!」
少しだけ嬉しそうにぴょんっとその場で跳ねて見せる桐生。いや、上機嫌なのは良いんだが……
「……なんでさ?」
正直、手間しか掛からん筈。そう思い、首を傾げる俺に、桐生は少しだけ照れた様に顔を背けて。
「……お、お買い物デート……し、したいな~って……ダメ?」
……ダメ、じゃないです。
「……ダメじゃない」
「……やった」
口元に手を当てて嬉しそうにふふふと笑う桐生。止めて。それ、可愛すぎるから。
「……っていうか、別にお買い物……で、デー……ともかく、それぐらいだったらいつでもついて行くぞ? 別にわざわざ荷物が多い日じゃなくても!」
「……」
「……なんだよ?」
「……そりゃ、普段も一緒にお買い物に行けたらな~、と思わないでは無いけど……でも、やっぱり、少しだけ周りの目が気になるのは気になるじゃない?」
「……まあ」
未だに学校にも内緒だしな、同棲してるって。
「そうなると……やっぱり、なんとなく、気を遣うのよ。でもね、でもね? 今回は『打ち上げの買い出し』っていう大義名分がある訳で……こう、誰に憚る事なく、大手を振って堂々と買い物に行けるじゃない? その、私の気持ち的な所もあるんだけど……」
……まあ、分からんではない。同棲云々はともかく、付き合ってない男女が二人で歩いていたら妙な噂も立つだろうし……そうなると、どこからどういう経緯で同棲まで芋蔓式にバレちゃう可能性もゼロではないしな。
「……」
……でも、それって結局、俺の意思一つな所もあるんだよな~、なんてちょっと思ってしまう。此処まで……ああ、くそ! 恥ずかしいな! 桐生は、その……こ、好意を見せてくれてる気がする訳で、それに俺が応えれば、こう、なんていうんだろう? 桐生にこんな負い目? 負い目と言うか……こう、こんな気持ちにさせなくても良いのにな、と、そんな事を考えてしまう。
「……良いわよ」
「桐生?」
「色々考えてくれてるのは分かってるから。だから……私たちのペースで進んで良ければそれで良い。私は……ゆっくり、待つから」
そう言って聖母の様な笑顔を見せる桐生。その……なんだ、申し訳ない。
「……すまん、ヘタレで」
「誰も居なかった私と、周りに沢山の人が居た貴方との違いよ」
「……桐生」
「……まあ、私は他に誰が居ても貴方を選んだと思うけど」
「……本当にすまん。ヘタレで」
「ふふふ。冗談よ。それに……言い方は悪いけど、私は『許嫁』だから。勝負は決まってると言えば決まってるし……貴方、私の事、嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「今はそれだけで充分。さ、行きましょう! カラオケボックス、予約しなくちゃ!」
そう言って桐生が指差した先にあるカラオケボックスに視線を向けて。
「あれ? 藤田?」
カラオケボックスの前で立つ藤田の姿があった。あいつ、『今日は用事がある』って言ってたけど、カラオケだったのか?
「どうし――あら、藤田君? 彼もカラオケに来てたのかしら?」
「そうだろうな。一人カラオケか?」
珍しいな。社交的なあいつならツレも多いし、一人でカラオケに行く事なんて――
「「…………え?」」
カラオケボックスの入り口に立っていた藤田に歩み寄ったのは一人の女の子だった。髪型は黒のストレートで小柄の、可愛らしいその子は藤田に視線を向けると頬を染めてにこやかに笑んで。
「……東九条君。明日の放課後、彼を屋上に呼び出しなさい。有森さんという人がありながら……説教してあげるわ」
二人で並んで繁華街に消える姿を見ながら、桐生が憤怒の表情で静かにそう告げた。いや、別に藤田と有森、付き合ってる訳じゃないからね……とは、怖くてとてもじゃないけど、言えなかった。